三国志や曹操を分かりやすく紹介|はじめての三国志

menu

執筆者:黒田廉

黒田官兵衛の奇抜な献策と備中高松城攻防戦の水攻めがスゴイ!

この記事の所要時間: 252




軍師

 

黒田官兵衛(くろだかんべえ)は羽柴秀吉に従って毛利氏との最終決戦とも言うべき、

備中高松城攻防戦に参加します。

この戦いに羽柴軍が勝利することができれば毛利家の本拠地である吉田郡山城へ

進軍することができ、毛利氏もこの一戦で羽柴軍の進軍を食い止めるため、

吉川元春・小早川隆景・毛利輝元ら総出陣することになります。

この戦いで官兵衛は戦国史上極めて奇抜な献策をしたことで有名です。

その奇抜な献策をした事で彼の名前は一躍有名になります。

 

関連記事:【軍師特集】三国志、中国史、日本史にみる君主を支えた敏腕軍師たち

関連記事:軍師ってどんな職業なの? <三国志豆知識>




備中高松城攻略戦

備中高松城攻略戦 wiki

(写真引用元:備中高松城の戦い wikipedia

 

羽柴秀吉は備前(びぜん=現在の岡山県)に割拠する

梟雄・宇喜多直家を服従させることに成功します。

備前の宇喜多氏を仲間に引き入れたことで中国地方最大の勢力を持つ、

毛利家との決戦が開始されようとしておりました。

毛利家は織田軍を小早川隆景(こばやかわたかかげ)の居城である三原城(みはらじょう)と

その周辺の城の防備を固めて織田軍を迎撃する作戦を立てます。

そして隆景が一番頼りにしていたのは備中高松城の城主である清水宗治(しみずむねはる)です。

彼は毛利家に対して忠誠を誓っており、毛利輝元・吉川元春(きっかわもとはる)・

隆景の三人や毛利家の他の重臣からも信頼厚い武将でした。

事実秀吉は官兵衛に命じて備中高松城が要害堅固の城だと知ると

彼に寝返るように調略しますが、一切応じることはありませんでした。

秀吉は官兵衛の宗治調略が失敗に終わると備中高松城へ向けて攻撃を開始することになります。




秀吉の大軍を見事に追い返す

 

三国志 ろうそく 写真

 

秀吉は大軍を率いて数千人が篭城している備中高松城へ攻撃を仕掛けます。

備中高松城は周りが沼で囲まれており、日本では数少ない湿地帯に築かれた城です。

そのため秀吉軍は城からの弓矢や鉄砲の攻撃によって近づくことが中々できない状態で、

死傷者が続失します。

秀吉はこの城が簡単に落とせる城ではないことをこの攻撃で知ることになり、

一時撤退することを決めます。

備中高松城の兵士達は大軍の秀吉軍を追い返したことで士気は一気に上がり、

清水宗治や毛利家から派遣された援軍の将軍達の士気も大いに上昇することになります。

 

奇抜な作戦を献策

黒田 wiki

(写真引用元:黒田官兵衛 wikipedia

 

官兵衛はこのままでは備中高松城を攻略することに手こずれば毛利本軍が到着し、

羽柴軍との戦力差は無くなり、戦いを有利に進めることが難しい状態になってしまうと考えます。

秀吉も官兵衛と同じことを考えておりどうすれば備中高松城を陥落することができるか相談に

やってきます。

官兵衛は一つの案を持っておりましたが、出来るかどうかあやふやでした。

そこで彼は備中高松城周辺を歩いて地勢調査を行います。

その結果近くを流れる足守川よりも少しだけ備中高松城の方が低い位置に

築城されていることが判明。

そして彼は秀吉へ「殿。ここは備中高松城を水攻めにしてはいかがでしょうか。」と進言します。

 

郭嘉

 

三国志では呂布(りょふ)が篭城した下邳(かひ)城を

荀彧(じゅんいく)郭嘉(かくか)らの進言によって

陥落させていますが、日本の戦国史で城を水攻めにした例はほとんどありません。

そのため秀吉はこの官兵衛の策が成功するかどうかわかりませんでしたが、

このまま備中高松城を攻略できなければ信長に激怒されてしまう可能性があったため、

彼は官兵衛の作戦を採用することになります。

こうして官兵衛の進言の元、奇抜な城攻めが行われることになります。

 

関連記事:【諸葛亮 vs 織田信長】戦争費用捻出法!あれやこれやの財源探し

関連記事:曹操孟徳と織田信長の共通点!あなたはいくつ当てはまる?

