キングダムの蒙恬とはどんな将軍だった?楽華軍の強さと将軍から最期までの経緯

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「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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蒙恬

 

信と王賁が言い合いを始めると、たいてい間に入って場を収めているのが蒙恬です。軽い調子で笑っているのに、戦場に出ると誰よりも先に戦の流れを読んでいます。三人の中で、いちばんつかみどころのない男かもしれません。

 

周瑜、孔明、劉備、曹操 それぞれの列伝・正史三国志(本)書類

 

蒙恬が生まれた家、初登場の回から将軍に上がるまでの戦い、育ての親・胡漸との別れを、巻と話の番号を添えてたどります。後半は、作中で生き残るのか、そして史書の蒙恬がどう人生を終えたのかという話です。

 

※この記事は2026年10月時点の内容です。原作の最新話(第890話)までの展開と、史実の蒙恬の最期に触れています。

 

 

結論:蒙恬は楽華軍を率いる秦の将軍。名門・蒙家の跡取り

項目 内容
読み もうてん
立場 秦の将軍。楽華軍(もとは楽華隊)を率いる
家族 祖父は蒙驁、父は蒙武、弟は蒙毅
初登場 17巻 第183話「第三勢力」
将軍になった回 59巻 第642話(朱海平原の戦いの論功行賞)
アニメ 声は野島裕史さん(アニメ公式の人物紹介より)
作中の生死 確認した範囲では、第890話の時点で健在
史実 斉を破り、のちに30万の兵で北方を守って長城を築く。始皇帝の死後、薬を飲んで自害した

 

巻と話の題は集英社の単行本の目次、話の中身ははじめての三国志の各話レビュー記事で確かめました。

 

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キングダム人物名図鑑

 

蒙恬はどんな人物?軽い顔の下にある名門の重み

蒙武

 

祖父は秦の大将軍・蒙驁、父は猛将の蒙武。蒙恬は、秦でも指折りの軍人の家に生まれた跡取りです。弟の蒙毅は、軍師の道へ進みました。アニメ公式の人物紹介では、一見軟派でいい加減に見えるのに、頭がよく軍略にも明るく、師の昌平君からも才能を認められている人物とされています。王賁とは昔からの友人でありライバル。

関連記事:キングダムの昌平君とは?秦の軍総司令の役割と名場面は?史実では楚王になって秦と戦う?

 

戦場では、細かい計算と、自ら敵陣に斬り込む度胸の両方を見せます。整った顔立ちで女性にもてるのに、本人はそれを鼻にかける様子もありません。

 

そんな蒙恬を、生まれたときから育ててきたのが、楽華の副長・胡漸です。蒙恬は胡漸を「じィ」と呼んで慕っています。父の蒙武との間には、どこかぎこちなさが残るのに、じィには甘える。この親子と育ての親の関係が、のちの朱海平原で大きな意味を持ってきます。

 

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蒙恬の主な戦いと、将軍になるまで

巻・話 戦い 蒙恬に起きたこと
17巻 第183話 山陽の戦いの前 楽華隊を率いて初登場
20巻 第213話「蒙恬の提案」 山陽の戦い 祖父の蒙驁を狙う魏の輪虎を討つため、飛信隊と玉鳳隊に共同の作戦を持ちかける
29巻 第314〜315話 合従軍の戦い 父の蒙武と楚の汗明の一騎打ちに割って入り、汗明に斬られて深手を負う(第314話)。続く第315話で、父の呼びかけに目を覚ます
49巻 第535話 朱海平原(初日) 麻鉱が討たれて崩れかけた秦の左翼を立て直し、王翦から臨時の将軍に任じられる
55巻 第600話 朱海平原 楽華の本陣に現れた龐煖に、胡漸が討たれる
57巻 第617話ごろ 朱海平原(15日目) 馬南慈と傅抵に追われる王翦のもとへ駆けつける
59巻 第642話 論功行賞 信・王賁とそろって正式に将軍となる
76巻 第834話 韓を攻める戦い 韓の救援に来た趙の舜水樹・馬南慈の10万を、5万で迎え撃つ
80巻 第870話 趙を攻める戦い 楽華軍が山の民の軍に加わり、馬南慈らの軍を押し込む
第880話 趙を攻める戦い 苦しい飛信隊を助けに向かうと決める

 

表の話の中身は、各話のレビュー記事と、Wikipedia「キングダム (漫画)」のあらすじによります。

 

見どころを一つ挙げるなら、合従軍の戦い。父と汗明の一騎打ちの最中、背後から父を狙う動きに気づいた蒙恬は、止めに入って汗明に斬られます。一騎打ちに水を差されたと怒った汗明の一撃でした。倒れた息子を見た蒙武がそこから汗明を討ち、意識のない蒙恬は、父の不器用な呼びかけで目を覚まします。

 

日ごろぎこちない親子が、いちばん大事な場面でだけ、言葉ではない形でつながる。ここは、何度読んでも胸に来ます。

 

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キングダムを100倍楽しむ

 

 

朱海平原の蒙恬:臨時の将軍と、じィとの別れ

行軍する兵士達b(モブ)

 

蒙恬がいちばん大きく株を上げたのは、鄴を攻める戦いの中の朱海平原です。

 

真っ二つにされる魏続(ぎぞく)兵士

 

