広告募集
北伐

はじめての三国志

menu

三国志の雑学

【官渡決戦間近】曹操軍の陣中で慎重論と積極論を進言をしていた代表者達

この記事の所要時間: 215




曹操VS袁紹ありゾウ

 

河北の覇者として君臨していた袁紹(えんしょう)

そして河南の地のほとんどを制圧していた曹操(そうそう)

両者は官渡の地で死力を尽くしてぶつかりあい曹操が勝者となるのですが、

官渡の戦いが始まる直前に曹操は二人の人物に袁紹と自らの勢力を比較させております。

今回は官渡の戦い間近に行われた曹操と袁紹の比較を行い、

袁紹軍と戦うことに慎重論を唱えていた人物と積極的に戦うべしと唱えた

曹操軍のふたりの人物にスポットライトを当ててみたいと思います。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【新企画】朝まで三国志を開催!夜22時~朝6時までノンストップ特別企画!




慎重論と積極論

朝まで三国志 袁紹

 

河北を統一した袁紹(えんしょう)と河南を統一した曹操(そうそう)。

両者は天下の覇者を決めるべく軍備を整えており、

いつぶつかってもおかしくない状態にありました。

そんな中曹操軍では両者を比較して、袁紹と戦うことは控えるべしと唱える慎重論と

戦機を逸することなかれと説く積極論を代表する人物が二人居りました。

一人は孔子の子孫として天下に名声を得ていた孔融(こうゆう)

曹操から「我が子房(しぼう=前漢の高祖劉邦の軍師張良)」と呼ばれた荀彧(じゅんいく)です。




「袁紹軍に勝つのは難しいでしょう」by孔融

孔融

 

ある日曹操は孔融から進言を受けます。

孔融は「我が軍と袁紹軍を比較した際、領土の点で袁紹軍に有利であり、

兵力についても袁紹軍のほうが膨大な兵力を擁しております。

また知略面でも田豊(でんぽう)沮授(そじゅ)らが袁紹へ的確な進言を行い、

兵を率いる将軍達には二枚看板と呼ばれる文醜(ぶんしゅう)・顔良(がんりょう)などの

勇猛果敢で指揮に長けた将軍達がおります。

これら領土・文武面を我が陣営と比較した場合、

とても袁紹軍と正面からぶつかって勝つことは難しいと考えます。」と曹操の前で発言。

曹操は苦い顔をして孔融の話を聞いておりました。

 

「袁紹軍が我が軍に勝つのは不可能でしょう」by荀彧

荀彧

 

荀彧は曹操から孔融の発言を聞きます。

すると荀彧は曹操へ「殿。戦機は熟しつつあり、孔融殿の進言を取り上げるのは宜しくないでしょう。

まず領土の点では袁紹の方が広大な領土を持っており、

兵数も多いですが、有効に活用することができないでしょう。

田豊・沮授の進言が的確であるのは間違えないですが、

袁紹が優柔不断なので彼らの進言を取り上げることはないでしょう。

また文醜・顔良の将軍は勇猛果敢であるが匹夫の勇であり、

将軍として決断に欠けていると言えるのではないのでしょうか。

これらを総合すると袁紹軍が我が軍に勝つことは不可能であると考えます。」と述べます。

この発言を聞いた曹操は大いに喜びます。

そして結果は荀彧が言った通り田豊は官渡の戦いの前において進言を行いますが、

袁紹に捕らえられてしまい彼の進言を採用することはありませんでした。

また沮授は袁紹に度々進言しますが採用されることなく

戦場においてけぼりを食らってしまいます。

将軍である顔良は客将として曹操に味方していた関羽に討ち取られてしまい、

文醜は曹操の罠には嵌って亡くなってしまいます。

その後官渡の戦いでは袁紹軍は内通者である許攸(きょゆう)から情報で、

鳥巣の兵糧庫を攻撃されてしまい、兵糧が無くなったことがきっかけで敗北することになるのです。

まさに荀彧の予想通りの結果に曹操軍と袁紹軍の戦いは終わってしまうのです。

 

関連記事:え?曹操が荀彧に三顧の礼?民間伝承の三国志が面白い!

関連記事:曹操の誤解を解く!荀彧を殺したのは本当に曹操なの?

