三国志平話
三顧の礼




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

袁紹はどんな性格で他の群雄との違いはなんだったの?




袁紹と袁術

 

曹操(そうそう)の友人でありライバルであった袁紹(えんしょう)

袁紹は名門で坊ちゃんだから決断力のない人だと言われていますが、本当にそうなのでしょうか。

今回は袁紹の性格を調べてみましたので紹介したいと思います。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:袁紹が得意とした坑道戦とは?

関連記事:袁紹と今川義元は似たもの同士だったってホント!?

 

 

本当は優柔不断じゃない袁紹!!

本当は優柔不断じゃない袁紹

 

袁紹はよく決断力に欠ける性格と評価されることが多いのですが、

本当は違うのです。

袁紹は確かに優柔不断の一面を持っていますが、

三国志の英雄たちはそれぞれ優柔不断な性格を覗かせており、

袁紹だけが持っている性格ではありません。

では袁紹の性格は一体どのような性格なのでしょうか。

 

 

袁紹の我慢強い性格だった??

易京城

 

袁紹の性格が決断力の無い性格ではなく、我慢強い性格であることを紹介したいと思います。

そのエピソードは袁紹が公孫瓚(こうそんさん)との最終決戦である易京の戦いの時です。

袁紹は公孫瓚を易京城に追い詰めます。

 

袁紹は公孫瓚がこもる易京城を力で攻め落とすことが出来るにも関わらず、

何年もの年月をかけてじっくりと包囲して、易京城の防御力を減らしていきます。

そして数年後、易京城(えきけいじょう)の防御力を完全に低下させた後、

易京城に総攻撃を行い公孫瓚を滅亡させるのでした。

 

袁紹は公孫瓚との戦いに決着をすぐつけることができるにも関わらず、

ゆっくりと時間をかけたのは

彼の性格が我慢強いからできたのではないでしょうか。

 

伝説の企画 朝まで三国志 最強のワルは誰だ

朝まで三国志1  

袁紹は優しい性格だった

袁紹は優しい性格だった

 

上記で袁紹の我慢強い性格を紹介しましたが、

袁紹の性格は我慢強いだけでなく優しい性格を持っていたのです。

袁紹は官渡(かんと)の戦いで曹操と一大決戦をする前に、

曹操を討ち滅ぼすことのできるチャンスが巡ってきたことがありました。

 

そのチャンスとは曹操が反乱を起こした劉備(りゅうび)を討伐するため、

自ら軍勢を率いて劉備討伐へ向かった時です。

袁紹の軍師・田豊(でんぽう)は曹操自ら軍勢を率いて劉備討伐へ向かった事を知ると袁紹へ

「今こそ曹操を討ち滅ぼす最大のチャンスです。

直ぐに軍勢を率いて曹操へ攻撃をするべきです」とアドバイス。

 

しかし袁紹は「俺の子供が風邪ひいてるからやめよう」と言って

田豊のアドバイスを採用しませんでした。

田豊は袁紹の居ない所で杖を地面に投げつけてブチギレていたそうです。

 

このエピソードはよく袁紹の決断力の無さを浮き彫りにしていると言われていますが、

レンはそうは思いません。

レンは袁紹が父親として子供を心配している優しい性格を持った一面を見せていると思います。

三国志の時代、子供は見捨てられてしまう事がありました。

 

これは民衆だけでなく、三国志の英雄達も子供を見捨てている事があります。

例えば劉備は長阪の戦いの時、自らの命が危うくなっていたため、

自分の息子を省みることなくそのまま見捨てて逃亡することに注力しています。

この劉備の件に比べれば、子供の病を心配して戦を取りやめた袁紹は

かなり優しい性格を持っていたと言えるのではないでしょうか。

 

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レンの独り言

 

いかがでしたでしょうか。

今回は袁紹の優柔不断ではない以外な性格を紹介しました。

袁紹はよく優柔不断で決断力の無い英雄だと言われていますが、

ここで紹介した袁紹の性格も彼の性格の一面だと言えると思います。

これは袁紹に限らず、三国志の英雄たちすべてに言えることだと思います。

 