初日、李牧の奇襲で秦の左翼を率いる麻鉱が討たれ、左翼は総崩れになりかけます。ここで残った兵をまとめて立て直したのが、まだ五千人将だった蒙恬。王翦はその働きを見て、49巻の第535話で蒙恬を臨時の将軍に任じ、左翼を任せます。

 

紀彗の軍と向き合ったまま、左翼を何日も持ちこたえさせる。五千人将からいきなり左翼の大将というのは、部活の副キャプテンが試合中に急に監督を任されるようなもの。それでも崩れなかったのが、蒙恬の左翼。

 

その朱海平原で蒙恬が失ったのが、育ての親の胡漸。55巻の第600話、蒙恬が本陣を離れていたすきに龐煖が現れ、胡漸は龐煖の手にかかります。この回では、生まれたばかりの蒙恬を蒙武から「お前が育てろ」と託された日の思い出も描かれています。ここは、思わず手が止まりました。

 

では、蒙恬は仇を討ちに飛び出したのか。答えは逆で、左翼の大将として持ち場を守り、15日目には、追い詰められた王翦のもとへ駆けつけています。戦いのあと、59巻の第642話で、信・王賁とそろって正式に将軍となりました。

 

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蒙恬は死亡する?作中と史実で分けて見る

 

作中の蒙恬は、確認した範囲では第890話の時点で生きています。韓を攻める戦いのころには、信・王賁とともに位を大将軍の一歩手前まで引き上げられ、いまは趙を攻める戦いの最中です。一方、史実の蒙恬が命を落とすのは、天下統一のあと。『史記』蒙恬列伝によると、始皇帝が亡くなったあと、跡継ぎをめぐる企みに巻き込まれ、最後は薬を飲んで自害しました。

 

ただ、それは作中の時間で言えば、まだ十年以上先の話です。秦が六国を滅ぼし終えるまで、蒙恬の出番はたっぷり残っています。

 

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キングダム武将の哀しすぎる最期

 

史実の蒙恬:斉を破り、長城を築いた将軍

 

『史記』には、蒙恬一人のための列伝があります。そこから主な出来事を拾うと、次のとおりです。

 

時期 出来事 出典
若いころ 獄の法や文書を学ぶ 『史記』蒙恬列伝
楚を攻める戦い 李信とともに20万で楚を攻め、李信は平輿を、蒙恬は寝を攻めて楚軍を破る。のちに李信の軍が楚に大敗する 『史記』白起王翦列伝
始皇二十六年(紀元前221年) 家柄から秦の将となり、斉を攻めて大いに破る。内史に任じられる 『史記』蒙恬列伝
天下統一のあと 30万の兵で北の異民族を追い払い、河南の地を取る。臨洮から遼東まで、一万里あまりの長城を築く 『史記』蒙恬列伝
始皇帝の死後 趙高らの企みで死を命じられ、薬を飲んで自害する 『史記』蒙恬列伝

 

三国志のモブ 反乱

 

列伝の最後で、蒙恬は自害の前にこう語っています。臨洮から遼東まで一万里あまりの城や堀を作れば、その途中で大地の脈を断たずにはすまなかったはずだ、それが自分の罪なのだ、と。

 

『史記』の完成という使命を貫いた司馬遷

 

司馬遷は、この言葉に納得していません。自分で長城を見て回った司馬遷は、民がまだ戦の傷から立ち直っていない時期に、名将でありながら始皇帝をいさめず、民の力を軽んじて工事を進めたことこそが問題だった、と書いています。作中の蒙恬なら、どちらの言い分に何と返すのか。そんな想像をしたくなる締めくくりです。

 

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史実版の春秋戦国時代の年表

 

キングダムの蒙恬のよくある質問

蒙恬は何巻で初登場しますか?

 

17巻の第183話「第三勢力」です。楽華隊を率いる若い将として登場します。

 

蒙恬はいつ将軍になりますか?

 

朱海平原の初日の働きで、49巻の第535話に臨時の将軍となり、戦いのあとの論功行賞(59巻 第642話)で正式な将軍になります。

 

胡漸は何話で死にますか?

 

55巻の第600話です。朱海平原で、本陣に現れた龐煖に討たれます。

 

蒙恬はアニメで誰が声をあてていますか?

 

野島裕史さんです。

 

キングダムライターおとぼけの独り言

はじめての三国志主宰 おとぼけ(田畑雄貴)

 

晋の時代の『古今注』という本に、こんな問答が残っています。字はずっと昔からあるのだから筆も昔からあったはずなのに、世間では蒙恬が筆を作ったと言うのはなぜか、と。答えは、蒙恬が作ったのは秦の筆だ、というもの。枯れ木を軸に、鹿の毛を芯に、羊の毛で包んだ筆だったそうです。

 

万里の長城

 

長城を築いた将軍が、筆の作り手としても語り継がれてきたわけです。作中の蒙恬の、剣も頭も使える器用さを思うと、なんだか似合っている気がします。それでは兄弟たちよ、また次の記事でお会いしまっせ!

 

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キングダムと三国志の違い

 

 

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おとぼけ(田畑雄貴)

数々のブレストと思いつきで場を散らかした後、権限委譲と言い放ち、kawauso編集長に丸投げし去っていく。インターネットの不特定多数無限大の可能性にロマンと情熱を捧げる「はじめての三国志」の創設者。創造的で自由な発想が称賛や批判を創発し、心をつかむコンテンツになると信じている。各メンバーのパーソナリティを尊重し、全員の得意分野を活かし、補完し合うチーム作りを目指している。

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