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陳平と賈詡の時代を飛び越えた共通点!危機にも動じないサバイバル魂に学ぼう

2019年8月30日


 

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陳平

 

陳平(ちんぺい)賈詡(かく)って、なんだかタイプが似ていると思いませんか?

 

陳平

 

どちらも天才としか言いようのないほどの計略家でありながら、どこか人間としてはいかがわしさがつきまとうあたり。才能のある人間としては尊敬できるものの、本心からのお付き合いはできない相手のように思えます。

 

「この二人の生き方を真似たい!」という人がいるかどうかはわかりませんが、少なくとも乱世を彩ったキャラクターということでは、彼らには独特の魅力があることは確か。

 

そこで今回は彼らのキャラクターの共通点を、双方の逸話から読み解いてみたいと思います!

 

 

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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陳平と賈詡の共通点!裏切りや内部分裂のチャンスを見逃さない戦略眼!

劉邦と張良と陳平

 

陳平と賈詡の事績について、ともに目立つのは、やはり裏切りや内部分裂のチャンスを見逃さないことでしょう。

 

賈詡

 

賈詡についていえば、張繍(ちょうしゅう
)
の臣下だった時に「いま曹操を裏切れば大チャンスですよ」と張繍をそそのかしてその通りに動かし、まさに曹操軍を大ピンチに陥らせたことが有名でしょう。

 

悪来と呼ばれた典韋

 

このときの曹操軍は典韋(てんい
)
曹昂(そうこう
)
を失うという深刻な打撃を受けるのですが、すべては「いま裏切れば大チャンス」という機を見逃さなった賈詡の戦略眼があってことでした。

 

陳平と劉邦

 

いっぽう、『史記(しき)』 の「陳丞相世家」の章で大活躍するのが、劉邦(りゅうほう)陣営に所属していた陳平。

 

陳平

 

こちらは、劉邦軍が絶体絶命のピンチにあった時に、冷静に項羽(こうう)軍に内部分裂のスキがあることを見抜き、巧みな工作で項羽軍の諸将に疑心暗鬼を広げ、組織を弱体化させることに成功しています。

 

范増

 

特にこの陳平の工作によって、項羽自身の知恵袋であった范増(はんぞう
)
までが失脚に追いやられ、以後の項羽はさまざまな計略にかかり放題になるわけですから、陳平の手腕は鬼気迫るものがあります。

 

どちらも敵情を知りつくし、敵側の諸将の心理までを計算した上で、わずかなスキや崩壊の種を見つけ、それに対する冷徹残酷な献策ができる人間、というところが共通しています。

 

賈詡

 

普通このような恐ろしい計略を思いつく人間というのは、仲間からも気味悪がられ短命に終わりそうなものです。ところが陳平と賈詡は、巧みに主君にも取り入り、きちんと出世して人生を終えているというところも、共通しています。

 

 

 

まだ芽の出ない若いころの行動についても、この二人はどこか似ているような?

陳平

 

他にも陳平と賈詡には、まだ若いころのエピソードに、どこか似ているところがあります。たとえば陳平については、『史記』によると以下のようなエピソードがあります。

 

・陳平が項羽の陣営から脱出して逃げている際、ある川を渡るために船に乗った。そのとき、船頭たちが陳平を見て「あれは名のあるどこかの将軍ではないか?殺して金を奪おう」とたくらんでいることを見抜いた。

 

そこでみずから裸になって船を漕ぐのを手伝い始めた。金目のものを持っていないことをうまくアピールした上に、相手の殺気を挫き、結果としては無事に川を渡してもらうことに成功した。

 

もういっぽうの賈詡にも『正史三国志』の魏書にて、以下のような若き日のエピソードが紹介されています。

 

賈詡

 

・賈詡は若い頃、仲間と一緒に、異民族に捕まったことがある。

 

その時、賈詡の仲間はみんな殺されたが、賈詡本人は「わしは漢王朝の名家の外孫である。わしを殺したあとにきちんと埋葬してくれると、きっと褒美があるだろう」という、よくわからないことをいった。それをきいた異民族側は気味悪くなって、結果としては賈詡を無傷で釈放した。

 

ちなみにこのエピソードについて、正史の著者である陳寿は「賈詡がその場に応じてものごとに対処するやり方は、いつもこんな具合だった」という評価をしています。

 

つまり陳平と賈詡の最大の共通点はサバイバル魂である!

賈詡

 

陳平と賈詡にはこのような、「ピンチのたびにアドリブでうまく逃げることに成功する」才能が、もともと備わっていたのではないでしょうか。

捕虜になっても盗賊に囲まれても、うまく口でいいくるめて脱出してくるあたり、東洋史の人物というよりはなんだか旧約聖書の人物のようなたくましさです。

 

こういう若いころからのサバイバル魂が発芽し老成した究極が、「冷徹な献策も平気でできる名軍師」としてのキャリアだった、ということなのかもしれません。

 

まとめ:陳平と賈詡のただひとつの決定的な違いは、外見?

陳平

 

唯一決定的な違いは、外見についてのイメージの違いでしょうか?

 

史記によると、陳平は「見栄えのよい好印象の男」だったとされています。いっぽうの賈詡はどういうわけか、ひなびたオッサンないし老人のイメージで描かれてばかりです。

 

三国志ライター YASHIROの独り言

三国志ライター YASHIRO

 

もっとも賈詡については容貌について別に細かい記録があるわけではなく、ただの先入観でそうなっているだけなところもあり、この違いを強調するのもかわいそうなのですが。

 

賈詡だって凛々しい美青年だった可能性がゼロではないのに!

と言ってみつつ、やはり「実は美男だった賈詡」というのは想像できないところもあり。イメージの先行というのは恐ろしいものですね。

 

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YASHIRO

とにかく小説を読むのが好き。吉川英治の三国志と、司馬遼太郎の戦国・幕末明治ものと、シュテファン・ツヴァイクの作品を読み耽っているうちに、青春を終えておりました。史実とフィクションのバランスが取れた歴史小説が一番の好みです。 好きな歴史人物: タレーラン(ナポレオンの外務大臣) 何か一言: 中国史だけでなく、広く世界史一般が好きなので、大きな世界史の流れの中での三国時代の魅力をわかりやすく、伝えていきたいと思います

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