今回、水滸伝の好漢たちの中からご紹介するのは急先鋒、索超です。この索超という男、一百八星の中でもトップの暴れん坊……というと語弊が出ますね、何せ荒くれ集団、索超だけでなく多種多様な暴れん坊たちが取り揃えられているのが梁山泊なのですから。
では暴れん坊の中でも索超とは「どんな暴れん坊」なのか?索超という登場人物を紹介していきながら、彼の暴れん坊としての魅力をたっぷりと知って頂きましょう。
この記事の目次
- 登場シーン:楊志との手に汗握る御前試合
- 大名府の誇りをかけた一騎打ち
- 梁中書の前で披露された、楊志との「五十合余り」の互角の戦い。
- 槍や刀ではなく、大斧を振り回す豪快な戦闘スタイル。
- 索超の得物「金蘸斧(きんさんふ)」の威力
- 梁山泊との戦いと入山の経緯
- 守護神としての奮闘: 北京大名府を攻める梁山泊軍を迎え撃つ。
- 【水滸伝の名シーン】罠に落ちた急先鋒
- 雪の夜、穴に落ちて捕虜となる(猪突猛進ゆえの弱点)。
- 「義」に殉じる決意: 宋江の厚遇に打たれ、かつての敵と手を組むまで。
- 梁山泊の切り込み隊長: 常に最前線で敵を蹴散らす役割。
- 強さの比較: 林冲や秦明といった「五虎将」に次ぐ実力者としての立ち位置。
- 悲劇の最期:方臘(ほうろう)の乱での壮絶な戦死
- 杭州の戦いでの死闘
- 敵将・石宝(せきほう)との戦い。
- 油断が招いた最期: 追撃中に流星鎚(りゅうせいつい)を受けて倒れる。
- 「急先鋒」の名にふさわしい、前のめりな生き様。
- 三国志ライター センのひとりごと
登場シーン:楊志との手に汗握る御前試合
まず索超の記念すべき登場シーン、それは同じく一百八星が一人、「青面獣」の楊志との対戦という水滸伝の中でも(個人的に)屈指の盛り上がりシーンです。何せ楊志と言えばこの前に同じく一百八星の林冲とも手に汗握る試合をしたばかり、そこで次に出てきたのが策超なのですから、これは一体結果はどうなってしまうのかとドキドキとワクワクが止まらない!結果だけ言うとこちらも引き分けとなりますが、いかな御前試合であったのか、じっくりと見ていきたいと思います。
大名府の誇りをかけた一騎打ち
さて索超、元は北京大名府長官、梁中書の下で軍の隊長を務めていました。そんな梁中書が突然連れてきたのが楊志です。元々楊志は罪人として梁中書の下で働くようになったのですが、梁中書はそんな楊志をいたく気に入ってしまい、軍の副隊長に取り立てるために皆の前でその強さを示してやろうという思いがありました。
さてさて、そんなこんなで大勢の前で副隊長であった周謹と楊志が御前試合をすると、槍を持たせても弓を持たせても楊志が圧勝、梁中書は周謹の代わりに楊志を軍の副隊長にしようと言うのです。これに怒ったのが隊長であった索超でした。これでは軍の名誉に傷がつく、次は某がお相手仕る、こうして二人の一騎打ちが始まります。
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梁中書の前で披露された、楊志との「五十合余り」の互角の戦い。
轟く太鼓の音の中、馬に乗って二人の豪傑が対峙しました。試合が始まるやいなや、得意武器の大斧を振り回して攻めかかる索超。対する楊志もさるもので、こちらも槍を振り回して応戦する。互いに馬を走らせて五十合余り、打ち合い交わすも勝負はつかず。
皆がその戦いに声も出せずに見守る中、ハッと我に返ったのは梁中書。豪傑二人、どちらにも怪我があってはならないと銅鑼を鳴らして勝負が中断されます。なお、それでも二人は戦いを止めなかったため、審判が半ば命がけで二人の間に飛び込んで試合を止める羽目になるのですが……結果として、索超も楊志も提轄の職を与えられることになってこの戦いは幕を閉じるのでした。
槍や刀ではなく、大斧を振り回す豪快な戦闘スタイル。
少し触れましたが、索超の獲物は大斧です。古代中国では斧は殷の時代からあり、主に歩兵の武器として使用されてきました。戦車での戦いが発達したことにより一時的に姿を消すものの、重装騎兵との戦いのために威力の高い打ち物武器が求められ、南宋の時代になってから大斧は戦場に復活を遂げたとされています。
とはいえ梁山泊では斧を使うのは少数、馬上で豪快に振り回す戦闘スタイルは、ある意味、索超の得意スタイルと言っても良いのではないでしょうか。
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索超の得物「金蘸斧(きんさんふ)」の威力
その索超の扱う得物ですが。名前が付けられており「金蘸斧(きんさんふ)」という大斧です。この大斧の名前は金色の装飾で彩られており、豪快な中に華やかさもある一品。大斧とは言いますがこれは柄の長い戦斧のようなものであったのではないでしょうか。イメージとしてはこの金蘸斧を肩に担って馬に跨り、勢い良く敵に迫り、一線の元になぎ倒す……豪快でパワフル、そんな武将のイメージが策超にはありますね!
