架空戦記
北伐

はじめての三国志

menu

はじめての変

【田疇の進言】烏桓討伐戦で曹操に助言したのは郭嘉だけではなかった!

この記事の所要時間: 338




 

袁尚(えんしょう)・袁煕(えんき)の兄弟は曹操に敗北すると逃亡。

彼らが逃亡先として選んだのは昔から袁家と仲が良かった烏桓族の元です。

烏桓の実質的な指導者であった蹋頓(とうとん)は、

単于の意見に従って彼らを受け入れることになります。

 

 

曹操は烏桓を討伐するために郭嘉(かくか)の進言に従って北伐(ほくばつ)を開始。

この烏桓討伐戦で活躍したのは郭嘉(かくか)や張遼(ちょうりょう)だと思われがちですが、

実はもうひとり活躍した人物がいたことをご存知でしょうか。

有名な武将達の影に隠れてしまった烏桓討伐の立役者である人物を

ご紹介していきたいと思います。

 

関連記事:銅雀台(どうじゃくだい)ってなに?どんな建物で何をするところだったの?

関連記事:こんなに豪華!三国志演義の銅雀台の宴を再現してみるよ【前半】




山に国家を作り出した在野の人物

 

曹操の烏桓討伐に参加したのは除無山(じょむざん)というところに

民衆達と一緒に住んでいた在野の人物である田疇(でんちゅう)という人物です。

彼は元劉虞(りゅうぐ)の家臣でしたが公孫瓉に殺害された事に激怒し、

一族を連れて山の中に住むことにします。

彼が除無山に住み始めると近隣の住民達が彼の元を訪れて、

次第に民衆の数がどんどん膨れ上がってきます。

そして彼は民衆達から推挙されて長になると法を定めていくと

民衆達は法をしっかりと守り道端に落ちている物すら拾わなくなっていきます。

さらに北方の異民族である鮮卑族や烏桓族などから貢物が届くようになり、

国家の様相を呈してくることになります。




独立不羈を貫き通す

 

袁紹は田疇の擬似的な国家にたいして使者を送り彼に対して将軍の位を授け、

率いている民衆達を自らの勢力へ取り込もうとします。

しかし田疇は袁紹からのもらった将軍の位をすべて返還し袁紹の誘いを断ります。

また袁紹の死後袁家の棟梁として振舞っていた袁尚(えんしょう)も

彼に対して度々使者を送ってきますが、

この袁尚の誘いに対しても断り、独立不羈を貫いていきます。

 

かつての恨みを晴らすために協力する

 

田疇は公孫瓉に主君である劉虞を殺害されたことに恨みを持っておりましたが、

彼は滅亡してしまいます。

しかし彼にはもう一つ恨みを晴らすべき勢力がありました。

それは烏桓族です。

彼は昔、烏桓族に同僚を殺害されておりこの恨みを晴らそうと心に誓っておりましたが、

烏桓を討伐するほどの大勢力を築くことができずにおりました。

そんな中、曹操軍が烏桓討伐に田疇の力を借りたいとの申し出がありました。

田疇はこの申し出を聞くとすぐに曹操軍に協力することを誓い参陣します。

 

田疇の策

 

