今回水滸伝の好漢たちの中からご紹介するのは、青面獣、楊志です。楊志という人物は、北宋末期に実在した武将なのですが、その記録自体は多くはありません。しかしその人物から着想を得て楊志というキャラクターを作ったというのなら、とんでもないほどに楊志という人物は濃密なキャラクターとなっております。そんな水滸伝屈指の数奇な運命を辿ったとも言える楊志について、ご紹介していきましょう。
この記事の目次
名門の誇りと最初のつまずき
さて、軽く楊志についてご紹介しますと、名家の生まれ、つまり生まれついてのエリートです。顔に巨大な青痣があることから青面獣と呼ばれることになりますが、その生まれだけでなく、本人の武力も極めて高い、しかし気質は生粋の武人というほどはないものの、曲がったことが嫌いな正直者と言った風体で、日本での水滸伝のキャラクターの中ではかなり好感を得ている人物でもあります。そんな楊志がどのようにして転落人生を送ることになるのか、ご説明していきます。
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楊家将の末裔という重圧
楊志がエリートという話はしましたが、そもそも家柄からして登場人物の中でもかなりの上位的存在です。祖父は五侯楊令公という軍人であり、楊志まで三代にわたって生粋の軍事肌の家系でした。楊志自身も若くして武挙に通り、皇帝守護の武官にまで上り詰めました。この「名門」という重圧に関して楊志がどのような感情も持っていたかどうかは分かりませんが、ここから楊志の運命は大きく変わっていくことになります。
【不運1】花石綱(かせきこう)の輸送失敗
楊志の最初の不運のきっかけは、花石綱の輸送という一つの任務からです。
ある日、皇帝に奇石が献上されました。これに皇帝は大喜び、ここから皇帝は全国から奇石、珍しい花や木を集めるようになって、官僚たちは皇帝からの長を争うように献上を始めたのです。しかしこの輸送の中で船が転覆して、花石綱は沈んでしまいました。皇帝への献上品を沈めてしまったのです、最早死罪は免れない……楊志はここで、身をくらませてしまったのでした。
恩赦と復職への執念
それから暫くすると、恩赦が出ました。罪が許された楊志は再び士官するべく、冬のある日、供の者を連れて東京に向かいます。ここで気ままな一人旅などではなく、復職しようと思うあたり、楊志もしっかりとした家の出ということ、そしてその家の名に恥じないように生きようとする心づもりも感じられます。ですがこの時、既に一〇八星の運命は動き出していたのでした。
林冲との互角の勝負
梁山泊の岸辺の近くの道を歩いていると、何者かが楊志たちに襲い掛かりました。強盗だろうと怒った楊志、相手に怒鳴りつけて戦いが始まります。この相手こそ、林冲でした。
楊志と林冲の戦いは全くの互角、50合打ち合っても勝負がつかない、ここで梁山泊頭領・王倫の待ったがかかり、勝負は中断。
楊志は梁山泊に招かれ歓待を受け、仲間入りを誘われるもやるべきことがあるとこの時は梁山泊を後にするのでした。
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家宝の「宝刀」を売らざるを得なかった屈辱
さて東京についた楊志、多方面に賄賂を渡してとりなしを頼みます。後は殿帥府の太尉、高俅から認可を得るだけとなりましたが……高俅はこれを一蹴、楊志の復職は不可能となりました。ここで手持ちの資金を使い果たしてしまった楊志は、家宝の宝刀を手放さざるを得ない状況に追い込まれてしまったのです。
……まあこの時に高俅は「楊志以外は服役して罪を償ったけど、楊志だけは逃亡した。そんな奴の復職なんか信じられる筈がないだろう」と、割と真っ当な理由で一蹴したのですが。
無頼漢・牛二とのトラブル
しかしまあ手持ちがなくては首も回らない、ということで断腸の思いで家宝を手放すことを決めた楊志。宝刀に値札を付けて売り出している所にやってきたのが、無頼漢・牛二でした。牛二は楊志に絡みだす、宝刀を売りたいので何とかこらえようとする楊志。ですが牛二があんまりにもしつこく、果てには楊志に殴りかかってきたのです。
絶望の果ての「牛二」殺しと刺青