梁山泊との戦いと入山の経緯
少々索超の得物にばかり興が乗ってしまいましたが、この索超がどうやって梁山泊入りすることになってしまったかについて語っていきましょう。前述したように、索超は北京大名府長官、梁中書の下で軍の隊長として務めていました。言ってしまうと梁山泊とは相いれない敵同士の筈。
しかしそこは水滸伝、そもそも敵対していたけれど何だかんだで梁山泊、というのが一つのお約束。索超も例にもれず、北京攻め寄せてきた梁山泊と相対したことで仲間入りすることになるのです。
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守護神としての奮闘: 北京大名府を攻める梁山泊軍を迎え撃つ。
楊志との一騎打ちから数年、盧俊義と石秀が捕らえたことにより、北京大名府に梁山泊が攻め寄せてきました。これを索超は迎え撃つことになります。
しかし戦いが始まってからどうにも索超の武芸は振るわないまま。初戦での敗北、秦明との打ち合いも決着がつかずに横入があってからの負傷で前線から退く結果となってしまい、奮戦はするも相手が悪かったのか華々しい戦果は挙げられず。それでも尚、己の任務を全うすべくまずは怪我からの復帰に全力を尽くす索超ですが、ある寒い日、運命の日が動き始めます。
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【水滸伝の名シーン】罠に落ちた急先鋒
冬の最中、索超は出撃します。しかし、敵である梁山泊の先鋒はなんと元は梁山泊討伐軍の指揮官であった関勝ではありませんか。敵に寝返ったのかと打ち掛かり、これに北京軍からは李成が、梁山泊軍からは宣贊と郝思文が飛び出して加勢しあい、乱戦となります。
状況は梁山泊に傾き、索超たちは一旦城内に引き上げますが、翌日になると寒さからか雪が降り始めました。更に一晩経つと、降り積もった雪はかなりの高さとなっていました。この状況に不慣れなのか、梁山泊軍に動揺が見られることを見抜いた索超、打って出ることを決意。しかしこれこそが、急先鋒を落とすための罠だったのです。
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雪の夜、穴に落ちて捕虜となる(猪突猛進ゆえの弱点)。
素早く迫ってきた索超たちに梁山泊は驚き逃げ惑う、そんな中で、索超はある一団に狙いを定めて追いかけます。索超たちに懸命に応戦しながら逃げ延びようとするその姿は、梁山泊第二十六位李俊、あだ名は混江龍。その意味する所は長江を掻き回す龍、その李俊は迫る索超たちと逆方向に大きな声で叫びました。
「宋江殿!早く逃げるんだ!」
ここで急先鋒、総大将を見つけたとばかりに狙いを定めて追いかける。ですが進んだ先にあったのは大きな落とし穴、全ては索超を捉えるための罠だったのです。こうして索超は伏せられていた兵たちに捕らえられてしまったのでした。
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「義」に殉じる決意: 宋江の厚遇に打たれ、かつての敵と手を組むまで。
一体どのような扱いをされるのかと思っていた索超でしたが、すぐに宋江の前に連れていかれました。宋江は索超を見るやいなやその縄を自ら解くと、如何に今の朝廷の役人たちが腐敗しているのか、その捻じ曲げられた道理は誰によって正すべきなのか、それらを説いて索超を梁山泊に招き入れました。
この宋江の言葉に、そして尽くしてくれた対応に、索超は感動。確かにその通りと心は動かされ、梁山泊に入ることにしたのでしたとさ。……割とちょろいとか言ってはいけません、基本的に宋江が誘い入れれば大体が梁山泊に入ってしまうのが水滸伝とも言われますからね。
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梁山泊の切り込み隊長: 常に最前線で敵を蹴散らす役割。
さて、梁山泊入りをした索超、序列は梁山泊第十九位となります。そして梁山泊の八驃騎兼先鋒使を務め、朝廷軍と戦っていくことになるのですが、その働きっぷりは急先鋒の名前が表された通り。特にその後の朝廷軍との戦いでは大将として一隊を率い、真っ先に朝廷軍へ攻め込んで敵を蹴散らして敵将、王義を討ち取っています。正に切り込み隊長、という呼び名がぴったりの存在ですね!
