コメント機能リリース
姜維特集


はじめての三国志

menu

三国志の雑学

司馬炎は武帝・曹操に匹敵するほどの功績を残せなかった?

悩む司馬炎


三国志を統一した司馬炎

 

三国時代を終わらせた晋。晋の初代皇帝は司馬昭(しばしょう)の息子・司馬炎(しばえん)です。

 

曹操

 

彼は晋の初代皇帝として君臨すると色々な政策を実施していきますが、魏の礎を築いた武帝曹操(そうそう)に匹敵するほどの功績を残せたのでしょうか。

 

自称・皇帝
当記事は、
司馬炎 功績」
などのワードで検索する人にもオススメ♪

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:【晋の皇帝 司馬炎の悩み】司馬家の後継者問題

関連記事:司馬懿の孫の司馬炎は何をした人なの?謎の占田法・課田法など解説

 


 

晋の政策とは?

司馬炎(はじめての三国志)

 

司馬昭の跡を継いだ司馬炎。彼はその後魏の皇帝から皇帝の位を禅譲され、晋と呼ばれる国を建国し、晋の初代皇帝として君臨。晋の初代皇帝となった司馬炎は揚州一帯を統治していた三国時代最後の国・呉を滅亡させて中華統一を実現させます。

 

中華統一をした司馬炎はどのような政策をたて、中華を統治していったのでしょうか。司馬炎は三つの政策を軸にして中華を統治していきます。

 

その三つの政策の一つ目は封建です。封建とは二種類に分かれ、一つ目は司馬家に名を連ねる一族を各地の王へと任命して、国政に参与させます。このようにすることで魏が滅亡した原因の一つ「皇族の弱体化」を防ぐ政策になっています。

 

二つ目の政策は「占田・課田制」をしていきます。そして三つ目は貴族の学校を作った事です。晋は儒教を国策としているため、官吏たちにも儒教をしっかりと理解してもらうのが必須となってきます。

 

そのため貴族達に儒教をしっかりと理解して、政治に参加してもらうための政策となっています。晋の皇帝・司馬炎が国家を統治するための政策として行った大きな事業はこのようになっています。

 


 

魏の武帝の事業とは?

死期を悟る曹操

 

司馬炎は死後「武帝」と呼ばれることになります。この「武帝」の称号は魏の基を作った曹操にも用いられています。ここでは曹操が残した政策を紹介していきましょう。

 

曹操が残した政策は色々とありますが、まず一つ目に紹介するのは「求賢令」です。「求賢令」とは「過去(殺人を犯したり、兄嫁と密通したり、賄賂を受け取っていたりなど)や家柄を一切考慮しないで、才能だけがあればいい」と言う布告。

 

三国志 居酒屋

 

この布告により多くの有能な人材が曹操の元を訪れることになります。また曹操は各地に駐屯している兵士達へ田畑を耕す農業政策をしています。他にも曹操は孫子に注訳を付けた「魏武註孫子」を執筆したり、郭芝から酒の酒造法「九醞春酒法」を習っていました。

 

晋蜀の産まれ 陳寿

 

このように曹操は国内の政治だけでなく、人材登用の画期的な政策を進めなど多岐にわたって実績を残しています。正史三国志の著者・陳寿は曹操を「時代を超えた英雄」と高評価を与えています。


 

司馬炎の政策実績は曹操に匹敵した!?

悩む司馬炎

 

ここまで晋の司馬炎の政策と曹操の政策を紹介しました。司馬炎は曹操に匹敵するほどの政策実績を残せたとは思いません。曹操が行った政策は魏の国の礎となり、その後数十年もの間、魏の国家を安定させることに成功。

 

しかし司馬炎が行った政策は晋の帝国を安定へと導びけず、司馬炎が亡くなってから数十年後に晋の帝国も内乱によって滅亡してしまいます。このことを考慮すれば、司馬炎の政策は曹操が行った政策に匹敵できなかったと思います。


  

 

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

司馬炎が行った政策は魏の国家の滅亡原因を省みた政策をしていました。

 