ここで楊志の堪忍袋の緒が切れる、思わず牛二を刺し殺してしまったのでした。楊志は開封府へ自首しました。……前回は逃げ出してしまったけど、今回は出頭した当たり、楊志の素直さがちょっとのぞかせるような気がしますね。さて殺された牛二は町中の嫌われ者だったこともあり、また楊志が正直に自首してきたこともあり、役人たちはかなり楊志に好意的な対応をしてくれ、二ヶ月間の拘留の後、額に二行の刺青を入れられ、北京大名府長官のもとで軍役につくことになったのでした。
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北京大名府・梁中書による抜擢
北京大名府長官(梁中書)は、留守司という人物の下、楊志はとても真面目に働いたので気に入られます。梁中書は楊志を副隊長にしてやろうと考えますが、急な抜擢は周囲の反感を買うだろうとも予想していました。そこで練兵所に全軍の兵を集め、彼らの前で楊志の実力を示すことにしました。
副隊長の周謹が出て試合をすると、楊志はこれを破りました。次に索超が名乗りを上げての戦いになりますが、二人の実力は高く拮抗し、ついに勝負はつきませんでした。梁中書は大いに喜び楊志と索超は提轄に抜擢されることとなりました。
運命の「生辰綱(せいしんこう)」輸送ミッション
提轄になった楊志はその後も真面目に仕事を続けます。このため梁中書からの信頼は篤いものとなり、重要な任務を任されることになりました。これが運命の「生辰綱輸送」になります。東京で宰相をしている蔡京への贈り物として生辰綱を贈るのですが、梁中書はこの蔡京の娘婿だったのですね。しかし生辰綱輸送の道は険しく、強盗も出ると言った危険なミッションでもありました。そこで腕のたつ楊志がこの任につくことになったのです。
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再起のチャンスと「生辰綱」の強奪
再起のチャンスに楊志も念には念を入れて任務にあたります。楊志はまずは敵の目を欺くために旅の商人に扮して行くことにしました。そして荷は護衛兵たちに分けて担がせることにして、東京へと向かいます。しかし荷物は重い、日は暑いと途中で文句を言い出す護衛兵たち。出発して二週間も過ぎ、黄泥岡に辿り着くころには文句は最高潮、兵士たちは松の木陰で各々寝ころび始め、楊志が急き立ててもいうことを聞かない有様です。
【不運2】晁蓋・呉用らによる「知取生辰綱」
そこにやってきたのが酒樽を担いだ商人たち……ではなく、生辰綱を略奪せんと晁蓋、呉用らが率いた盗賊一味。酒を飲んでいる彼らを見た兵士たちが自分たちも酒を飲みたいと言い出し、運搬の付き添い役までもこれを認めろという詩末、これには楊志も反論はしづらい。楊志自身も杯に半分酒を飲むのですが……これにはしびれ薬が入っており、動けなくなった楊志たちは生辰綱を彼らに奪われてしまったのでした。最早帰ることもできなくなった楊志、再びその場から逃げ出すしかなかったのです。
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二龍山から梁山泊へ:豪傑たちとの交わり
暫く歩いてとある居酒屋に入った楊志は、そこの主人である曹正と出会います。行く当てもない楊志に青州の二竜山へ行って山賊になってはどうかと薦める曹正、その薦め通りに二竜山に向かう最中で出会ったのが、魯智深でした。
突如、襲い掛かってきた魯智深に応戦する楊志、お互いの力量は拮抗して決着がつかない。互いに互いの力を褒め称えながら和解すると、魯智深はせっかくここまでやってきたのに門を閉ざされて中に入れないんだと明かします。二人はどうしたものかと曹正の所に戻ると、彼はとある作戦を提案してきました。
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魯智深(花和尚)との共闘
山賊の親玉、鄧竜は魯智深を恐れて門を開けない、なので魯智深を捕縛して捕まえたと門を叩いたらどうだというのです。この作戦は成功、三人は山に入り込み、鄧竜は魯智深によって切り殺されました。こうして魯智深が第一の頭領、楊志が第二の頭領となって山賊稼業が始まります。後に武松、施恩、張青、孫二娘らが加わり、大きな勢力となります。更にその後、呼延灼が青州に攻め込んできたことをきっかけに梁山泊に合流することになりました。