強さの比較: 林冲や秦明といった「五虎将」に次ぐ実力者としての立ち位置。
そしてこうなってくると他の梁山泊と強さを比較してみたくなりますが、立ち位置として考えるならば林冲ら五虎将に次ぐ存在といるでしょうか。しかしそれはあくまで席次などを加味しての話、そもそも途中で中断されたとはいえ楊志と打ち合える力量を持っており、その楊志は林冲や魯智深らと引き分ける実力の豪傑。
ならば直接的な対決はしていないものの、索超の実力もまた、彼らに並ぶものと言えるのではないでしょうか。因みに楊志と共に呉用先生の計略を用いて朝廷軍と戦うシーンもありますので、ぜひ楊志と索超が肩を並べ戦っている姿を見たい人はぜひ水滸伝本編を見ましょう!
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悲劇の最期:方臘(ほうろう)の乱での壮絶な戦死
……と、盛り上がってきた所を恐縮ですが、索超の最期に向かって話を続けたいと思います。
水滸伝のお約束と言えばお約束なのですが、物語が終盤に向かうにつれ、あれ程までに華々しく戦い、出会い、そうして終結した豪傑たちは志半ばで退場していくことになります。そしてそれは索超も例外ではありません。因縁の戦い、方臘の乱が始まり、索超の退場もまた、近付いてきます。今少し、急先鋒の最期の話にお付き合い下さい。
杭州の戦いでの死闘
索超の退場は、杭州での戦いでの死闘を経ての戦死となります。潤州攻略、宣州攻略、そして湖州攻略後、ここで呼延灼指揮下に入って徳清攻略。ここまでは索超も良く働き手柄も立てて活躍の場があるのですが、運命の杭州城を攻めがやってきます。この戦いで索超は敵将、石宝との一騎打ちを行うことになるのですが、索超といえば楊志との一騎打ちがファンの脳裏に良く焼き付いていることでしょう。これこそが、索超最期の相手となります。
敵将・石宝(せきほう)との戦い。
この石宝、方臘配下の将で四大将軍の一人。手にした武器はどのような鎧も斬り断つ宝刀と流星鎚を使う豪傑で、更には腕自慢の猪武者ではなく、寧ろ味方と連携して動ける頭脳派にして冷静という、武力、知力、統率と全てに隙がない名将中の名将。
梁山泊の豪傑たち幾人もを打ち破ってきたかの将が出てくると、駆けだすのが急先鋒、索超。自慢の大斧で打ち合っていると、流石の石宝もその武勇には後れを取ったと見えて一旦退くことに。ここを逃がす索超ではありません、その後を駆け出して追いかけるのです、が。
油断が招いた最期: 追撃中に流星鎚(りゅうせいつい)を受けて倒れる。
これこそは石宝の策でした。突出した索超を武勇頼みに打ち倒すのではなく、一度引いた振りをして招き寄せた。索超にも油断があったのでしょう、石宝の流星鎚を顔面に受け、ここで戦死。何とこのすぐ後に索超を助けようと駆け寄ってきた鄧飛を刀で斬り倒す、梁山泊の敵とは言え流れるような戦いっぷりを見せつけられます。突出と油断、そして強敵、これらが並び立ち、索超は水滸伝から退場となるのでした。
「急先鋒」の名にふさわしい、前のめりな生き様。
思えば梁山泊入りした時にも、宋江を追いかけて油断した所を罠にかけられて捕まったのが索超でした。そして索超のあだ名は急先鋒。これは索超が短気であり、真っ先に飛び出していく気性から名付けられたものです。そう考えると、索超は最初から最後まで、決して変わることが無かったのでしょうか。
それが良かったのか、それとも悪かったのかは分かりません。しかし常に変化していく歴史の中でも、索超は変わらなかった。どこまでも一本先を貫き通した。そんな索超の生き様は、途中退場とはいえ多くの読者に焼き付けられ、今日まで至るのではないかと思います。
三国志ライター センのひとりごと
索超、楊志との戦いという華々しくも印象に残るスタートから始まるのですが、惜しむらくは結構簡単に罠に嵌められての梁山泊入りという、ちょっと肩透かしな点が気にかかる所。しかし急先鋒というあだ名が示す通り、常に前へ前へと進んでいく姿こそが、索超という存在なのかもしれません。
余談ですが北方水滸伝では索超の武器は剣となっております。これはこれでかっこいいんですが、やはり、やはり索超と言えば斧~……こればっかりはOh、NO!……と、どうにも急速に場が冷えてまいりましたが、どうぞ勢いと熱さの豪傑、索超をよろしくお願いいたします。
今宵も湖の畔で。ちゃぽーん。
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