そして司馬炎の政策に大きな失策は無かったと思います。ではどうして晋が建国数十年で滅亡してしまったのか。その原因は司馬炎が天下統一後、政治に興味を失くしてしまった事と司馬炎の跡を継いだ司馬衷がポンコツでどうしようもない人物だった事。

 

そして司馬炎の奥さん賈南風が政権を握って政治を乱してしまった事などが挙げられます。そのためもし司馬炎が呉を滅亡させた後もしっかりと国の礎を築くような政策を取り行っていけば、晋の国がもう少し長く王朝を存続できたのかなと思います。

 

■参考文献 正史三国志魏書など

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:司馬炎の息子は一体何人いたの??

関連記事:能力か血統か?司馬炎VS賈充VS杜預、三つ巴お家騒動

 

【お金で見てみる三国志の舞台裏】
三国志とお金の話

 

 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 合体!曹&袁コンビ!董卓軍をフルボッコに撃破する方法!!
  2. 怪しい巫女のい占いを信じる黄皓 黄皓(こうこう)は本当に悪い宦官だったの?実はあのキャラのモデル…
  3. 張角は歴史の表舞台に登場 黄巾の乱を起こした張本人・張角の素顔に迫る!
  4. 呂布 【三国志の素朴な疑問】呂布は何歳だったの?
  5. 孔明 【諸葛亮のノアの方舟計画】長坂での別行動は劉備軍温存?
  6. 戦え于禁 于禁はチキン?その評価の妥当性について考えてみた
  7. 木牛流馬 諸葛亮が発明した運送器具「木牛」と「流馬」の目的とは?
  8. 笑う曹操 実は笑い上戸のちっこいオッサン? 『曹瞞伝』に見る曹操像

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 王翦
  2. 曹丕
  3. 張遼・楽進・李典
  4. 邪馬台国VS狗奴国
  5. はじめての三国志
  6. 関帝廟 関羽

おすすめ記事

  1. 織田信長は南蛮貿易からいろんなものを仕入れていた!? 火縄銃を気に入る織田信長
  2. 邪馬台国が魏と外交出来たのは司馬懿のおかげ? 司馬懿仲達
  3. 【PR】地理で読み解く三国志 三国夢幻演義バナー 龍の少年
  4. 呂不韋の成功哲学!自ら立てた計画とは? 呂不韋
  5. 【はじめてのセンゴク】織田家に反旗を翻した荒木村重・別所長治の最後
  6. 岳飛の時代に『水滸伝』の豪傑が存命していた!? 宋江、史進、李逵、魯智深、林冲、武松、楊志(水滸伝)

三國志雑学

  1. 沙摩柯
  2. 蜀の姜維
  3. 楽進


“はじめての三国志コメント機能" “はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 劉備 髀肉の嘆 ゆるキャラ
  2. 呉蜀赤壁の戦い
  3. 裏切りそうな悪い顔をしている明智光秀
  4. 騎射の術に長けた騎馬兵士
  5. 韓信将軍
  6. 斉王になる司馬攸

おすすめ記事

魯粛、孫権、張昭 【劉孫同盟誕生秘話】孫呉の内部は新劉備派と反劉備派に割れていた 徐福 日中交渉は卑弥呼と魏だけではない!? 『うしおととら』の獣の槍の元ネタは孫子の時代にあった?古代中国の名剣・干将と莫邪 キングダム45 ええっ?蒙驁(もうごう)将軍は史実では秦の六大将軍に並ぶ超名将だった 【遊侠列伝】さすが親分!!遊侠人のリーダー郭解が人に慕われた理由ってなに? 周瑜、陸遜 周瑜の遺言が名文すぎて泣ける周瑜爆ageキャンペーン 鍾会 鍾会(しょうかい)ってどんな人?蜀を滅ぼして独立を目指した男 眠る董卓 なぜか気になる夢占い!曹操も劉備も初夢を占った?古代中国の夢占いと衰退した理由

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム はじめての三国志コメント機能
“邪馬台国"

“三国志人物事典"

“はじめての三国志PR募集陸遜"
PAGE TOP