曹操孟徳特集
黄巾賊




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

【すっきり解説】曹操の元に徐庶が留まり続けた理由

この記事の所要時間: 424

 

 

 

三国志演義(さんごくしえんぎ)で、軍師がいないためにうだつの上がらなかった劉備(りゅうび)

初めて迎えた軍師、徐庶(じょしょ)

劉備の敵役の曹操(そうそう)は、劉備徐庶の献策で力を増すことを恐れ、

徐庶の母親を自分のところへ招き寄せ、母親を人質のようにして

徐庶を劉備から引き離しました。

 

徐庶の母親は、息子が主君を捨ててきたことを怒り自殺しましたが、

その後も徐庶は劉備のところへは戻らず、母親の死のきっかけを作った

憎いはずの曹操に仕えながら、曹操へは積極的な献策をせずに通しました。

 

これ、とても不自然な態度だと思いませんか?

母親が亡くなり何のしがらみもなくなったのに、

どうして劉備のところへ戻らず嫌々曹操に仕えたのでしょうか。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:63話:去りゆく徐庶が、紹介した大軍師、臥龍、鳳雛って誰のこと?

関連記事:62話:徐庶を手に入れたい曹操、程昱の鬼畜な計略を採用し劉備から徐庶を奪うの巻

 

 

劉備のところに帰らない理由1:お尻の軽い人と思われたくない

 

徐庶は劉備に仕える前、劉表(りゅうひょう)に仕えようとしていたことが、次のせりふから分ります。

劉景升(りゅうけいしょう)劉表のこと)が賢者を招いていると聞き、わざわざ会いに行きましたが、

いろいろ議論してみたところ役に立たない者であることが分ったため、

置き手紙をして出て参りました」

 

置き手紙をして出てきたということは、一日面接に行っただけというわけではなく、

少し泊まってプチ食客みたいになっていたのでしょう。

自分から売り込みに行ったのに、感じよく迎えてくれた劉表を徐庶は「使えねえオッサンだ」と

見限って、一宿一飯の恩に報いることなく劉備に鞍替えしたということです。

 

劉備にも感じよく迎えられ、献策はすいすい聞き入れられ、何一つ不満のない

軍師ライフを送っていた徐庶ですが、ママが曹操に捕まってピンチということになり、

やむなく劉備のもとも去ることになりました。

仕方ない事情であるとは言え、これで主君を捨てるのは二度目です。

 

さて、「ママー!」と慌てふためいて曹操のところへ行くと、曹操は

「あなたのような素晴らしい方がどうして劉備などに仕えていたのですか」

「お母上がこちらにおられるので、ここにいて下されば親孝行もできるし私も

お力を借りられるというものです」と徐庶を大歓迎します。

徐庶のママが亡くなった後には曹操は弔問(ちょうもん)したり贈り物を送ったりと真心対応をしており、

これまたプチ食客のような関係になってしまっています。

 

これまで二度も主君を捨てた徐庶、ここで曹操を捨てると三度目になってしまいます。

一度目は初めてだからしゃあない。二度目はママが心配だったからしゃあない。

でも三度目は、さすがにだめです。

尻軽徐庶のレッテルを貼られては、人格的な評判が出世に直結する三国時代では

やっていけません。

心は劉備のところにあっても、身体は曹操のところに残るしかなかったのです。

 

 

劉備のところに帰らない理由2:帰っても自分の活躍の余地がない

 

先ほど挙げた理由については、関羽(かんう)が自分によくしてくれた曹操を捨てて劉備のところに

戻った時のように、「わしは硬骨漢(こうこつかん)なんじゃあ!劉アニキ以外には絶対に仕えんのじゃあ!!」

という派手なパフォーマンスをして周囲を納得させることができれば、

尻軽のレッテルを貼られずに済ますことができます。

 

なので、徐庶が絶対に劉備のところへ帰りたいと思えば、やり方はあったはずです。

しかし、徐庶はそこまではしませんでした。

これは、劉備のところへ帰っても自分の活躍の場はもうないと思ったためでしょう。

徐庶は劉備と別れる際、後継候補として諸葛亮(しょかつりょう)を推薦しています。

 

徐庶は諸葛亮がデキる奴だと知っていたので、あいつがバリバリ働いてたら俺はもう

いらんやろ、と思い、無理して劉備のところへ帰ろうとは思わなかったのでしょう。

 

古代中国・超科学の世界に挑戦する HMR

 

劉備のところに帰らない理由3:曹操を恨む筋合いはない

 

ところで、ふつうに考えると、次のような疑問が浮かばないでしょうか。

 

「曹操は徐庶のママを捕まえて死なせちゃった憎い仇なんだから、

恨みこそあれ恩などなく、見捨てたって誰も文句言わないんじゃないの?」

「親の仇に大人しく仕えてるほうが人から後ろ指をさされるのでは?」

「劉備のところへ戻って曹操と戦い仇討ちをするほうが自然じゃないの?」

 

確かにそうですよね。読者としても、そういう徐庶を見たいです。

曹操のところで鬱々としながらじっとがまんしているなんて可哀相です。

なのになぜ、徐庶は曹操をママの仇とはしなかったのでしょうか。

それは、ママが自害した時のせりふをみれば分ります。

 

「主君への忠義と親への孝行は両立できないということぐらい知っているでしょうに!

曹操は君主を欺く賊。一方、劉玄徳(りゅうげんとく)(劉備のこと)は世の中にあまねく仁義をしき、

誰もが仰ぎ見るお方。(中略)あんたは明主を捨てて暗主に身を投じて悪評を被ったのよ!

