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衝撃の新事実・・・諸葛孔明は実は二人いた!?

この記事の所要時間: 230




成都武侯祠诸葛亮塑像

 

三国時代、蜀の天才軍師として活躍した諸葛亮孔明の名は、

三国志をあまり知らない人でも一度は聞いたことがあると言えるでしょう。

 

中国国内には孔明を祀った『武侯祠』(ぶこうし)というやしろがいくつもあり

今でも多くの人々が参拝に訪れています。

 

しかしながら『武侯墓』(ぶこうぼ)と呼ばれる孔明の墓は

陝西省勉県にしか存在しません。

死してもなお曹家、魏国をにらむようにと定軍山の上に建てられ、

享年である54歳にちなんで54本の木が植えられました。

 

近年、この武侯墓を調査した研究者から、とんでもない事実が飛び出したのです。




孔明の身長は185cmのはずが……

孔明

 

孔明はたとえ戦場にあっても決して兵士のように鎧をつけたり

武器を手にすることはせず、

輿に乗り、頭には葛巾をかぶり、手には白羽扇を持って戦の指示をしていたといいます。

その身長は八尺、つまり185cmくらいで、

変わった格好をした偉丈夫がドンと戦場に立っていたということになります。

これはそうとう目立ったことでしょう。

 

今回、武侯墓研究チームは最先端のビデオスコープを駆使して

棺の中を調査しました。

すると中には玉衣で包まれた遺体があることがわかったのです。

しかしこの遺体の大きさがどう見ても七尺(161cm)あまり。

玉衣に包まれた状態でこの大きさということは、

実際はもっと小さいということになります。

 

これでは史実と違います。

いったい武侯墓に埋葬されている人は誰なのでしょうか。




禁断の書がついに二千年の沈黙を破る

孔明 コペルニクス

 

 

浙江省滑稽市に自称諸葛孔明の子孫が住む「諸葛八百村」があります。

ここに住まう約800人の住人のうち、99%が諸葛姓を名乗っているそうです。

 

この村は、九宮八卦の陣をかたどって作られています。

中心に鐘池があり、そこから8本の小道が放射状に延びるという

不思議な形をしています。

また、村の外側には8つの小山があり、村を外界から隠し、

自然の要塞のようになっています。

 

村の8本の小道は、路地で結ばれているように見せかけながら、

ある所は結ばれたり結ばれていなかったり、行き止まりのように見せながら

そうでなかったり、突然袋小路に誘われたりと、迷路のようになっています。

また起伏が多いことも、方向感覚を失わせる要素となっていて、

完全に外部からの侵入者を拒絶しています。

 

実は、諸葛八百村にはここまでしても守らなければならない秘密がありました。

それは代々口伝として伝えられ書物には決して残してはならないという

きまりがあり、厳重に守られて来たものでした。

 

ですが21世紀を迎え、武侯墓の被葬者も暴かれた今、

ついに沈黙を破ったのです。

 

 

孔明は実は二人いた……!

孔明

 

二千年の間口伝で伝わって来た禁断の秘密とは、以下の通りでした。

 

諸葛家には長男の謹(きん)、次男の亮、そして三男の均(きん)がいました。

長男の謹は若いころから勤勉で優秀な自慢の息子で、

その才が認められ、呉の孫権に仕えました。

しかし次男の亮は、身の丈八尺、道を歩けばだれもが振り向くほどの美丈夫で

若いころから多くの女性たちと浮名を流すほどの遊び人でした。

また誰よりほらを吹くのが上手で、

見た目の立派さとうわべだけの甘い言葉にだまされる婦女子が後を絶たず

親戚一同で頭を抱えていました。

三男の均は、一を教えれば百を知るというほどの切れ者で、

三兄弟の中で最も賢く有能でしたが、ひとつだけ欠点がありました。

大変小柄な見た目を恥じ、人前に出ることが大の苦手だったのです。

 

そこで諸葛家は親戚一同で一計を案じることにしました。

 

「亮と均、二人を足して二で割ればいいじゃないか」と。

 

以来、二人は、ブレーンとして裏で戦略を考える均の言葉を、

見た目ばかりが立派な亮がもちまえのほら吹きの才能を駆使して

表に立って伝える、という形をとり、これが大成功します。

 

そう、実は諸葛孔明は、裏の孔明と表の孔明の二人が存在したというのです!

 

武侯墓に埋葬されたのは、最期まで裏方に徹した均の遺体だったのでした。

それでは亮の遺体はどこにあるのかというと……

こちらに関して関係者は、いまだ固く口を閉ざしているとのことです。

 

■追伸

※この記事は2015年4月1日のエイプリルフールなんです。嘘ついてごめんちゃい。




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この記事を書いた人:東方明珠

東方明珠 三国志

こんにちは。とうほう めいしゅです。

中国は上海の雰囲気が好きなので、テレビ塔の「トンファンミンジュ」を名乗っています。

もともと『水滸伝』の大ファンで、『三国志』に興味を持ったのは、アーケードゲーム「三国志大戦」がきっかけです。

当時はゲームセンターに通いつめました!

まだまだ中国史について勉強中ですが、精いっぱい面白いことを探してお伝えしたいと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。

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