織田信長の逸話やエピソードのウソ・ホント15連発!


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信長公記_織田信長_書類

 

日本の歴史上、最も有名な人物の1人である織田信長(おだのぶなが)。その信長にはたくさんの逸話やエピソードがあります。今回は、それらの真偽を検証していきたいと思います。基本的に、歴史学上重要な1次史料を元に行っています。が、それでも「歴史は昔のことでよく分かっていない」というスタンスで軽く読んでいただければと思います。


織田信長の逸話:うつけだった

父の墓に抹香を投げつける織田信長

 

たぶんホント。

「異様な見た目の服装で街を歩き、栗や柿、瓜を食べながら歩いた」と『信長公記(しんちょうこうき
)
』にあります

 

武家の嫡男がこうであった、という貶めるような記録は、かなり珍しいことです。普通は、「武芸に優れ、読み書きも○才にはすでにできた」というような、生まれ持って天才だとするものが多いのです。わざわざそれを記録に残すのは、本当であったからと考えられるでしょう。


織田信長の逸話:男色だった

前田利家の武勇を賞賛する信長

 

1次史料にはありません。なのでウソ?

とも言い切れないのがこの説。当時の悪ガキは遊びでよく行っておりました。また、前田利家(まえだ としいえ
)
森蘭丸(もりらんまる)といったイケメンのお供を連れていたことから噂された、ということもあるのでしょう。


織田信長の逸話:イケメンだった

宣教師 ルイスフロイス

 

これはたぶんホントです。宣教師が描いた肖像画が残っています(教科書に載っているような日本画とは全然ちがうやつ)。これを信じるならば、現代にも通じるような無骨な感じの男前です。

 

現代の俳優で言えば小澤征悦(おざわ ゆきよし
)
似かな?

(すみません。もっと他にいそうです)

 

まあ、これでも当時としては柔らかい印象なのかもしれません。信長は、「中くらいの背丈で、華奢な体躯だった」という記録があります(ルイス・フロイス「日本史」より)。ですので、やや優男という印象だったのかもしれません。


織田信長のエピソード:戦が好きだった

火縄銃を気に入る織田信長

 

ホントです。先ほども出てきたルイス・フロイスというキリスト教の宣教師の記録(日本史)に「極度に戦を好み」とあります。また、軍隊に関しても、それまで誰も行っていなかった部隊を作るなど、画期的なことを行っています。

 

天下布武(てんかふぶ)」というスローガン通り、「武力」を重要視していたことは間違いないでしょう。で、ここからしばらく、この「日本史」というものに沿って話を進めます。

【次のページに続きます】

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