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三国志の雑学

実は鐘会はマザコンだった!人生を狂わせた母の愛




鍾会

 

鐘会(しょうかい)は魏の重臣、鐘繇(しょうよう)の子であり、

若い頃からエリート街道を驀進(ばくしん)した人です。

しかし、何故か(しょく)討伐を成した辺りから、性格が歪んでいってしまいます。

そこには、飽くまでも良い子である事を義務付けられた厳しい母への

鐘会の遅すぎた反抗がありました。

 

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何と鐘会、父・鐘繇が75歳の時に出来た子供!!

三国志 女性

 

鐘会の父は、鐘繇といい、曹操時代から仕えた魏の重臣でした。

その鐘繇が75歳の時に、張菖蒲(ちょうしょうぶ)という

奥さんとの間に生まれたのが鐘会でした。

もちろん75歳は、現在でもですが、当時なら100歳には相当しそうな

おじいさんで、鐘会はほぼ孫のような感じですが、

鐘繇は鐘会が5歳の時に寿命で死去します。

 

それは、仕方がない事でしたが、こうして鐘会は父を知らず、

教育熱心な母、張氏の下で育てられる事になります。




母の伝記を書くほどのマザコンだった鐘会

鍾会

 

この鐘会は、自分を女手一つで育ててくれた母に感謝して、

鐘会母伝という伝記を書いています。

この時代、女性の名前がほとんど伝わっていないのに、

鐘会の母の名前が伝わっているのは、鐘会が母の伝記を残したから

だったりするのです。

 

母は毒殺の恐怖に耐えながら、私を産んだby鐘会

毒キノコ f

 

この鐘会母伝によると、当時の鐘家には、張夫人以外にも、

側室で身分が高い、孫氏という夫人がいたそうです。

孫夫人は、張夫人を嫌っており、妊娠しやすくなる薬と偽り、

毒を張夫人に飲ませていたようです。

 

そのせいで、張夫人は食べ物を吐いてしまい、

普段から目まいに苦しめられるようになります。

 

「これはきっと毒です、旦那様に報告しましょう」

付き人が張夫人に勧めても、張夫人は頑なに首を横に振ります。

 

「そういう事を言っては家庭に波風が立ちます。

私が我慢すれば、それでいいのですから・・」

 

おお、懐かしい大映(だいえい)ドラマみたいな展開、

私が我慢すればなんて、泣ける話です。

 

ところが悪役の孫夫人、大胆な事をする割には、

チキンハートで、毒を盛ったのがバレルるかも・・と

不安になったのか、自ら鐘繇に予防措置を行います。

 

「あなた、張夫人ったら、ひどいんですのよ

私が妊娠の薬をプレゼントしたのに、食べ物を吐いたり

めまいがするなんて言って、まるで私が毒を与えたみたいに

 

それを聞いた鐘繇、、なんでいきなりそんな話をする?

と孫夫人を問い詰め始めます、余程、わざとらしかったんでしょう。

そんなにハートが強くない孫夫人は、「実は毒を盛りました」

とゲロってしまい、離婚されてしまいました。

 

しかし、それから暫くすると、張夫人はめでたく懐妊、

そうして生まれたのが鐘会でした。

あれ、そう考えると、食べ物を吐いたり、めまいがするのも

つわりの一種じゃなかったのかな?

毒というのは、そもそもが勘違いだったんじゃ・・

 

かくして、生まれた鐘会ですが、母をリスペクトする余り

母は私に地味な着物しか着せなかった、朝廷から貰ったお金も

必要な分以外は返納したと母を賛美しまくったので、

 

後世の歴史家から、鐘会母伝は話を盛りすぎと

散々に批判される事になります。

 

張夫人、父を亡くした鐘会を厳しく育てる

宦官って何?ハート

 

ようやく、子供を得た張夫人ですが、夫の鐘繇は、まもなく老衰で死去。

責任感の強い張夫人は、残された鐘会を一人前の人間に育てないと

いけないという使命感に燃えます。

 

「あなたの亡き父上は、書家であり高名な学者でした。

それが、あなたの代になって鐘家も没落したと言われては、

この母の恥、誰よりも勉学に励み、空に輝く鐘家の星になりなさい」

 

大体、こんな感じの事を言ったのでしょう、真面目なんですね。

夫の死後は自分が鐘会を立派に育てないといけない。

こうして、張菖蒲は、教育ママに変貌(へんぼう)していきます。

 

母は鍾会に4歳で「孝経(こうきょう)」を教え、その後も「論語(ろんご)」「詩経(しきょう)」「尚書(しょうしょ)

春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)」「(えき)」などの様々な書物を鍾会に教え暗唱させました。