田疇は曹操軍に加わっておりましたが、

この時ちょうど雨季に差し掛かっており道路はぬかるんでおり通行不可能でした。

また烏桓族も自らの領内へと続く道へ曹操軍を侵入させないため、

道路を寸断して防備を固めます。

曹操は烏桓討伐を行う道がなくどうすればいいのか判断を決めることができなかったため、

田疇に相談します。

すると田疇は「この地は毎年雨につかってしまい、

歩くことも船を浮かべたりすることもできない状態になってしまいます。

しかし烏桓の本拠地を突くことのできる細い道は残っております。

烏桓族は曹操軍が道を通ることができないことを知っており、

この細い道には守備軍はほとんどおいていないと思いますが万全を期すため、

この地に木札を立てて退却することを烏桓の守備兵に教えれば、

彼らは本拠地へ退却することでしょう。

その間我らは守備軍がいなくなった細い道を通って、

烏桓本拠地を突けば間違えなく勝利することが出来るでしょう。」と進言。

曹操は田疇の進言通り道の真ん中に木札を立てて

「雨が大量に降って道が寸断されているため雨が降らない秋になってから

再度出陣する。」と記しておきます。

すると烏桓族の守備兵達は曹操軍が退却すると思い込んでしまい、

本拠地へ退却していきます。

そして田疇を道案内として烏桓の本拠地である柳城から80キロほど離れた場所に

進出することに成功します。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

曹操は田疇の作戦を採用したことにより敵陣へ向かって進軍を開始。

烏桓の兵士達は大いに驚いて迎撃の陣を構えますが、

曹操軍の攻撃に対応することができずに敗北してしまいます。

その後烏桓の単于や袁尚・袁煕兄弟は、

遼東の太守として君臨していた公孫氏に身を寄せますが、

公孫氏は彼らを殺害して曹操に恭順する姿勢を示したことによって袁家は滅亡し、

袁家が支配していた土地はすべて曹操の物になります。

もし田疇がいなければ曹操軍は道が分からずに烏桓族を討伐に

かなりの時間を要していたかもしれません。

すると南方の劉表や孫権が曹操の領土へ攻め込んで、

曹操の領内が大混乱した可能性を考えると田疇の活躍は

烏桓討伐戦の立役者にふさわしい活躍をしているのではないのでしょうか、

 

参考文献 ちくま文芸文庫 正史三国志魏書2 今鷹真・井波律子著など

 

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

次回記事:何で曹操はあれだけ関羽を愛していたのに配下から逃がしたの?

関連記事:三国志の英雄たちの詩を調べたら司馬懿ヒドすぎワロタwww

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 墨家(ぼっか)が滅んだ理由と創設者 墨子はどんな思想だったの?
  2. え、そうだったの?蜀の五虎将軍、実は存在しなかった?五虎大将軍の…
  3. 松本清張も注目!邪馬台国(やまたいこく)はどこにあったの?
  4. 三国志時代にタイムスリップしたらあなたはどこに仕えたい?魏?呉?…
  5. 後漢王朝の華だった尹夫人の波乱万丈の生涯Part.2
  6. 【劉備の初代軍師・徐庶】剣術家から学問の道へ変更したきっかけとは…
  7. 諸葛亮の出師の表って、一体何が書いてあるの?
  8. 100万人の三國志 Specialとはどんなアプリゲーム?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 孫家三代もメロメロ、実は周瑜と双璧の名将 程普の伝説
  2. 東方明珠のへなちょこ洛陽旅行記 その1
  3. 三国志時代の通信手段は何だったの?気になる三国時代の郵便事情
  4. 【古代中国の伝説の聖剣】欧冶子が作った宝剣がとんでもない高価なモノだった!?
  5. 郭嘉(かくか)ってどんな人?|曹操が最も愛した人物
  6. 31話:献帝を手にいれて、群雄から抜きん出た曹操

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

2017年は李傕・郭汜祭りを開催するよ!さぁ、祭りだ!ワッショイ! 司馬懿討伐をもくろんだ王陵の反乱はなぜ失敗に終わったの? 中国史上、最大の軍師は誰なの?孔明?司馬懿か? 119話:孔明君のジャングル探検?南蛮討伐本戦 陸遜の死後、一族はどうなったの?呉の滅亡後、晋の散騎常侍に仕えた一族達 【燕の名将・楽毅の名言】古の君子は交わりを断つとも悪声を出さず 大胆仮説!孔明が口ずさんだ梁父吟は芝居のセリフだった!? 樊噲(はんかい)とはどんな人?肉屋の主人から劉邦の親衛隊隊長として楚漢戦争を戦い抜いた豪傑

おすすめ記事

  1. 霊帝は近衛軍創設の為に売官で資金を造った?実は優秀な皇帝の真実
  2. 狸(徳川家康)とお猿(豊臣秀吉)の外交合戦が面白い!
  3. 曹昴の伝説 | 武将アンケート裏1位獲得
  4. 三国志の徐州争奪戦が何だかややこしい!仁義なき徐州争奪戦を分かりやすく解説
  5. 秦国の六虎将軍・李信の妻となるのは誰かを大胆予想!羌瘣?それとも河了貂か?
  6. 真・三國無双8 新キャラクターを大予想!西晋の新武将は、この二人で決まり!!
  7. 【武帝の欲望】あの馬が欲しい!汗血馬を手に入れる為に・・・・
  8. 【シミルボン】元祖、褒めて伸ばす!曹操のヨイショ作戦が止まらない

はじさん企画

李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP