ログイン | 無料ユーザー登録


法正特集
三国志の死因


はじめての三国志

menu

三国志の雑学

司馬昭が晋王になれたのは賈充の2つの活躍のおかげ

王基に感謝する司馬昭


はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

反対する賈充

 

()の功臣・賈逵(かき)の息子賈充(かじゅう
)
賈充は父の跡を継いで役職を歴任します。

 

司馬昭と司馬師

 

その後賈充(か じゅう
)
司馬師(しばし)の弟・司馬昭(しばしょう)の側近として仕えることになりますが、彼が居なければ司馬昭晋王(しんおう)に就任することが出来なかったのです。

今回は賈充(かじゅう)の活躍がどうして司馬昭の晋王就任へつながるのかを紹介したいと思います。

 

自称・皇帝
当記事は、
「司馬昭 賈充」
「晋王 理由」
などのワードで検索する人にもオススメ♪

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:司馬昭の死因と大きな決断とは一体何!?

関連記事:賈充と羊祜は孫呉討伐の戦略で激闘してた!?

 


 

賈充の活躍その1:反司馬家勢力の打倒に貢献

司馬師

 

賈充が司馬昭の晋王就任に活躍したその1は、反司馬家勢力の打倒に貢献した事です。司馬昭(しばしょう)が兄・司馬師(しばし)の跡を継いだころ、司馬家に反抗する勢力がいました。

 

諸葛誕

 

反司馬家勢力の中で最大の勢力は諸葛誕(しょかつたん)です。

 

司馬師

 

彼は司馬氏に反抗していた勢力が反乱を起こした際、反乱軍を鎮圧する功績を残し、司馬家の為に活躍していました。

 

夏侯玄

 

しかし諸葛誕は自分と親しかった夏侯玄(かこうげん
)
らが殺害された事で、()で権力を握っていた司馬昭が「自分も殺害するのではないか。」と疑念を抱いていました。

 

諸葛誕

 

司馬昭も諸葛誕(しょかつたん)が自分に疑念を抱いていると考えていました。賈充は司馬昭が諸葛誕に疑念を抱いている事を知り「私が諸葛誕の心情を確かめてきましょう」と提案。司馬昭は賈充の提案を採用し、諸葛誕の元へ派遣します。

 

賈充は諸葛誕と会見すると「司空の位へ昇進させるから、朝廷に来てほしいと司馬昭殿が言っています」と伝えます。すると諸葛誕は「私は司空になるつもりなんてないし、司馬昭の元で仕事をするつもりなんてない!!」と言って司馬昭からの辞令を拒否。

 

諸葛誕を攻める司馬昭

 

諸葛誕は司馬昭からの辞令を拒否した事で、反乱する決意を固め、翌年孫呉(そんご)と同盟を結んで司馬家に反乱を起こすことになります。

 

賈充が司馬昭へ進言しなければ、もしかしたら諸葛誕が急いで反乱を起こすことなく、最大のチャンスが巡ってくるまで機会をうかがっていたかもしれません。そして諸葛誕の反乱が鎮圧された事で、反司馬勢力が打倒されたことを考えると、賈充のおかげで司馬昭の権力が安泰になったと言えるのではないでしょうか。

 


 

賈充の活躍その2:皇帝殺害を行う

反対する賈充

 

賈充の活躍その2としては、皇帝(こうてい)の殺害を行った事です。賈充自ら皇帝を殺害したわけではなく、部下を使って皇帝を殺害したのです。

どのようして賈充は皇帝を殺害したのでしょうか。

 

司馬昭

 

魏の皇帝・曹髦(そうぼう
)
は司馬昭が皇帝をないがしろにして権力をふるっている現状に怒り、司馬昭を討伐するべく反乱を起こします。

 

この時賈充は皇帝の軍勢を退けるため、皇帝の軍勢と戦闘を行いますが、皇帝自ら刃を振り回して戦っていたため、誰も手出しができない状況になってしまいます。そのため賈充の部下は撤退することを考えていました。

 

しかし賈充は配下の武将を呼び「お前たちに給料を与えていたのはこのような時のためだ。すぐに皇帝を討ち取ってこい」と命令を下します。賈充の部下は賈充の命令を受けて、皇帝を殺害するのでした。

 

もしこの時、賈充の激励が無ければ、皇帝は誰からも反撃を受けることなく、司馬昭の屋敷へ行き、司馬昭を殺害することができたかもしれません。上記のように考えれば、賈充は司馬昭の命を助け、司馬家の存続に貢献したといえるでしょう。

 

王基に感謝する司馬昭

 

もっと拡大解釈するのであれば、この時の賈充の活躍が司馬昭を救い、晋王朝建国に貢献。そして三国時代統一の大きな要因の一つになったといえるのではないでしょうか。

 

伝説の企画 朝まで三国志 最強のワルは誰だ

朝まで三国志1


 

晋王へ就任した司馬昭

司馬昭

 

