蒋済(しょうさい)とはどんな人?曹魏四代に仕えた宿老の生涯


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張遼・楽進・李典

 

私の中で魏・呉・蜀の人材は3つに分けられているのだと考えています。まず野戦攻防を得意とする関羽・張遼・甘寧ら将軍に分類される人達。

 

陸遜

 

もう一つは時には軍勢を率いて戦うこともあるけれど、主に国政を担当する諸葛孔明や司馬仲達、陸遜などの文官といわれる人達。

 

郭嘉

 

そして最後の一つ謀略を思って軍勢の進退などを提案する郭嘉(かくか)程昱(ていいく)らが活躍したぼ軍略家といわれる参謀団です。ついでにこの参謀団は魏にしかない特殊な地位です。そして今回ご紹介するのは二番目に当てはまる文官と言われる人達です。魏の文官として有名な人物といえば誰が思い浮かぶのでしょうか。司馬仲達が一番最初に浮かんでくる方が多いと思います。ですが今回は司馬仲達を紹介するのではなく知られざる文官シリーズの第一弾として、蒋済(しょうせい、または しょうさい)をご紹介してきたいと思います。


第一回合肥攻防戦で活躍

荀況

 

蒋済は曹操に仕えると揚州刺史の別駕(べつが)として、合肥に赴任して内政を担当することになりますが試練が彼に訪れます。赤壁の戦いで曹操軍に勝利を収めた孫権は、曹操軍の領地である合肥へ大軍を率いて攻撃を仕掛けてきます。

 

曹操と魏軍と呉軍

 

曹操軍は赤壁で敗北してしまったため合肥へ援軍を遅れる状況にありませんでした。しかし合肥が陥落することによって青州や徐州が危機的状況に陥ることになる可能性があるため、曹操は一応の援軍として千騎ばかりを蒋済に与えて合肥へ急行させます。蒋済はこのまま合肥へ向かっても孫権軍に蹴散らされるのがオチだと分かっていたため、彼は一計を用いることにします。彼は3騎伝令隊を用意して「合肥に篭っている揚州刺史である温恢(おんかい)殿に、曹操軍が歩兵・騎兵合わせて数万の援軍が近づいてきていると知らせてくれ」と命令して、伝令を放ちます。この伝令隊の内1騎は合肥に篭る揚州刺史である温恢の下へ到着することができましたが、残りの2騎は孫権軍に捕まってしまいます。孫権はこの捕まえた伝令から曹操軍が数万の兵力を率いて接近中であることを知り、大いに驚いてすぐに合肥から撤退することになります。蒋済の機転によって合肥は孫権に奪われずに済むことになります。


家臣に部下の賞罰権を与えるべきではない

撃剣を使う曹丕

 

蒋済は曹丕が皇帝の位に就任すると今までの功績が認められて、側近として迎え入れられます。この当時曹丕はお気に入りの家臣であった夏侯尚(かこうしょう)に、部下を賞罰する権限を与える詔を送ります。夏侯尚は蒋済に曹丕からもらった詔を見せて「私は陛下からこのような物をもらったのだが、どのように対処すればいいのか。」とアドバイスるしてくれるようにお願いされます。すると彼は「君はこの権限を使わずにいたほうが良い」と述べます。その後曹丕から招かれて色々と質問されて時に彼は「陛下。賞罰を部下に与えることが出来るのは皇帝陛下であるあなた様の特権であると考えます。その為賞罰権を部下に与えて行使させるのはいかがなものかと考えます。」と曹丕に進言。曹丕は蒋済の進言を聞くと急いで夏侯尚に与えた詔を取り消します。

 

見事に撤退を演じる

曹丕

 

曹丕は一度臣従を誓ったはずであった孫権がこちらの要求を全く無視したことに対して激怒。彼は孫権討伐軍を編成して呉へ攻撃を仕掛けるために出陣し、三方面から呉へ同時に侵攻させる作戦を展開します。蒋済もこの作戦に参陣することになり、曹仁の軍勢に参加することになります。しかし歴戦の武将である曹仁は戦をあまりしらない蒋済の進言を無視して、孫権軍に攻撃を仕掛けて敗北してしまい、この敗北が原因で曹仁は亡くなってしまいます。そして曹仁の兵を蒋済が引き継ぐことになり、敵陣から見事に撤退を演じきって曹丕から賞されることになります。


