ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく
「ろひもと理穂の三国志の定義」のコーナーです。
定義という言葉を久しぶりに使いました。
中学2年生の数学の図形分野で登場しますね。
定義とは、「その言葉の意味をもっと詳しく正確に述べたもの」です。
例えば二等辺三角形の定義は「2辺が等しい三角形」でした。
三国志の世界でもこの定義を使ってみましょう。
明確な意味や共通認識が確認できるはずです。
今回は「策士」「参謀」「軍師」の定義について調べていきます。
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策士の定義とは
現代でも策士という言葉は使用することもありますね。「恋愛の策士」「政界の策士」。
策士の定義としては、「謀を好んで、巧みに駆け引きする人」のことです。
直接的に相手にぶつかっていくわけではなく、背後で暗躍するイメージですね。
「策略が上手な人」はすべて策士に該当するということになります。
三国志では誰が当てはまるのでしょうか。
後漢の皇帝に仕えた「十常侍」なんてまさにドストライクですね。
多くの主君に仕えて策略面をサポートした「賈詡(かく)」もまさに策士です。
劉備を益州に招いた「張松(ちょうしょう)」も策士としての印象が強いです。
ハ二―トラップを仕掛けた「貂蝉(ちょうせん)」も策士ですね。
そう考えてみると政治家も軍師と呼ばれる人も、
名外交官も、知将もみんな策士という枠組みに入るのかもしれません。
戦国乱世の中にあって生き残っていくためには、
誰であっても策士という一面が必要だったかもしれませんね。
張飛(ちょうひ)だって策略で厳顔を破っていますから、立派な策士です。
参謀の定義とは
参謀はどうでしょうか。
こちらの定義は「高級指揮官の補佐役」です。
指揮権はなく、情報を集約したり、そこからアドバイスしたりするポジションになります。
当然のように優秀な策士でなければ務まりません。
劉備が益州を攻略する際の「龐統(ほうとう)」や
漢中を攻略する際の「法正(ほうせい)」がこれに該当します。
曹操が河北を制圧する際の「郭嘉(かくか)」や、
ポイントは指揮官と共に戦場に出向いて助言している点ではないでしょうか。
基本的に女性が戦場に出ることはありませんから、
三国志の中では該当者はいないと思われたのですが、
趙昂の妻である「王異」だけは別格です。
攻め寄せる馬超相手に弓をとって応戦し、夫に何度も助言しています。
現代であれば「選挙戦」というくらいですから選挙は戦場です。
選挙参謀には女性もいますね。
トランプ大統領の陣営にはコンウェイさんという名参謀がいました。
軍師の定義とは
軍師の定義は難しいですね。
参謀との違いを明確にするとしたら、
「司令官と同格・または上位にあたる顧問役。君主の師匠的存在」という感じでしょうか。
ただしこの軍師の概念についてはフィクションの要素が強く、
物語を盛り上げるための創作ともいわれています。
実際に官位にある軍師は、まさに参謀的役割だったと考えられます。
シュミレーションゲームに登場する軍師という役職も同様ですね。
一説によると軍師は、君臣の関係ではなく、賓客扱いだったようです。
確かに劉備は「諸葛亮」を三顧の礼で迎えていますし、
孫策も「張昭」を師友の礼で迎えています。
参謀のようにアドバイスや補佐をしながらも、
特別扱いされていた名士が軍師だったのではないでしょうか。
張昭に至っては主君である孫権と対等に大喧嘩をしているぐらいです。
三国志ライター ろひもと理穂の独り言
大きなカテゴリーとしては「策士」。
この中でも戦場で補佐役を務めるのが「参謀」。
戦術面以外にも政治や外交など様々な局面で君主の相談役となるのが「軍師」。
という感じで定義づけしてみました。
だいたいこんな共通認識ではないでしょうか。
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