劉備のズッ友・簡雍は蜀漢建国後どうなったの?古参と言えど諸葛亮に消された?

2022年8月4日


 

 

はじめての三国志_ページネーション

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劉備のズッ友・簡雍

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きな臭いぞぉ

ポイント解説をするセン様

 

ここで思い出して欲しいのが、簡雍は古参の人物であったということ。もう少し言うならば、劉備と古くからの付き合いで(多分)ズッ友であったこと。言うなれば関羽(かんう)張飛(ちょうひ)並みの重要な人物ですが、その後の記録は丸でなし。

 

これは……怪しいのでは?

 

また簡雍は前述したように、劉備の前でも諸葛亮の前であってもだらだらしない、そんな礼節には欠く人物でした。その割には降伏使者とかできる人なので、完全に傲慢不遜とは言えないかもしれませんが……。

 

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邪魔になったのでは?

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そこで思いつくのが「蜀には簡雍は不要説」です。劉備は蜀を手に入れました。蜀は()に対抗するため、蜀漢(しょくかん)になりました。そして始まる法整備、国の運営、忙しい日々。そんな中に、簡雍のような性格の人物がいたらどうでしょうか?

 

ぶっちゃけ後からきた人物たちからしても、簡雍って邪魔だったのではないでしょうか。というか目に余る存在、だけどトップと昔から親しいからそんなことは言いづらい。つまり、中々めんどくさい立ち位置の人物だったのだと推測します。

 

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一抹の

簡雍

 

とは言え、簡雍は存在としては功臣です。古参でトップと親しくて国の存在からすると功臣とか、厄介この上ない。

 

なので簡雍自身が、というよりも、簡雍が何かしたことが「残されなかった」のではないかと思いました。もしかしたら簡雍自身もそれを悟って、残すようなことをしなかったのかもしれません。

 

簡雍からすると劉備の蜀入り、そして皇帝になったのは嬉しくとも、どこか遠くに行き過ぎてしまったような……そんな寂しさがあるような気がして、ならないのです。

 

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三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

簡雍、面白い人物です。劉備との関係性も、中々面白いものがあります。本人の性格もこれでいて機知に富む人物で、逸話も中々ウィットに富んでいます。

 

三国志を楽しく語るライターセン様

 

でも、色々な要素がかみ合ってしまったのか、どうにも不遇な人物でもあります。下手をすると、三国志演義での演出によって、割りをくった存在と言えるのではないでしょうか。もうちょっと色んな所で簡雍に付いて触れてくれたらな、と思う筆者でした。

 

センさんが三国志沼にドボン b

 

ちゃぽーん。

 

参考文献:蜀書簡雍伝 孫乾伝

 

 

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セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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