よかミカンの三国志入門




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

三国志の将軍たちは家族サービスできていたの?三国時代の軍生活

この記事の所要時間: 236




曹操

 

華々しく活躍した三国時代の武将たちにも、私たちと同じように家族がありました。

いつ命を落としてもおかしくない状況にある彼らの頭の片隅には、

常に愛する家族のことがあったでしょう。

 

安史の乱によって家族と離れなければならなかった詩聖・杜甫(とほ)

「家書万金に抵(あた)る(家族からの手紙は大金に相当する)」と詠っているくらいですから、

三国時代に命をかけて戦った武将たちにとって

家族との再会の瞬間にはどれほどの価値があったことでしょう。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:意外な事実!三国志の時代のお盆は死者の為に懺悔する日だった!

関連記事:【三国志の食事】劉備・曹操・孫権も食べていた!?三国時代の食事風景とは(デザートもあるよ)

家族と一緒に住めない武将たち

曹操

 

しかし、長い戦が終わっても、三国時代の武将たちは家族と一緒に暮らすことはできませんでした。

武将たちは城内に建てられた長屋の一室にそれぞれ住まわされていたようです

 

前漢時代の未央宮の遺跡にも、たくさんの部屋に仕切られた長屋のような建物の跡があり、

三国時代の武将たちの宿舎もおそらくこれと同じような造りだったと考えられます。

武将たちは仕事を終えると男たちがひしめき合うように住んでいる長屋の一室に帰り、

先に眠りについたであろう同僚のいびきを聞きながら一人寂しく床に就く…。

 

妻子がいるのに学生寮のようなところに住まなければならないなんて、いたたまれないですよね。

家に帰ることができるのは5日に1日…髪の毛を洗うため

曹操

 

それでも、5日のうち1日は家に帰ることができました。

意外と良心的なのでは?と思った方もいるかもしれません。

 

しかし、それは休暇というにはほど遠いものでした。

この5日に1度の帰省は、あくまで髪を洗うためのものだったのです。

 

漢代に儒教が国教とされて以来、人々には髪を切るという習慣がありませんでした。

そのため、当時の中国人は何十年も髪を伸ばしっぱなしです。

何メートル…いや、もしかしたら十数メートルにまで伸びた髪を洗う労力は想像を絶するものでしょう。

家族総出で一家の大黒柱の髪を洗っていたのかもしれません。

 

そして、苦労して髪を洗い終わっても、その髪を乾かすのはさらに大変です。

当時はドライヤーも何もありませんから、せいぜい布で水分を取るくらいで、

基本は自然乾燥。もしこの日の天気が雨だったら、一日あっても乾ききらないでしょう…。

久しぶりに会えたお父様と武道の稽古!…なんてことはなかなかできなかったでしょうね…。

 

多くの功績を残していても、特別扱いはない

 

どれほど功績があっても、すべての武将がこの規則に縛られていたようです

 

魏の曹操(そうそう)のお気に入りであった郭嘉(かくか)程昱(ていいく)といった名のある軍師たちや、

曹操の右腕ともいえる夏侯惇(かこうとん)、合肥の戦いで名高い張遼(ちょうりょう)といった、

数々の武功をあげた武将たちも、特別扱いなどありませんでした。

 

これは蜀の劉備(りゅうび)の義兄弟である関羽(かんう)張飛(ちょうひ)、『三国志』随一の軍師である諸葛亮(しょかつりょう)

呉の智将・周瑜(しゅうゆ)魯粛(ろしゅく)らも例外ではありません。

 

むしろ、力がある武将や軍師ほど有事のときのために、

主君のそばにいなければならなかったのでしょう。

戦場で華々しく活躍していた武将たちも、

家族のことを想いながら寂しい夜を過ごしていたのかもしれませんね。

 

裏切らないのは家族のため

龐徳

 

また、戦のために遠征する際に家族を戦地に一緒に連れていくのもご法度。

戦地に家族を連れていくなんて、

わざわざ禁止にしなくても当然そんなことをする人はいないだろうと思いますよね。

 

しかし、家族全員で敵国に亡命しようと考える者がいたとしたら…?