そして三国志の曹操や劉備、孫権(そんけん)と袁紹の違いは

性格の悪い面を自主的に抑えることができたのかどうかなのではないでしょうか。

曹操、劉備、孫権などの優れた英雄達は自分の性格の悪い面を

表に出さないように気をつけていた所があります。

 

しかし袁紹はいい部分の性格よりも、

悪い面の性格が多く表に出てしまったせいで

物事がいい方向に進まなかったのではないのでしょうか。

 

参考文献 正史三国志魏書等

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:袁紹の評価は名君?凡君?徹底紹介

関連記事:袁紹と曹操はホントは親友だった!?二人の関係を紹介

 

転職活動に役立つ特集記事 三国志と転職

 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 典韋と弁慶の共通点を探してみたら意外な事実が判明!?
  2. 人中の鬼人呂布のラストウォー下邳の戦いを紹介
  3. ズルい!陳寿と司馬氏が劉備&孫権の皇帝詐称をOKにした…
  4. 姜維の兵法二十四編って孔明から貰った大事な宝物だった?
  5. 【忠誠心はどっちが上】太史慈と趙雲を今夜比べてみた!?
  6. 関羽を倒さなかった黄忠に、よかミカンが異議アリ?
  7. 口は災いの元だと痛感できる廖立(りょうりつ)のエピソード
  8. 孫策、陸遜、顧邵、他 孫策の娘はあの名将達へ嫁いでいた!?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 田畑政治 いだてん
  2. 周瑜、孔明、劉備、曹操 それぞれの列伝・正史三国志
  3. 燃える本能寺

おすすめ記事

  1. コミュニティ機能アップデートのお知らせ(10月20日実施)
  2. 文聘(ぶんぺい)とはどんな人?魏延とも打ち合いをした魏の武将
  3. 面白いのに何故かアクセスが少ない記事まとめ【2016年総集編】
  4. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース8記事【9/12〜9/18】
  5. 【キングダム】李牧を死に追いやる佞臣、郭開(かくかい)とはどんな人?
  6. 読者の声(2018年11月12日〜18日)

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 魏 星座大好きな幼少期の管輅

おすすめ記事

長友佑都の「アモーレ」発言!後漢の時代でも普通に使われていた?後漢にやってきたローマ使節 真田丸 武田信玄 織田信長と武田信玄が戦争になったのは徳川家康のせいだった! 遼来来!よりも呉は彼を恐れていた?呉キラー曹休(そうきゅう) 張良(ちょうりょう)とはどんな人?高祖劉邦の右腕として活躍した天才軍師(2/3) 信陵君(しんりょうくん)はどんな人?生まれ故郷を救うために舞い戻ってきた戦国四君 曹操と夏侯惇 三国志の時代には誘拐が大流行していた?その驚きの理由とは 三国志フェス2015に「はじめての三国志」のおとぼけも主演します! 井伊直弼の評価はどうなっているの?独裁者?英雄?

おすすめ記事

  1. 羌族は何者?何度も反乱を起こし漢王朝のHPを削ったヒャッハー集団
  2. 義兄弟・張苞と関興はどこまでが三国志演義の創作なの?
  3. 劉備が乗っていた的廬がありえないぐらいスゴイ馬だった!?
  4. 三国志の時代のお茶は、全然人気が無かったってホント?
  5. 若き日の曹操の優れた危機察知能力と後漢王朝への忠義心
  6. 【真田丸】高速で関ヶ原の戦いは終わったが、どうして三成と家康が戦うことになったの?『黒田廉の考察』
  7. 【衝撃の事実】日本の戦国時代にも三顧の礼があった!
  8. 袁紹と袁術の仲が悪くなった理由は劉虞が原因か!?【黒田レンの考察】

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“邪馬台国"

“三国志人物事典"

PAGE TOP