おお、鐘会、頭いいと早合点してはいけません。

鐘会は教育ママに変貌した母を恐れて必死に覚えたのです。

 

きっと、周囲の子供が遊んでいる時も鐘会だけは勉強漬けだったのでしょう。

覚えれば覚えるだけ、新しい勉強が待っている日々は

鐘会には地獄だったに違いありません。

 

十五歳で太学に入るも、ママの監視は続く

三国志大学

 

その甲斐(かい)あり、あらかたの古典を身につけた鐘会は西暦240年、

十五歳で、太学に入学し、独り暮らしになります。

 

これからは自分の力で勉強しなさい」

 

母もこう言って、一見子離れしたようですが、事実はそうではなく、

恐らく、勉強の成果を鐘会に手紙で知らせたりさせたんでしょう。

鐘会は、大変な筆マメで沢山の論文を書いているからです。

 

その習慣は、太学で独り暮らしをしつつも、母との間の書簡のやり取りで

身についたのではないかとkawausoは予想します。

直接顔を合わせるではないにせよ、鐘会は、まだ母の呪縛(じゅばく)から、

逃れられない状態にありました。

 

何が凄いって鐘会、ついに生涯独身で、子供も一人もいないのです。

当時の高級貴族としては考えられない事ですが、母を恐れる余り

女性恐怖症になってしまったのではないでしょうか?

 

関連記事:【留年っていいな♪】 魏の大学には落第生ばかり!!その意外な理由とは?

関連記事:【トラブル続発】後漢の時代の塾は色々面倒くさかった?

 

魏で官位が上がるも、ついてくる母のアドバイス

ハート f

 

五年間を太学で過ごした鐘会は、20歳で仕官し父が曹操(そうそう)

曹丕(そうひ)時代の元老であったことや、凄まじい教育ママの指導のお陰で、

才略、技能に優れ、博学で勉強熱心だったので若くして重用されることになります。

 

正始年間には、曹芳(そうほう)時代に秘書郎に任ぜられ23歳で

尚書中書侍郎(しょうしょちゅうしょじろう)に昇進し、

中央政界に食いこみ、曹髦(そうぼう)時代になると関内侯の爵位が与えられます。

 

学問好きの曹髦は、鐘会を気に入り、自分のサロンで、司馬望(しばぼう)や、

王沈、(おうちん )裴秀(はいしゅう)等と気楽な文学論に明け暮れたので、

鐘会の名は鳴り響きました。

 

しかし、厳しい母は、息子を褒めてはくれません。

 

「あなたは家柄で若くして出世を得たのですから、

きっと周囲のねたみを買いましょう。

決して(おご)る事なく謙虚でいないといけません」

 

「はい、ママン、御心(ごしんぱい)配痛み入ります・・」

 

そう言いながらも鐘会の心には、どす黒いモノがこみ上げてきます。

清く、正しく、美しく、謙虚な官僚として国の役に立つ、

母の願望を叶えようと自らに言い聞かせた事と自分の本性のギャップに、

だんだん、耐えきれなくなってきたのです。

 

母、張氏の死去、鐘会の心の何かが狂いだす

ろうそく f

 

鐘会は、その後、司馬師(しばし)司馬昭(しばしょう)兄弟に重用され、

毌丘倹(かんきゅうけん)文欽(ぶんきん)諸葛誕(しょかつたん)の乱の

鎮圧に参謀として参加します。

 

しかし、魏の人々が鐘会の神算鬼謀(しんさんきぼう)を褒めている時に、

再び鬼母が登場します。

 

士季(しき)や、人を騙すような作戦を立ててはいけません。

強く卑しむべきです。でも、心を正しく持ち、

よく反省して励めば、きっと御先祖様の加護があるでしょう。

いいですか、どんなに身分が上がっても、下の人々には

丁寧に接しないといけません。何事も謙虚にコツコツ、

そうすれば、いつかは君子と讃えられましょう」

 

「はい、そうですね、ママン、仰る通りです・・・」

 

いまや鐘会も31歳、司馬昭の腹心として絶大な権力を持ち、

本営では軍事を仕切り、黄門侍郎、東武亭侯に上った鐘会を、

母はまだ褒めてはくれませんでした。

 

しかし、西暦257年、鐘会33歳の時、実母の張氏が死去、

この瞬間から、抑えつけられていた鐘会の黒い部分が爆発します。

 

同年の諸葛誕の乱時は、参謀として軍事を取り仕切り、

諸葛誕の救援に来ていた呉の全懌(ぜんえき)らを策略で魏に帰順させて

勝利に貢献し、当時の人々は鍾会子房(しぼう)張良)のようだと讃えました。

鐘会は、母が戒めた人を騙すような作戦を早速実施したのです。

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