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黄巾賊はいったいどの辺を支配していたの?【素朴な疑問】




戦え于禁㈫01

 

三国志の動乱の魁になったのが黄巾賊の乱です。

この反乱を漢王朝は自力で鎮圧できず、在野の群雄を頼った事で、

それまで権力に接近できなかった身分が低く実力のある人間が

権力の中枢に入ってくる事になっていきます。

しかし、そんな黄巾賊の反乱とは、中国の一体どこで起きていたのでしょう?




中国の3分の1で発生していた黄巾の乱

黄巾賊勢力図

 

詳しくはいつもの通り、はじさんお手製の地図で確認して

欲しいのですが、黄色の範囲が黄巾賊が暴れまわった州です。

青州、豫(よ)州、冀(き)州、兗(えん)州、徐(じょ)州と、

五州に跨っている事が分ります。

当時の都、洛陽があったのは司隷ですから目と鼻の先です。

これなら、いつ果てるともない権力抗争をしていた宦官と外戚が

一時休戦して力を合わせたのも分ります。

 

この状況で喧嘩していたら、幾らなんでもアホでしょう。

さらにこれらの地域は、当時の中国でも文化が発展し人口も多い土地です。

ここで、黄巾賊が暴れるという事は、税収を激減させる大ダメージなのです。




黄巾賊の乱で、関係ない連中まで暴れ出す

張角歴史の表舞台に登場(マジックショウ)

 

太平道の教祖、張角(ちょうかく)は、兵数1万人の方という

信者の共同体を36持っていたので、実質兵力は36万人でした。

 

黄巾党員

 

彼等が暴れ始め、その鎮圧に官軍がてこずると、それを見ていた

各地の山賊や盗賊の類も、これに便乗して、頭に黄色い布を巻き

「俺達も黄巾賊だー」と暴れ始めます。

 

それは、司隷のすぐ上の并(へい)州から冀州ラインでも発生します。

これを黒山賊といい、最盛期には100万を数えたという

凶悪な山賊の群れでした。

別に一枚岩ではなく、大小、様々な山賊の集合体で、

官軍が黄巾賊討伐で手が回らない隙を突いて、略奪を繰り返します。

 

また、揚州では、黄巾賊に似た、新興宗教が勃興し、装して

反乱を起こしました、劣化版の黄巾の乱ですね。

 

そして涼州では、漢王朝の混乱に乗じ韓遂(かんすい)が兵を上げて、

涼州を独立させようと画策するような事態になります。

 

関連記事:張角(ちょうかく)ってどんな人?太平道を創始した男の悲しい人生

関連記事:太平道だけじゃない!後漢末はどんな宗教が流行ったの?

関連記事:太平道の教祖、張角死後の黄巾軍はどうなったの?青州黄巾軍って何?

 

漢王朝は、義勇兵を解禁し、黄巾賊を撃破するが・・

太史慈と黄巾賊

 

官軍は、長年、異民族の小さな反乱などしか鎮圧した事がなく

大規模反乱に対応できない状況でした。

あまりの連戦連敗ぶりに危機意識を持った、宦官と外戚は、

長年の禁を破り、在野に広く義勇兵を募集して、黄巾賊と戦う人間を集めます。

 

陸遜 劉備

 

その中から、在野では、孫堅(そんけん)であるとか、劉備(りゅうび)であるとか、

役人では、曹操(そうそう)董卓(とうたく)

公孫瓚(こうそんさん)のような英傑が引き立てられ、

手柄を立てていくのです。

 

また、黄巾賊が清流派官僚と結託する事を恐れて、

20年以上、自宅軟禁をして政治に関与させなかった清流派の

儒教官僚を解放して政治に当たらせます。

 

その甲斐あって、黄巾賊は次第に撃破され、僅か数ヶ月で壊滅しますが、

一度、中央に引き立てられた在野や出世から遠ざけられた役人は、

2度と引き下がる事はありませんでした。

 

黄巾賊が滅んだ後、再び、勢力争いを開始した宦官と外戚は共倒れし

その権力の空白をついて、西涼の軍閥、董卓が洛陽に入城。

弱体化した漢王朝は、統制力を失い、英傑達は、それぞれ自分の才覚で、

敵の領土を切り取るという群雄割拠の戦国時代へ突入するのです。

 

関連記事:社会不安を利用し急速に拡大した太平道、当時の人が宗教に頼った理由とは?

関連記事:張角が太平道信者を増やした方法

関連記事:反董卓連合軍に参加したのは、誰と誰なの?【素朴な質問】

 

三国志ライターkawausoの補足

張角逝く 張角 死

 

黄巾賊は、教祖の張角の死後も、その徳を慕う信者が残り、

教えを守って集団生活を送り、時々反乱を起こしていました。

その黄巾賊を手懐けて、勢力を拡大したのが曹操です。

 

実は、地図で示した黄巾賊の暴れまわった拠点では、

兗州、豫州、徐州が曹操の領地になっています。

ここは、黄巾賊の勢いが盛んだった所なので黄巾賊を抑えた

曹操にとっては、統治がしやすい場所になっていたのです。

 

ただ荒れ果てていたので、立て直すのは時間がかかりましたが・・

 




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