国に家族を残すことを規則として定めておけば、このような不届き者が現れることはないでしょう。

 

もし戦場で窮地に陥っても、国に置いてきた家族のことを思って簡単に寝返ることはできないはず。

もし自分が寝返ってしまえば、残された家族は全員処刑されてしまいます

 

儒教を信奉する当時の人々にとって、一族を途絶えさせることは最大の不孝。

「ニ君には仕えず!」と叫んで散っていった武将たちも、

心の奥底では一族の末永い繁栄を祈っていたのかもしれません。

 

自分の命だけではなく、

家族の命まで背負いながらその身の振り方を考えなければならなかった武将たち…。

三国時代の武将たちは、

私たちには想像できないほどの苦難の日々を過ごしながら命を燃やしていたのでしょうね。

 

※この記事は、はじめての三国志に投稿された記事を再構成したものです。

元記事:寂しい、5日に1日しか帰宅できない三国志時代の武将達

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:三国志時代の字体とは?現代でも通じるの?

関連記事:三国志の時代のお茶は、全然人気が無かったってホント?

 

はじめての三国志 編集部

はじめての三国志 編集部

投稿者の記事一覧

三国志の世界観や登場人物を『楽しく・ゆるく・わかりやすく』をモットーに紹介するプラットフォームメディアです。

https://hajimete-sangokushi.com/

関連記事

  1. 【シミルボン】こいつを捕まえたら1万銭!三国志の時代にもあったW…
  2. 袁紹と張り合った袁術が滅亡した原因って一体何なの?
  3. 曹操と劉備はどうしてライバル扱いなの?【三国志の素朴な疑問】
  4. 後漢末から三国時代の世界情勢はどうなってたの?
  5. 五虎大将軍なのに趙雲の扱いが色々雑すぎる気がする件について
  6. 【防御力倍増!】三国志野戦陣営の造り方を解説
  7. 魯粛と関羽の一騎打ちの行方は?
  8. 三国一のヨイショ男、曹操の部下の褒め方が半端ない

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【陥陣営】高順が呂布に疎んじられた理由は性格の不一致だった
  2. 【第1回 幻霊物語~爆裂三国バトル~】蔡文姫さんと一緒に攻略プレイ!
  3. 大学者鄭玄の下女達の会話は高学歴だった
  4. キングダムに乗り遅れた人必見!!戦国時代をざっくりと紹介しちゃいます!
  5. 五胡十六国の火種は曹操が撒いた?各時代の異民族を紹介
  6. 孫呉の二代目丞相・顧雍に迫る!正史三国志・呉書からみた丞相の実績

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" “広告募集"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

奇人・変人・露出狂?曹操をコケにして歴史に名を刻んだ禰衡(でいこう) 【さんすま】三国大戦スマッシュ! 第5回 ついにあの武将が「覇王化」!! 【真田丸特集】バツイチ女性が好きだった曹操と家康! 馬騰(ばとう)とはどんな人?馬超のパパで知られる荒れ地の猛将 第2話:袁術くん、将来に希望を持つために「自己肯定感」を高める 大奥の規模はどの位あったの? 赤兎馬ってどんなウマ?呂布も関羽も愛した名馬 133話:公孫淵の反乱と司馬懿の台頭

おすすめ記事

  1. 1800年前に呂布がビーフバーガーを食べていた?気になる漢時代の食生活
  2. 中国三代悪女・西太后(せいたいこう)は実は優秀で素敵な女性だった?
  3. 呉範(ごはん)とはどんな人?当たる占いをご所望なら私にお任せください!風占いの達人
  4. 三国志の時代も「人は見た目が100パーセント」だった!?
  5. あけましておめでとうございます、2015年も「はじめての三国志」をよろしくです
  6. 劉備も茶を求めた?中国茶の種類
  7. はにゃ?これ名詩なの?三国時代の詩が難解すぎる件
  8. 姜維は忠臣なのか、それとも愚将か?

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“水滸伝"
PAGE TOP