梁山泊合流後の活躍
その後は史進救出作戦で華州長官、賀太守を破り、盧俊義救出作戦がでは北京攻撃軍に割り振られます。また林冲、関勝らとともに凌州近くで単廷珪、魏定国の軍と戦い、その後の曽頭市との二度目の戦いでは史進と共にともに曽頭市の北の陣を攻め、敵将である蘇定を討ち取るなどの働きも見せています。ただ、この戦いで、楊志は張清の石つぶてを兜に受けて敗走、また昌平県境での戦いでは、敵の陣を打ち破るものの戦い自体には勝利できないなど、精彩にかける場面が目立ってきました。
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方臘(ほうろう)の乱での病死
そして梁山泊の運命の方臘戦では……潤州城攻略後、楊志は病気になったことから宋軍を離脱することになってしまいます。
ここで一時的な離脱かと思いきや、丹徒県城で養生したことは伝えられるも、その病は回復しないまま楊志は病死して幕を閉じることになってしまいました。この後の梁山泊らの運命を思えばここでの退場は正解とも不正解とも言えないのが難しい所ですが、楊志ファンとしてはもっと華々しい退場シーンが欲しかったな……と思うのは欲張りでしょうか。
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楊志の最期と「不運」の結末
さて、楊志のその生涯はいかがだったでしょう。……とにかく、「不運」に尽きるのです、楊志の生涯というのは。
別段他の人物に比べて横暴さとか、暴力さとかが目立つ訳でもない。しかし楊志は途中途中で挟まれる、楊志以外の要因での失態が多いのですよね。また楊志の生まれがそもそも高かったこともあってか、転落、という言葉がとても良く似合うのですよね……梁山泊入りするまでの人生が見ている分には面白いのですが、それはそれとして波乱万丈が過ぎるので……。
また個人的に、楊志は林冲と引き分けるだけの武力を持っているのですから、梁山泊入りしてからももっと活躍してほしかったという思いもあります。そういう意味では、その結末までもが不運なのが楊志の生涯、といったところでしょうか。「天暗星」という名前が良く楊志の生涯を表していると思います。
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楊志の生涯が現代人に刺さる理由
やたら不運不運とは言ってしまいましたが、この楊志のどことなく報われない所が、どうにも現代人には人気ポイントとなっている気がしますね。特に生辰網の一件では別段、楊志が油断したとか、横暴だったとかいう所はありません、寧ろしっかりと考えて行動したのに、周囲の問題に巻き込まれての失態……これが「天暗星」の運命だとでも言うのでしょうか。また、この一件で尾を引くということもなく、晁蓋たちが生辰網を奪った話が出た際に、楊志は笑って済ますなど、寧ろ楊志はエリート出身なのに好漢の部類な対応をしています。
強いのに、どこか、好い奴なのに、どこか。凄惨な悲劇まではいかないけれど、どこか報われない。そんな楊志だからこそ、現代の人々から見ても受け入れやすく、好ましいのかもしれませんね。まあそれはそれとしてがっつり活躍する楊志は見たいです!そんな翻案、でないかな?
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三国志ライター センのひとりごと
さてさて、水滸伝とはほぼほぼ関係なくて申し訳ないですが、水滸伝をモチーフにしたゲームでの天暗星のキャラクターも、かなり運命が不運なことが度々話題になっていたことを思い出した筆者です。
また、北方謙三水滸伝では楊志の退場はかなり早いのですが、その分……といっては語弊になるも、かなり壮絶な退場シーンで筆者的には見て欲しい楊志の姿の一つで、もしもまだ知らない方がいましたらぜひとも一度、よろしくお願いします。不運な気質だけどどうにも魅かれる、そんな楊志、好きですね。それでは今日も、湖の畔から。ちゃぽーん。
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