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[関平の秘密]正史三国志と演義で異なる兄弟構成とは?

2023年8月23日


 

関羽に見惚れる赤兎馬

 

三国志(さんごくし)』にまつわる作品に触れた多くの人がまず魅了されるのは関羽(かんう)ではないでしょうか。

 

関羽 男だち

 

鬼神のような強さを誇りながら冷静さも兼ね備え、蜀軍に数々の勝利をもたらし続けたまさに漢の中の漢。男が惚れる男とは関羽のためにある言葉だと言っても過言ではありません。そんな関羽ですが、息子である関平(かんぺい)と共に非業の最期を遂げてしまいます。

 

関羽

 

関羽と関平の死にショックを受けて寝込んでしまったという人ももしかしたらいるかもしれません。

 

これにて関羽の血脈は途絶えてしまったかに思われますが、実は関平には兄弟がおり、関羽の血はまだ受け継がれていたのでした。今回は関平の兄弟についてご紹介します。

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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正史『三国志』で確認できる関興という兄弟の存在

晋蜀の産まれ 陳寿

 

陳寿(ちんじゅ)が著した正史『三国志』関羽伝の末尾には関羽と関平の死後に関羽の子の関興(かんこう)が関羽の後を継いだと記されています。

 

関興と張苞

 

おもむろに現れた関興ですが、諸葛亮(しょかつりょう)からの期待は大きかったようです。

 

ところが、20歳ほどで侍中及び中監軍になったものの関興はたった数年で亡くなってしまいました。その後は関興の子の関統(かんとう)が後を継いだもののやはり早死にしてしまい、今度は関興の庶子(しょし
)
である関彝(かんい)が後を継いだようです。

 

正史『三国志』における関興に関する記述はこのくらいのもので、関平の兄だったのか弟だったのかは明記されていません。関平の年齢も不詳ですが、父と共に長年にわたってあちらこちらを飛び回っていたことから関平の方が兄だったと考えることもできるでしょう。

 

 

 

『三国志演義』では関興は関平の義弟

周瑜、孔明、劉備、曹操 それぞれの列伝・正史三国志

 

小説である『三国志演義(さんごくしえんぎ)』にも関興は登場しています。

 

『三国志演義』では関平は関羽の養子となっており、関興は関羽の実子で関平の義理の弟となっています。しかし、関興は『三国志演義』においても正史と同様に関羽の死後におもむろに登場したような印象となっています。

 

彼の見せ場といえば張飛(ちょうひ)の子の張苞(ちょうほう
)
との武芸比べで互角の戦いを見せ、張苞と兄弟の契りを結んだことでしょう。その後も関興は父や兄に負けないほどの活躍を見せましたが、彼は第四次北伐の頃に病にかかって死んでしまい諸葛亮を絶望させてしまいます。

 

 

『三国志演義』の版本によっては関索という弟まで登場

関羽と関索

 

正史『三国志』においても『三国志演義』においても関平の兄弟といえる存在として関興の名が挙がっており、血のつながりのあるなしは別として関興が関平の唯一の兄弟のように思われます。

 

ところが、『三国志演義』の版本(はんぽん
)
によっては関索という関興の実の弟にして関平の義理の弟にあたる存在が描かれているのです。

 

孔明君のジャングル探検

 

関索は南蛮征伐の更に後に登場するこれまたぽっと出の人物。創作物である『三国志演義』の中でも限られた版本にしか登場しないということですから、当然架空の人物です。ところが、この関索という男、兄の関平及び関興を食う勢いの活躍を見せ世の人々を魅了したのでした。

 

兄たちを食う勢いの関索さん

 

あまりにも都合の良い場面で登場した架空の人物・関索ですが、なんとその人気ぶりは関羽の息子の中でも1番といっても過言ではありません。その人気ぶりは南蛮征伐の進路の至るところに関索の名がつけられてしまうほど。

 

宋江、史進、李逵、魯智深、林冲、武松、楊志(水滸伝)

 

水滸伝(すいこでん)』にも「関索(びょうかんさく)」というあだ名をつけられた楊雄(ようゆう
)
という人物が登場しています。その人気の秘訣は関索を主人公とした京劇(きょうげき)が演じられていたことにあったと考えられています。

 

関索が父・関羽と兄弟である関平・関興の仇を討つという内容の京劇がそこかしこで演じられていたようで、その関索の姿に多くの人が胸を打たれたようです。

 

 

三国志ライターchopsticksの独り言

三国志ライター chopsticks

 

正史『三国志』と『三国志演義』、さらには版本間でも関平の兄弟構成に異同があります。正史『三国志』に鑑みれば、関平の兄弟は関興ただ1人のようですが、民間の人々には架空の人物である関索が大人気だったようですね。

 

劉備と関平たち

 

しかし、もしかすると正史に記されていないだけで関索(かんさく)は実際に存在したのかもしれませんし、他にも関平の兄弟はたくさんいたのかもしれません。

もしそうだとしたら…と考えるとなんだかわくわくしてきます。

 

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清朝考証学を勉強中。 銭大昕の史学考証が専門。 片田舎で隠者さながらの晴耕雨読の日々を満喫中。 好きな歴史人物: 諸葛亮、陶淵明、銭大昕 何か一言: 皆さんのお役に立てるような情報を発信できればと思っています。 どうぞよろしくお願いいたします。

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