三国志好きな方なら、当然、「諸葛亮孔明といえば蜀」のイメージですよね?
諸葛亮孔明は、劉備玄徳に三顧の礼で迎えられて以来、赤壁の戦い、漢中争奪戦、そして北伐と、常に蜀の最重要人物として働き、とりわけ魏の前には何度も難敵として立ちはだかりました。
もっともその孔明、残念ながら北伐の途中で病没してしまい、結果として北伐は不成功となるのですが。しかし、ディープな三国志ファンほど、一度は考えたことがあるのでは?「もし孔明が魏に仕えたら、歴史はどう変わったのか?」というイフ展開を!
そこで今回は、まさかまさかの「孔明が魏に仕えてそこで活躍するシナリオ」を考えていきたいと思います。
この記事の目次
孔明捕縛!それを喜ぶのは曹叡?
そもそも、孔明が魏に仕えるタイミングなんて、あったのだろうか?
かなり無理があることは承知です。とりわけ、劉備玄徳が存命のうちはほとんど考えられません。
ですが劉備の没後、苦悩が増えていた晩年のどこか、とりわけ体力も衰えていた北伐の最中に、退却戦の失敗で魏に取り囲まれ、やむを得ず降伏したパターンなら、どうでしょう?
まだ曹叡が健在なうちの魏であれば、
「あの諸葛亮孔明を捕虜にしただと?
決して殺さず、むしろ最高の礼を持って迎え入れよ!」と命じ、
「蜀漢との戦いには使わない」という好条件で、諸葛亮孔明を登用するかもしれません。
そして諸葛亮孔明も、「蜀との戦争に出ないのならば」と、しぶしぶ、曹叡に力を貸すことに同意するかもしれません。・・・はい、無理なところがあるのは承知です。ですが、今回はいったんこの仮定で、この世界線の歴史はどう動くかを考えてみましょう!
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孔明を失った蜀は内政重視国家としてむしろ安定する?
まず蜀漢はどうなるでしょうか。
孔明が捕虜となり魏の宮廷に召し抱えられたというニュースの衝撃があまりに大きく、北伐の継続は不可能になり、劉禅政権は完全に守勢へと転じます。姜維や魏延のような武闘派も、積極的な軍事行動を進言する勇気はなくなるでしょう。
つまり、蜀漢は漢中以南の天然の要害を最大限に利用して、防衛一点に集中することになります。蜀は地方政権としての延命のみを目指すことになるわけです。それはそれで、蜀漢は史実よりも平和で安定した国家になるかもしれませんが。
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魏の孔明、生ける司馬懿仲達を「走らせず」
さて、ここからが本題です。曹叡に仕えた孔明はどんな仕事をするでしょうか?
曹叡としても、蜀との戦争に孔明を投入することはしない約束なので、魏内部の統治や、地方の反乱鎮圧において、孔明を重用する形になるでしょう。すなわち、孔明は曹叡の傍でさまざまな助言をし、地方で反乱や紛争があれば制圧のために出動するというスタイルで働きます。おや、待ってください?
孔明がこのような動き方をすると、魏の中に、困ってしまう人物が出てきます。
そうです!史実では、司馬懿こそが、地方の反乱鎮圧で功績を立てることで次第に魏の中での発言力を増していったはずです!それがこのシナリオでは、その功績がすべて、孔明にとられてしまうのです!司馬懿の大出世・専横コースに宿敵として立ちはだかる孔明、という図!
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司馬一族の封じ込めによって可能となる、曹氏の延命シナリオ!
さらに想像を膨らませると、司馬一族の専横や、クーデター計画も、逐一、孔明によって未然に防がれる可能性が高いです。すなわち、「孔明と司馬懿が魏の中枢で政争を繰り広げる」という、これはこれで、三国志ファンにはたまらない展開が生まれます!
しかしこの政争は、曹叡とがっつりと結び合った孔明を前にしては、司馬懿には分が悪そうです。のみならず、ぬかりのない孔明は、自身や曹叡の死後にも、司馬一族が権力を簒奪することができないよう、制度上、人事上、軍事上、あらゆる面で司馬一族の力を封じてしまうでしょう。かくして、曹氏の政権が史実よりも延命し、司馬氏によるクーデターも起こらず、魏はより安定した国家として存続していくでしょう。
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【北伐の真実に迫る】
孔明の死後、長期シナリオでは魏と蜀の接近が考えられる
このようにして曹氏を守った孔明。その死後も曹一族からは強い恩義を感じられ、リスペクトを受け続けることになります。それは、曹一族が治める魏からの、蜀漢に対する見方を好意的にする効果があります。やがて曹叡と孔明が没し、司馬懿も没した後、曹氏のもとで内政重視で安定した魏と、劉禅のもとで内政重視では安定政権どうしの接近の気運が高まります。これが、結果として、史実よりも蜀を延命させる好循環を生むかもしれません。
そればかりか、対呉戦線で魏と蜀が同盟を結び、呉の領土を二分する形で、三国時代の決着がつくかもしれません。すなわち、「司馬氏による晋が三国すべてを滅ぼして終わり」ではなく、「魏と蜀が天下を二分する安定状態」という展開に入るかもしれません。
まとめ:これってもはや孔明が「わざと魏に捕まった」ということでは?
このように、「孔明が捕虜となり、魏に仕える」シナリオは、意外や意外、本来の君主である劉禅と蜀漢の、平和と安定に貢献するものとなりました。さんざん走らされたあげく、何も得るものがなく滅んでしまうのは司馬氏のみとなります。
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三国志ライターYASHIROの独り言
もしかすると、このシナリオ、実は「孔明はこのようにして、蜀漢を安定させ、魏との友好国として延命させる深謀遠慮があって、ワザと捕虜になって魏に仕えたのだ!」ということなのでは?そう考えると、物語としてもキレイになりますよね!
いかがでしょう?これはちょっと、やりすぎなイフ展開のシナリオだったでしょうか?でもこのように、「なるほど!孔明が魏に仕えたのは、我々を裏切ったのではなく、蜀漢を助けるための大戦略だったのか!」と、劉禅や姜維がはらはらと涙を流して感動するシナリオ、見てみたくはないですか?
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