 

三国志ライター黒田レンの独り言

黒田廉さん02a

 

孔融と荀彧は曹操軍と袁紹軍の比較をこのような評価を下しており、

結果は荀彧の予想通りの結末を迎えることになります。

この比較論は曹操軍の様子を知る上で大事なことであると思います。

それは比較的に言論の自由が確保されていたことです。

孔融の慎重論を聞いて曹操が激怒して処罰しなかったことがそれを物語っております

(しかし孔融は曹操を批判し続けて亡くなるのですが)。

普通に考えれば袁紹軍と曹操軍の兵力面や領土面で大きな差が開いているのに、

このような慎重論を決戦が近づいているときに言えば、処罰されてもおかしくないでしょう。

それなのにも関わらず一切お咎めがなかったのは言論の自由が確保されているからではないかと

考えるのですが、皆さんはどう思いますか。

 

参考文献 講談社 乱世の英雄 尾崎秀樹著など

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:藏洪(ぞうこう)とはどんな人?袁紹が可哀想になるくらい逆恨み男の人生

関連記事:【河北の覇者】袁紹は光武帝を真似た戦略を採用したから滅びた!

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 晴信の仲介によって停戦と最強の三者同盟成立と運命の戦い
  2. 【三国志の華佗を越える名医の名言】扁鵲が死人を生き返らせた時に用…
  3. 曹操が行った大改革って何?|パイを奪うより自分で焼け!
  4. 劉備暗殺計画|甘露寺の婚儀と錦嚢の計 その2
  5. これはひどい・・関羽は深刻な方向音痴だった?迷走する関羽の千里行…
  6. 韓当(かんとう)ってどんな人?程普と共に呉を支え続けた呉の勇将
  7. 孫策の独立理由に疑問!袁術は孫策に対して本当にケチだったの?
  8. 三国志 Three Kingdomsのここがすごい!スリーキング…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 曹操と孫権の合肥を巡る戦いが何度も行われていた Part2
  2. 彭越(ほうえつ)とはどんな人?漁師から王の位にまで上り詰めた梟雄
  3. 85話:曹操を油断させた潼関(どうかん)の大勝利
  4. 王烈(おうれつ)を知っていたら三国志マニア?名声をもっていながら民衆として生きた名士
  5. 【シミルボン】三国志を産みだしたのは魯粛だった!クレイジーと言われた豪傑の人生
  6. 華佗の使った麻酔薬「麻沸散」って何?

三國志雑学

ピックアップ記事

おすすめ記事

曹操の詠った漢詩を分析してみよう。いつのことかわかるかな? 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース18記事【5/30〜6/5】 架空戦記って何?いつから存在してどこでIF戦記ブームは過ぎ去ったの? 羽林騎(うりんき)とは何?董卓を輩出した近衛部隊を分かりやすく解説 【第1回 幻想少女】衝撃の三国志が誕生!これぞ三国志革命だ!! 【秦の最強武将・白起】無敵の白起将軍の残念な最後 【キングダム羌瘣】超絶かわいい暗殺者の新たな夢ってなに?羌瘣の魅力に迫る! 乱世の奸雄・曹操の初陣はどんな戦いをしてたの?

おすすめ記事

  1. 三国志を否定するのは呉の張昭?三国間の不毛な争いを終わらせようとした政治家
  2. 【第四回 放置少女】伏龍参戦の新イベントと公孫瓚に挑んでくるぜ!!
  3. 【秦の最強武将・白起】無敵の白起将軍の残念な最後
  4. 【真・三國無双8】新キャラ周倉(しゅうそう)とはどんなキャラ?実際に存在した人?
  5. 王基(おうき)ってどんな人?軍事・政治で非凡な能力を見せた魏の武将
  6. 蘇秦(そしん)とはどんな人?秦の圧力を跳ね返す為、六国を結び付けた合従論者 Part.3
  7. 秀吉の下に天下を代表する軍師が揃うきっかけってなに?
  8. 【はじめてのスキッパーキ】スキッパーキって、どんな犬なの?【第1話】

はじさん企画

帝政ローマ
特別企画


袁術祭り

異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
はじめての三国志TV
PAGE TOP