官渡の戦いを終戦に導いた許攸(きょゆう)は偉大なの!?


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ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく

「ろひもと理穂の三国志・見向きもされない脇役たち」のコーナーです。

 

 

曹操や劉備などの明君や、諸葛亮孔明や郭嘉などの名軍師、

呂布や関羽などの名将らが華々しく活躍する三国志の世界ですが、

まったく見向きもされないような脇役たちもいます。

皆さんはそういわれて、まず誰をイメージするでしょうか。

逆にアンケートをとってみたいぐらいですね。

魏では夏侯楙(かこうぼう)とか。

いや、けっこう面白いキャラですけどね。

呉では宋謙(そうけん)かな。古参の将ながら活躍していないような気がします。

蜀では麋芳(びほう)とか。蜀ファンに恨まれている分、メジャーなのか。

と、いう流れで今回は曹操にも対等な口をきいていた(タメ口)イメージの強い

名士・許攸(きょゆう)について触れていきましょう。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

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許攸と曹操は幼馴染

 

許攸、字は子遠。荊州南陽郡の生まれです。近郊の汝南の名士グループに属しており、

曹操の他、荀彧らとも交流がありました。

この汝南名士グループを「何顒グループ」とも呼びます。

何顒は許攸と同じく荊州南陽郡の生まれです。

清流派の代表格で、党錮を受けた人物のひとりです。

荀彧を「王佐の才」と評価したことでも有名です。

曹操に対しても「天下を安んじる人物」と評価しています。

何顒は汝南に逃れて袁紹らに歓迎されました。ここで許攸と袁紹は出会ったのです。

許攸は袁紹や張邈と「奔走の友」の交わりを結んでいたと伝わっています。

奔走の友とは、相手の危機に駆けつけるような友のことで、

かなり心を許し合っていたことがうかがえます。

つまりこの時点では袁紹、張邈、曹操、荀彧らと肩を並べる存在だったことになるのです。


だいそれた革命

 

その後、許攸は驚くべき行動に出ます。

西暦189年以前のことになりますが、詳細は残されていません。

許攸が後漢皇帝を廃し、別の皇帝を擁立しようと画策したのです。

このときの皇帝は霊帝(れいてい)です。

いろいろと不正疑惑があった皇帝ではありましたが、

これを廃するというのはずいぶん思い切った革命です。

このとき結託したのが冀州の刺史・王芬、豪族の周旌でした。

曹操も誘われたようですが、失敗することを見越して断っています。

同じく華歆も誘いを拒絶しています。

このあたりのメンバー構成は面白いですね。

曹操が西園八校尉に任じられる前だったのかは定かではありませんが、

もしかすると許攸はクーデターを成功させるために、

皇帝直属の軍を率いる曹操を引き入れたかったのかもしれません。

許攸らのクーデターは失敗。王芬は自害していますが、

許攸は逃亡し、袁紹の庇護を受けたようです。なんせ許攸と袁紹は奔走の友ですからね。

 

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袁紹陣営を代表する参謀

 

袁紹の配下となり、田豊(でんぽう)に匹敵する参謀として重用されています。

やがて袁紹VS曹操の激突となります。持久戦を主張する沮授、田豊に対して、

決戦を主張する郭図、審配。袁紹は短期決戦を決断します。

しかし顔良、文醜と立て続けに猛将を討ち取られ、戦線は膠着状態となりました。

ここで許攸が「中入り」を主張します。

対峙する曹操軍を飛び越えて本拠地の許都を襲撃するというものです。

中入りは成功すると大きな成果になりますが、失敗すると大損害を被ることになります。

許攸の進言は却下されました。さらに許攸の家族が罪を犯して審配に逮捕されます。

これで許攸はキレてしまいます。

 

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三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

許攸は曹操に降り、袁紹軍の兵糧貯蔵場所の情報を告げたのです。

これは袁紹軍にとって超重要機密です。

一部の重臣しか知り得ない内容でした。

許攸の情報を荀攸と賈詡は正確であると判断し曹操に進言します。

この烏巣焼き討ちが成功して曹操は袁紹に勝利することになるのです。

許攸の決断が曹操に奇跡の勝利をもたらせました。

しかし許攸はその後、慢心が過ぎて粛清されてしまいます。

奔走の友を裏切った許攸。

これがなければ袁紹は天下統一を成し遂げていたのかもしれません。

見向きもされない脇役にしては随分と重要なカギを握っています。

ちなみに許攸は荀彧からは「貪欲」、

さらに我らが主役の袁術様にも「不純な人物」と評価されています。

よっぽどな性格だったんですね。

かなりの個性的キャラなのかもしれません。

もっと注目されてもいいのではないでしょうか。

皆さんはどうお考えでしょうか。

 

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