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竹林の七賢の正体![実は反・司馬懿の政治結社だった?]

2024年9月30日


 

お酒に酔っ払ったり麻薬に酔っ払ったりしながら、役にも立たない老荘思想(ろうそうしそう)のわけわかんない話ばっかりして仕事もすぐやめちゃったりするしょうもないオッサン七人組。竹林七賢(ちくりんしちけん)といえば、そんなイメージですよね?

 

ストイックすぎる仁徳者・顔回(文官)

 

しかし、彼らは酔いたくて酔っていたわけじゃないのです。そこには涙なくして語れない、やむにやまれぬ事情が!

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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竹林七賢(ちくりんしちけん)のメンバー

 

よかミカンの偏見に満ちたメンバー紹介。合格者は5名、失格者は2名です。合格と失格の違いを見つけてね!ヒント:竹林七賢は司馬懿(しばい)曹爽(そうそう)と仲悪くなり始めた頃から活動を開始したよ!

 

【合格者】

1.嵆康(けいこう)

メンバーのリーダー格。曹操(そうそう)のひ孫を妻とする。鍾会(しょうかい)が嵆康の悪口を司馬昭(しばしょう)に吹き込み、役立たず&高慢の罪状により死刑にされる。

 

2.阮籍(げんせき)

メンバーのリーダー格。司馬懿(しばい)や曹丕(そうひ)と仲良しな蒋済(しょうさい)からお仕事のオファーがあった時に断ろうとしたり、引き受けても病気といってすぐやめたりした。儒者(じゅしゃ)を見るとホラー映画「リング」の貞子(さだこ)みたいな目つきで露骨に嫌な顔をしたことで有名(「白眼視(はくがんし)」という言葉の語源)。

 

3、阮咸(げんかん)

阮籍の甥っ子

 

4、劉伶(りゅうれい)

お酒大好き、お酒のことしか考えてません、というポーズで乱世を乗り切った人

 

5、王戎(おうじゅう)

老荘の道を究めようとしていたけど竹林七賢の仲間がつぎつぎと処刑されたのでビビッてドケチ道に転換して、お金大好き、お金のことしか考えてません、というポーズで乱世を乗り切った人。

 

【失格者】

6、向秀(しょうしゅう)

嵆康たちがブラブラしてるのに向秀はガリ勉してたから嵆康たちにバカにされた。嵆康たちが役立たず&高慢の罪状により処刑されるとビビッて就職した。司馬昭に「君には隠者の志があると聞いていたが、なぜここにいるのかな?」とからかわれ、「隠者は気難しいだけで聖王の心に及びません。敬慕するに足りましょうか」と答えた。こりゃ竹林七賢の自己否定ですな。

 

7、山濤(さんとう)

司馬懿の妻・張春華(ちょうしゅんか)の甥っ子。司馬氏の派閥に属しており、嵆康を朝廷に推薦したら「與山巨源絶交書」(山巨源(さんきょげん)に与える絶交書)を突き付けられた。リーダーに絶交されるレベルの失格者。

 

 

竹林七賢の資格とは?

 

合格者と失格者の違い。それは、政治から徹底的に逃げたかどうかです。その政治というのは、司馬懿が曹爽と仲悪くなって、司馬氏の派閥が曹氏の派閥を一人また一人と抹殺していった時期の政治です。つまり、竹林七賢は反・司馬懿派の政治結社なのです。表向きは老荘思想の研究サークルという体裁をとっていたので、司馬懿と仲良しの山濤も老荘思想つながりで一応仲間に入れてもらっていたけれど、政治の話を持ち出したとたんにリーダーに絶交されております。

 

 

なんで老荘思想(ろうそうしそう)なの?

司馬懿

 

司馬懿をやっつけるんなら、普通に「悪徳独裁者の一党支配にNO!

 

司馬氏の手から自由を取り戻そう!」って叫んでいればよさそうなもんなのに、どうして老荘思想なのか。そもそも、竹林七賢の老荘思想というのは、曹操(そうそう)が猫っかわいがりしていた何晏(かあん)という人(ナルシストで有名)が始めた老荘思想研究「玄学」がルーツです。

 

何晏と曹操

 

何晏は曹操に我が子同然にかわいがられていたもので、曹操の長男の曹丕(そうひ)とめっちゃ仲悪かったんですね。その曹丕は司馬懿と仲良しで、司馬懿は儒者だったもので、それと対立する何晏は儒者に対立する老荘思想を標榜したわけです。三国時代の儒者と老荘の争いというのは、哲学論争じゃありません。政治の争いなのです。

 

 

 

三国志ライター よかミカンの独り言

三国志ライター よかミカンさん

 

さて、この政治争い、結局は司馬氏一党の勝利、竹林七賢は息を潜めて世をやりすごすこととなります。阮籍の有名な詠懐詩(えいかいし)其(その)三十三にある次の詩句も、彼らの生きた時代に思いを致しながら読むと、ひとしお沁みますぜ……。

 

   終身(しゅうしん)薄冰(はくひょう)を履(ふ)む

誰か知らん我が心の焦(こが)るるを

 

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よかミカン

三国志好きが高じて会社を辞めて中国に留学したことのある夢見がちな成人です。 個人のサイトで三国志のおバカ小説を書いております。 三国志小説『ショッケンひにほゆ』 【劉備も関羽も張飛も出てこない! 三国志 蜀の北伐最前線おバカ日記】 何か一言: 皆様にたくさん三国志を読んで頂きたいという思いから わざとうさんくさい記事ばかりを書いています。 妄想は妄想、偏見は偏見、とはっきり分かるように書くことが私の良心です。 読んで下さった方が こんなわけないだろうと思ってつい三国志を読み返してしまうような記事を書きたいです!

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