二代目皇帝である曹叡に期待をかけられる

曹叡

 

曹丕はこの戦の後も幾度か孫権討伐軍を率いて出陣することになるのですが、すべて失敗に終わってしまいます。三度目の孫権討伐が失敗に終わると彼は病に罹って亡くなってしまいます。そして曹魏の二代目皇帝として擁立されたのは曹叡(そうえい)です。彼が皇帝の位に就任すると蒋済(しょうさい)へ侯の位を与えて、今までの働きを労うと共に「今後とも仕事に励め」と声をかけます。こうして曹叡からもその能力に期待をかけられることになります。

 

  

曹休の危機を進言

曹休

 

曹休は呉の周魴(しゅうほう)から内応したいとの知らせが届きます。彼はこの知らせを聞いてあまり信用することをしませんでしたが、七通もの書状が届けられると曹休も彼を信用するようになり、内応場所である皖口(かんこう)へ向けて進軍します。蒋済は曹休が皖口へ向けて出陣したとの知らせを聞くと曹叡に

 

「陛下。曹休様が危険な状況に陥っております」と進言。

しかし曹叡は「曹休がなぜ危機的状況に陥っているのだ」と訪ねます。すると彼は「今曹休様が退路を絶たれてしまえば袋の鼠状態となってしまい、四方八方から呉軍の攻撃を受けて壊滅してしまうでしょう。

 

その為すぐに退路を立たれないようにするために援軍を送るべきだと思います。」と提案します。曹叡は蒋済の提案を聞いてすぐに曹休を救援する軍勢を派遣します。曹休は皖口に到着しますが内奥を約束したはずの周魴はやってきませんでした。代わりにやってきたのは呉軍の大軍で四方八方から攻撃を受けて、曹休軍は全滅寸前に追いやれられます。しかし蒋済の進言を受けてやってきた曹休救援軍が到着したことによって、命からがら退却することに成功しますが、彼はこの敗北に責任を感じてしまったことが原因で、病を発病して亡くなってしまいます。

 

曹叡の側近達や大臣が権力を握る危機感を進言

曹叡 美女

 

蒋済はこうして曹休の危機を救うことに成功し、禁軍(近衛兵)を率いる職に任命されます。蒋済が禁軍の兵士を率いる職任命された当時、曹叡の側近達が権力を握り始めておりました。彼は曹叡の側近達が本格的に権力を握って朝廷を欲しいままに動かされる前に、手を打とうと考えて曹叡に直訴しにいきます。蒋済は曹叡と会見すると早速

 

「昔から大臣が強大な権力を有することになると国は乗っ取られてしまいます。また王や皇帝の側近達が権力を握ることになると政治が乱れてしまいます。現在中書の任を受けている二人が皇帝に成り代わって権力を握っていると群臣たちの間で、取り沙汰されております。このままでは不正を行う者たちが幅を利かせる時代となってしまいます。陛下におかれましてはそうなる前にこのような状況を打破するために、知略と決断力を持っている臣下を活用して防ぐべきであると考えます」と進言します。

 

曹叡はこの進言を聞いて大いに納得し、「君は軍略と政治に優れた能力を有しており、魏にとって大事が起きたらすぐに忠言呈してくれる素晴らしい臣下である」と褒めちぎり、彼の官職を昇進させます。

 

曹叡の進言に隠されたもうひとつの意味

司馬懿

 

曹叡に中書らが権力を握っていることに対して、なんとかしたほうがいいと進言を行った蒋済。しかし彼が進言を行ったこの内容には隠れたもう一つの意味がありました。その内容は大臣として曹丕から跡を託されていた司馬懿と陳羣(ちんぐん)の二人に、大きな権力を与えてはならないと言う戒めがありました。彼らに大きな権力を与えてしまえば魏の国は危機的状況に追い込まれてしまうから、気をつけてくださいと言う意味も篭っておりました。曹叡はこの意味に気づいたのかどうかはわかりませんが、劉曄(りゅうよう)が曹叡と語り合った時に

 

「二代目の皇帝は英邁で漢の武帝に似ているところがある」と評しておりましたので、蒋済の隠れた意味に気づかないとは思われませんが・・・。実際のところは記録に残っていないため詳しいことは分からずじまいです。