司馬昭は賈充が上記で紹介した活躍により、(しょく)を滅亡させた後、晋王へ就任することになります。彼が晋王(しんおう)へ就任することが出来たのは、賈充一人の活躍だけではありませんが、賈充の活躍が大きな要因の一つとして考えられるのではないでしょうか。


  

 

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

賈充は司馬昭が亡くなった後、司馬炎(しばえん)が跡を継ぐと車騎将軍(しゃきしょうぐん)へ就任し、その後も位がどんどん昇進していきます。

 

司馬炎(はじめての三国志)

 

その後賈充は晋の法律の制定に貢献していき、司馬炎が魏から皇帝の位を譲られ、晋王朝(しんおうちょう)が出来上がると晋王朝の元勲(げんくん
)
として最高位の爵位を送られることになったそうです。賈充は司馬昭を助け、司馬炎の時代も彼を支えた晋王朝の元勲(げんくん
)
にふさわしいと思うのですが、皆様はどのように思いますか。

 

■参考文献 知れば知るほど面白い「その後」の三国志

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:能力か血統か?司馬炎VS賈充VS杜預、三つ巴お家騒動

関連記事:賈充(かじゅう)とはどんな人?司馬氏の地位確立と晋建国の功臣【晋の謀臣列伝】

 

【独立を夢見た早熟の策士・鍾会】
鍾会特集

 

【動画】諸葛一族が蜀と呉で暗躍できた理由

 

はじめての三国志はYoutubeでもわかり易さを重視した解説動画もやっています♪

解説動画が分かりやすかったらGoodボタンを!

気に入ったらチャンネル登録お願いします〜♪

 

はじ三ユーチューバー目指すってよ
はじめての三国志とYoutube

 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 孔明 耳で聞いて覚える三国志 【諸葛亮の心に残る名言】強弩の末、勢い魯縞をも穿つあたわず
  2. 赤兎馬に乗った関羽に出会う周倉 周倉(しゅうそう)と関羽はどんな関係だったの?三国志の上司と部下…
  3. 徐盛(じょせい)呉の将軍 勇気ある武将・徐盛!そのイケメンぶりを徹底解説
  4. 二刀流の劉備 劉備は剣術を使うことができたのか正史・演義から調べてみた
  5. 于禁、曹操、青州兵 史実の于禁はどんな評価されていたの?現代に通じる于禁の話
  6. 愛馬に乗る張遼 張遼ってイケメンだったの?【張遼好き必見】
  7. 貂蝉 中国四大美女のひとり貂蝉
  8. 于禁と兵士 関羽に降伏した于禁は本当に臆病者だったの?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 法正に敗れる夏侯淵
  2. 幕末極悪な尊攘派志士と正義の新選組
  3. 武田信玄と徳川家康
  4. 袁術
  5. 蔣琬(しょうえん)
  6. ボロボロになった馬超
  7. 司馬懿
  8. 李カク、献帝

おすすめ記事

  1. 【岳飛の墓事情】死後における岳飛と秦檜の評価をめぐって 岳飛(南宋の軍人)
  2. 便所のネズミから蔵のネズミに!李斯の華麗なる転身 ネズミで人生を変えた李斯
  3. キングダム600話ネタバレ予想vol2「龐煖には息子がいる?」 キングダム54巻amazon
  4. 鄧芝(とうし)ってどんな人?|敵国孫権に愛された蜀の名使者 本当は蜀と同名を結びたい孫権
  5. 3周年を迎える「はじめての三国志」公式オンラインストアをオープン!
  6. キングダムの秦王・政がドハマリした韓非子(かんぴし)ってなに? 韓非の本を熟読して感銘を受ける嬴政(始皇帝)

三國志雑学

  1. 袁術と孫策
  2. 賈逵(かき)
  3. 結婚を喜ぶ孫策
  4. 農民から苦学して成り上がり尊敬されるカン沢(闞沢)


“ながら三国志音声コンテンツ開始" “はじめての三国志コメント機能" “はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 大久保利通 幕末
  2. 楊貴妃
  3. 羊コ 羊祜 魏と晋
  4. 官渡の戦い 曹操 勝利

おすすめ記事

関羽を討ち取る陸遜 どうして呉は同盟国の蜀・関羽を裏切ったの? 龐統 張飛と龐統の関係性が面白い!アル中がアル中に説教!? 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース17記事【12/18〜12/24】 キングダム53巻 キングダム597話最新ネタバレ「武運を」レビュー 空箱を受け取る荀彧 【荀彧の心に残る名言】誠にその才あれば、弱と雖も必ず強し 順調に将軍まで出世する陳武 淳于瓊(じゅんうけい)はどんな人?実は無能ではなかった袁紹軍の都督 曹操と鶏肋 曹操が呟いた「鶏肋(けいろく)」って何?楊修とばっちり 公孫瓚特集:悔しかったら雨を降らせてみろ・その2

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志

ながら三国志音声コンテンツ
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム はじめての三国志コメント機能
“西遊記"

“三国志人物事典"

“はじめての三国志コメント機能"
PAGE TOP