なんてしょうがないのかしら。顔を見るのも恥ずかしい。ご先祖様に申し訳がないわ。

生きてる甲斐もない」

 

ママが自害した理由は、徐庶が親孝行のために名君を捨てたことを(なげ)いたためであり、

原因は徐庶であって、曹操ではありません。

徐庶にとっては、ママに叱られて死なれてしまった、ということであり、

曹操を恨む筋合いはないのでした。仇ではない、ニュートラルな関係。

 

偽手紙で誘き寄せられたので、そんな手段を使うんかいという気持ちはあったとしても、

そうまでして自分の力が欲しかったのかと思うだけのこと。

自分がここに来たことを歓迎してくれているし、ママの弔問にもきてくれて、贈り物もくれた。

劉備のところに戻れないからには、このまま流れで曹操のところにいるしかないか……という、

消極的な選択なのでした。

 

三国志ライター よかミカンの独り言

 

中国に「徐庶进曹营/一言不发」という言葉遊びがあります。

「徐庶が曹操陣営に行くとかけまして、○○と解きます。その心は、一言も発しない」

というような感じの言葉です。

曹操のところに行ってからの徐庶が積極的に働かなかったことからできた言葉です。

 

徐庶は若い頃は剣を振り回している暴れん坊でしたが、一念発起(いちねんほっき)して学問をし、

立派になって劉備に仕えバリバリ働くようになりました。

ママの身柄を押さえて誘き寄せるという曹操の強引な人材ハントによって、

後半生を鬱々と過ごすことになり、努力して磨いた才幹をふるうことが

できなくなってしまいました。とても気の毒です。

 

正史三国志の徐庶は、最初劉備のところでいい感じに活躍していたらしい様子は

三国志演義と共通ですが、母親は戦時下で曹操の捕虜になったのであり、

曹操が人材ハントをしかけたという記述はありません。

その後、徐庶は曹操に仕え、正史三国志の注釈に引かれている『魏略(ぎりゃく)』によれば、

魏で右中郎将(う・ちゅうろうじょう)御史中丞(ぎょしちゅうじょう)にまで昇っています。

本物の徐庶さんは、魏でもちゃんと力を発揮できたようですね。よかった。ホッ。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【劉備の初代軍師・徐庶】剣術家から学問の道へ変更したきっかけとは?

関連記事:もし徐庶が軍師として劉備軍に留まっていたら三国志はどうなっていた?

 

波動の時代を生きた先人たちから学ぶ『ビジネス三国志

 

 

 

よかミカン

よかミカン

投稿者の記事一覧

三国志好きが高じて会社を辞めて中国に留学したことのある夢見がちな成人です。

個人のサイトで三国志のおバカ小説を書いております。

三国志小説『ショッケンひにほゆ』
https://3594.fun 

【劉備も関羽も張飛も出てこない! 三国志 蜀の北伐最前線おバカ日記】

好きな歴史人物:
王充(おうじゅう。後漢初期の思想家)
※ はじさんのサイト内検索で王充の記事が出てきます

何か一言:
三国志のお話の世界の広がりは無窮。
日々新しい三国志が生まれています。
ご一緒に三国志の新しい歴史を刻みましょう。

関連記事

  1. 3月レキシズルバーSP「はじめての三国志」をやってきたよ
  2. 三国志の著者・陳寿のミステリー 前編:蜀滅亡
  3. 許褚(きょちょ)ってどんな人?曹操のボディーガードとして自ら語る…
  4. 孫権の部下に三君有り!孫呉三君とはいったい誰を指すの?
  5. 文欽・毌丘倹の反乱を鎮圧することができたのは傅嘏の進言があったか…
  6. 【よくわかる】SEALDsは後漢時代にも存在した?党錮の禁とSE…
  7. あれほど豪華なメンツが揃っていた反董卓連合軍が董卓に負けた理由
  8. 曹操を好きになってはいけない6つの理由

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 三国志で複雑なシリア内戦をザックリ解説
  2. 秦の宰相として歴史に名を刻んだ名宰相・范雎(はんしょ)【丞相編】
  3. 朝まで三国志2017 三国志の最強軍師は誰だ! 第6部
  4. 27話:良い事が無かった曹操に勝機が訪れる!青州兵誕生秘話
  5. 今と変わらない?三国志の時代の勤務評価表を紹介
  6. 【荀彧の心に残る名言】誠にその才あれば、弱と雖も必ず強し

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" “広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

久坂玄瑞の最後!その人生の幕の閉じ方 三国時代の娯楽にはどのようなものがあったの?タイムスリップして当時の人に取材してみた 【李傕・郭汜祭り 1日目】凶悪!董卓を上回る暴君李傕の履歴書 何で武田晴信は長尾景虎との対決を避け続けたの? 【刀匠干将・莫耶】二人が作った剣、実は三国志にも関わり合いがあった! これはキツイ!健康が回復するかで刑罰が決まる保辜(ほこ) 見た目で比較してもいいですか?曹操とナポレオン 日本で一番すごい武将?敵中を突破して帰国した猛将・島津義弘の武勇伝

おすすめ記事

  1. 晋にも五虎将軍が存在した?魏の五将軍に匹敵する晋の名将を紹介
  2. 島津豊久と島津斉彬はどんな関係?豊久と斉彬の共通点も紹介
  3. 【キングダム ネタバレ予想 529話】遼陽城に巣くう連中の正体とは?
  4. 官渡の戦いでも使われ東西を問わず世界中で取られた戦法「坑道戦」って何?
  5. 孫呉が天下統一できる可能性が2回もあった!?黒田レンの考察
  6. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース17記事【8/8〜8/14】
  7. 朽井迅三郎(くちい・じんざぶろう)は実在したの?アンゴルモア 元寇合戦記の主人公に迫る
  8. 【センゴク】金ヶ崎の退口は何で起こったの?信長の最大の危機

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“西遊記"
PAGE TOP