 

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暴走し始めた皇帝

曹叡

 

曹叡(そうえい)は蜀の丞相である諸葛孔明が亡くなる前あたりから少しずつ変わっていきます。変化する前の曹叡は優れた決断力をもって魏に攻撃を仕掛けてくる呉や蜀軍に対して、適切な判断を下しており政治面に対しても国力を疲弊するような事をしませんでした。しかし孔明がなくなり蜀からの攻撃が止み始めた頃の彼は、土木事業を頻繁に行い新たに宮殿を増設し始めたり、遼東半島に長年割拠している公孫氏討伐のために兵を繰り出しておりました。こうした結果民心は不安定になり、国力の低下を招いてしまいます。この事を知った蒋済は曹叡に再び意見を言うために彼に会見を申し入れます。

 

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曹叡を戒めの意見を呈する

荀況

 

蒋済は曹叡との会見が許可されると宮殿に向かいます。そして曹叡にお目見えして時候の挨拶を済ませると彼は「大きな事業を行う君主は昔から自国の国力をしっかりと調査した後に行っておりました。天下統一を目指すのであれば呉と蜀を先に討伐すべきであり、遼東半島に割拠している公孫氏は両国を討伐した後に行えばいいのです。また出陣する際には民衆達に迷惑がかからないようにするため、農業の刈り入れ時が終わった頃に出兵するのがいいでしょう。そして宮殿を無用に増設したり新築することは、国の力を失わせるものであるのでやめた方がいいでしょう。」と諫言を呈します。曹叡はこの諫言を聞いて彼に対して怒る素振りを全く見せずに聞き入れ、「君がいなければこのような意見を聞くことができなかった。」と伝えた後、宮殿造営を抑えることにします。

 

国の軍事権の最高責任者となる

合肥むかつく04 満寵

 

蒋済は曹叡がなくなり魏の三代目皇帝である曹芳(そうほう)が、新たな皇帝として擁立されることになります。彼は魏の軍事の最高責任者であり、孫権キラーとしてその名を天下に轟かせていた満寵(まんちょう)の跡を継いで、大尉(たいい)の位に就任。こうして魏の軍事における最高責任者に就任することになります。

 

司馬懿に味方してクーデターを成功させる

司馬懿と公孫淵

 

曹叡は亡くなる前に司馬懿と曹爽(そうそう)に幼い皇帝である曹芳を頼むと託して亡くなります。その後魏の三代目皇帝として擁立された曹芳を司馬懿と曹爽が協力して支えておりました。しかし初めのうちは協力して曹芳を支えていた二人でしたが、次第にいがみ合うようになり魏の政権内で争いが起こってしまいます。そして司馬懿は曹爽一派が首都洛陽を出て墓参りに行ったことを知ると、洛陽中の城門を閉じて彼らが帰ってこられないようにします。蒋済はこの時司馬懿からお願いされて曹爽の下へ使者として出向くと彼に「今司馬懿に降伏すれば位を剥奪されるだけで済み、殺されることはないから早く降伏しなさい」と伝えます。曹爽は蒋済の言葉を聞き入れて司馬懿に降伏することになるのです。こうして魏の政権を二つに割った私的な争いは幕を閉じることになります。

 

曹爽を騙してしまった罪を感じてしまい・・・

 

蒋済は曹爽が彼の言葉を信じて降伏してきます。しかし司馬懿は蒋済が曹爽に伝えた「官職は無くなるが、命まで奪われることはない」との言葉を翻して曹爽の一味を殺害してしまいます。蒋済は自らの言葉を信じて降伏した曹爽に対して嘘をついてしまったことに対して、罪を感じてしまいます。このことがきっかけで彼は病に倒れてなくなってしまうのです。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

知られざる文官シリーズの記念すべき第一弾として蒋済をご紹介しました。彼は軍事よりも政治に対して優れていたのではないかと私は考えておりますが、合肥での機略によって孫権軍を退けた功績や石亭での曹休の敗北を予想などによって軍事にも優れた能力を見せます。しかし最後は司馬懿に騙された格好で曹爽一派粛清の手助けをしてしまいます。この結果彼はなくなってしまうのですが、蒋済のような優れた人材をも騙す司馬懿の悪辣さを表す一面を垣間見えます。

 

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