 

水責めは大成功

大雨 f

 

官兵衛は秀吉から進言が採用されたことによって足守川をせき止める土木工事を開始。

官兵衛がこの工事の総責任者に任命され、蜂須賀小六(はちすかころく)ら羽柴家の諸将を

率いて突貫工事を行います。

この工事では多くの近隣の農民が動員されて5メートルほどの堤防が完成します。

そして堤防が完成した最中から降り続いた雨のおかげで足守川の水位は急上昇。

こうして堤防を決壊させた結果、備中高松城は水の孤城となってしまうのです。

 

戦国史ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

官兵衛が献策した水攻めによって備中高松城に備蓄されていた兵糧は、

ほとんどが水浸しになってしまいます。

またこの水攻めが開始される前に到着していた毛利家の援軍は、

手も足も出なくなってしまい水攻めにされた備中高松城を見ることしかできませんでした。

その後毛利本家と秀吉が和睦した際に

清水宗治が切腹したことで備中高松城の陥落は免れることになります。

官兵衛が備中高松城を水攻めの進言をしなければいつまでたっても城を包囲し続け、

状況は好転することなく、毛利家とにらみ合っていたでしょう。

すると歴史はかなり違った状況となっており、もしかしたら豊臣秀吉は誕生することなく

戦国乱世は終わらなかったかもしれません。

まさに官兵衛の水攻めの進言は歴史を変えた進言と行っても過言ではないのでしょうか。

 

真田丸に関する記事一覧:真田丸全記事

関連記事:いまさら聞けない真田丸って一体何なの?

関連記事:さよなら戦国BASARA!イケメン真田幸村の不細工伝説

 




黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 大阪冬の陣では後藤又兵衛はどんな活躍をしたの?
  2. 40代の劉邦が20代の項羽を討ち天下統一することは天命だった!?…
  3. 【三国志の華佗を越える名医の名言】扁鵲が死人を生き返らせた時に用…
  4. 【燕の名将・楽毅の名言】古の君子は交わりを断つとも悪声を出さず
  5. 周公旦(しゅうこうたん)とはどんな人?周王朝の基礎を固めた功臣
  6. ええっ?蒙驁(もうごう)将軍は史実では秦の六大将軍に並ぶ超名将だ…
  7. 意外と義兄弟と離れ離れの時期が長かった関雲長のぼっち履歴をご紹介…
  8. 木牛流馬って何?孔明の発明で輸送問題が解消し北伐で大活躍?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 彭越(ほうえつ)とはどんな人?漁師から王の位にまで上り詰めた梟雄
  2. 【本当は怖い家庭ノ医学】首が180度回る?司馬懿の特徴に隠された怖い病気とは
  3. 三国志に出てくる羌族ってどんな民族?
  4. 中二病韓信 ヤクザ劉邦を大説得、神分析に漢軍大フィーバー
  5. 【宮城谷昌光】これを読まずに三国志好きは名乗れない!三国志小説ランキング
  6. 【誤解しないで!】男同士のひざまくらが三国志の時代に大流行!その理由とは?? 

三國志雑学

“劉備漫画"

ピックアップ記事

おすすめ記事

はじ三の生き字引!kawausoが読者の疑問に答えます 曹植の存在が曹丕を歪めた?何で曹丕はあんな性格になっちゃったの? もし荊州を趙雲に任せたらどうなったの?【ろひもと理穂if考察】 55話:劉表のお家騒動に巻き込まれて殺されかける劉備 陳泰(ちんたい)ってどんな人?司馬昭の親友でもあり正義感が強く清廉な将 33話:度重なる幸運にハングリーさを失う曹操 30話:曹操軍を支えた最強の青州兵 後漢の始祖・光武帝劉秀(りゅうしゅう)ってどんな人?苦難に耐えて皇帝になる Part.2

おすすめ記事

  1. 【管鮑の交わりとは何?】管仲と鮑叔の友情を描いた故事
  2. 今と変わらない?三国志の時代の勤務評価表を紹介
  3. 趙、韓、魏を産んだ超大国、晋(しん)とはどんな国?キングダム戦国七雄を徹底紹介
  4. 山本勘助(やまもとかんすけ)は実在したの?今まで架空の人物だとされていた勘助の謎
  5. 【角栄ブームを斬る】田中角栄の裏の顔!原発利権で国土を汚したダーティーな男
  6. 根拠のない夢を信じないリアリスト曹操
  7. 華佗の使った麻酔薬「麻沸散」って何?
  8. 中国の氏・姓の成り立ちをどこよりも分かりやすく解説!

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP