戦乱の時代だからって、笑いがないという事はありません。
それは、100年の戦乱が続いた三国志の時代でも同じです。
では、当時の人々は、どんな話題で笑ったのでしょうか?
大昔の笑い話を集めた笑林という本から、いくつか抜粋しましょう。
この記事の目次
長い竹竿が城門を通らないよ~
長い竹竿を持って魯の国の城門をくぐろうとする人がいた。
しかし、竹竿が長すぎて、縦にしても横にしても通れない。
その人が困っていると、街の長老が出てきて言った。
「あーー、ワシは、別に聖人という程に機智も徳もないが、
長く社会を見てきたので、多少はモノを知っておるつもりじゃが、、
あんたは、どうして竹竿を鋸で半分から切らないのかね?」
ボケ、突っ込みであるように見せて社会風刺
今、読むと、なーんだという簡単な話ですが、
とぼけた会話の中に、杓子定規で、縦のモノを横にもしない
停滞した社会を風刺する意味が込められています。
今でいうと、爆笑問題の漫才に近いかも知れません。
一体、誰が得をしたの?鳳凰(ほうおう)の偽物
楚の人で、雉(きじ)を担いでいる人がいた。
その近くを通りかかった男が、「その鳥は何と言う鳥ですか?」と聴いた。
楚人は「これは鳳凰という鳥ですよ」と嘘をついた。
近くを通りかかった男は、
「それは珍しい、楚王に献上したいので私に売って下さい」
と千金を支払った。
楚人は、これはいい金ズルだと思って、もったいぶった。
そこで男は、さらに千金を支払い、ようやく雉を買い取った。
ところが、雉は買い取った翌日に死んでしまった。
男は、お金の事ではなく、楚王に献上しようと思った鳳凰が死んだ
という事を嘆き悲しんで毎日泣いた。
それは、楚の人々の同情を引く事になり、ついには楚王に届いた
楚王は、大金を散じて自身の為に鳳凰を買った男の心に感激し
男を探しだして、大金を与えた。
その大金は、男が楚人に支払った金額の10倍を越えたという
物事の本質がズレてゆく不思議
元々は、鳳凰でもなく、ありふれた雉という鳥が
楚人の嘘から鳳凰に化け、その後死んでしまい、
最終的には美談として、だまし取られたお金の10倍以上
というお金に化けてしまうという不思議な話。
ここでは、雉が鳳凰になりおおせ、
雉と鳳凰の区別もつかない人が善人になり、
そこに人々の温かい同情と大金が与えられるという、
何だかズレた事になっていきます。
なんだか、ぞわぞわしてきませんか?
話をシンプルにすると、雉を鳳凰と騙されて、
大金を支払い買った男が、雉に死なれて泣く話
という身も蓋もない話も成立するのです。
今、話題になっている、某元プロ野球選手の覚せい剤逮捕や
賄賂を受け取った、某TPP担当大臣の辞任問題も、
「麻薬や賄賂はいけない、刑事罰を受けるべき」という
シンプルな話から、どんどん話がズレて、雉が鳳凰に
化けている感じがします・・
葉隠の術―!
昔、楚に貧乏な学者がいた、或る時、淮南子(えなんじ)を読んでいると、
カマキリが蝉を仕留める時に、葉っぱの裏に姿を隠して
近寄っていくという記述を見たので、早速、木の下に
行ってみると、まさにカマキリが葉の裏に隠れて、
蝉を仕留めている最中だった。
学者は「やった!」と思って葉っぱを叩き落とすと、
下は木の葉だらけで、どれがカマキリが隠れた葉か分からない。
困った男は、落ち葉を残らず持ちかえり、一枚、一枚、
自分の体に当てながら、自分の妻に、、
「おい、お前、俺が見えるか?」
としつこく聞いて確認しだした。
妻は最初、「見えます」と正直に応えていましたが、
あまりにも同じ事が繰り返されるのでうんざりして、
「はい、見えません」と嘘をついた。
学者は喜び勇んで、葉っぱを持って市場に行き、
葉っぱを体にかざしながら、品物を盗ろうとして
即座に現行犯逮捕され、役所に連行された。
学者は、県知事に「どうして盗みなどしたのか?」
と聞かれたので、上に書いたような一部始終を語った。
知事は大笑いし無罪放免にした。
葉っぱは、信ずる人間にとっての万能の象徴
ちょっと見ると、頭の状態がアレな愚かな学者の話
として片づけられますが、この葉っぱを、それを信じる人にとって
絶対のシンボルだと考えると話が違ってきます。
つまり、すでに無効になっている事を信じて、
時代の変化を知る事がない、頭が古い人々は、
この楚の学者のようなものだという皮肉に取れるのです。
この葉っぱを、憲法9条や、原発安全神話に置き換えると
一体、どれだけの人が、楚の愚かな学者と同じ行為をしているか
そう考えると、深刻な気持ちになる笑い話です。
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三国志ライターkawausoの独り言
この笑林は、後漢から三国時代の魏の儒学者、
邯鄲淳(かんたんじゅん)によって、集められた古代の笑い話です。
邯鄲淳は、一人の儒学者として、決して政治的な動きはせず、
90歳を超えて長生きをしましたが、その中で世の中を見つめ、
一見笑い話のようで、内側に深い社会への皮肉を込めた
笑林を残したのです。
そう考えると、社会派の漫才のように見えて面白いですね。
個人としては、楚の学者みたいな人は、探すと大勢いるな・・
なんて思います。
本日も三国志の話題を御馳走様でした。
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