今回の水滸伝、登場人物紹介は……(ドラムロール)蔡京でーす!!はい、水滸伝の中では悪役も悪役、四奸六賊ではないか、と思った方々もいるでしょう。しかして一度は話しておきたいこの人物、水滸伝のみならず、歴史上ではどんな人物であったのか。その最期まで含めてお話ししたいと思います。多少重苦しくなるかと思いますが、どうぞ最期までよろしくお願いします。
この記事の目次
- 水滸伝最大の黒幕・蔡京(さいけい)とは何者か?
- 皇帝・徽宗を操り、北宋を食い物にした「四大姦臣」の筆頭
- 高俅(こうきゅう)との違い:武力の高俅、政治と知略の蔡京
- 物語の運命を回す「生辰綱(せいしんこう)」事件の元凶
- 娘婿・梁中書が送った「10万貫の誕生日プレゼント」
- 蔡京への忖度(そんたく)が、結果的に梁山泊結成の引き金に
- 宋江と戴宗を絶体絶命に追い詰めた「江州の偽手紙」事件
- 【名シーン】蔡京の権威と家のしきたりが、呉用の策を破綻させた
- 梁山泊の「招安(帰順)」への妨害と、底なしの悪意
- 高俅や童貫を裏で操る、影のフィクサーとしての暗躍
- 方臘討伐後に仕向けた「宋江と盧俊義への毒殺」の罠
- 読みながら本を破り捨てたくなる、水滸伝最悪のバッドエンド
- 【史実の蔡京】実はただの悪人ではなかった?
- 北宋屈指の「書道の天才」!現代にも残る芸術的才能
- なぜ民衆からこれほど憎まれたのか?(重税と身内びいきの腐敗)
- 金の侵攻と北宋滅亡(靖康の変)の最大戦犯として
- 流罪の道中、大金があっても「誰も食べ物を売ってくれなかった」末路
- 【考察】物語で裁かれず、史実で悲惨な死を遂げたという強烈な皮肉
- 蔡京という巨大な壁が、英雄たちの「散り際の美学」を完成させた
- 怒りを通り越して感心すら覚える、彼の「完璧なヒールっぷり」
- 水滸伝ライターセンの独り言
水滸伝最大の黒幕・蔡京(さいけい)とは何者か?
まずはこの蔡京という人物が何者なのか、軽く説明しましょう。蔡京とは北宋末の政治家であり、宰相。と、同時に書家でもあった人物です。徽宗皇帝に仕え、その中でも延べ16年間もの間宰相の地位に就いていました。このため時の権力を一身に集めた人物とも言われ、一族でこの時期をやりたい放題に振る舞った悪漢……とも言われています。
皇帝・徽宗を操り、北宋を食い物にした「四大姦臣」の筆頭
水滸伝ではこの悪漢、というか、悪官僚たちこそが打倒すべき敵……みたいに出てきて、特に打倒できないまま終わってしまう所がリアリズムを感じる所ですが、この蔡京を含め、おなじみ高俅、そこに童貫と楊戩を含めた四名を四大姦臣、もしくは四姦と呼び、唾棄すべき悪役として君臨させています。その筆頭とも言うべき存在が蔡京である、という訳です。
高俅(こうきゅう)との違い:武力の高俅、政治と知略の蔡京
ちょっと待って、最大の悪役は高俅では?と思われた方もいるでしょう。確かに高俅と言えばたかがごろつき風情が(口が悪い)蹴鞠が得意で皇帝に気に入られてとんとん拍子で出世して周囲に偉ぶり、権力をかさに着て人々及び多くの水滸伝の登場人物たちを苦しめる正に悪漢の中の悪姦、それは間違いありません。ただ高俅が割と分かりやすく周囲を攻撃することに比べ、蔡京は正に政治家、というように裏から手を回し手を回し、自身が出張らずとも相手を陥れる……そんな手段を用いてくるため、黒幕、という表現が適していると思います。
また、史実と比較して考えると、高俅は蔡京の足元にも及ばない小物ですので……そういう面からも蔡京について触れていきましょう。
関連記事:水滸伝に登場する四大悪人(四姦)をざっくりと分かりやすく紹介
関連記事:水滸伝の登場人物と相関図|梁山泊108人の好漢を原典と北方謙三版の違い付きで解説
物語の運命を回す「生辰綱(せいしんこう)」事件の元凶
ここで水滸伝の話に移りましょう。水滸伝をどこからが始まりとするかは解釈によって様々ですが、好漢たちが湖の畔に集まってくる……それを開始としたならば、間違いなくその元凶というべき存在、それこそが蔡京。
なぜならば二代目梁山泊、頭領――になる前の――晁蓋に劉唐が生辰綱の話を持ってくる所から、話が大きく動き出すからです。
娘婿・梁中書が送った「10万貫の誕生日プレゼント」
これはある時、劉唐が聞いた話。北京大名府の梁中書が、舅になる宰相の誕生祝いに莫大な財宝を東京に贈ると耳にしました。この舅になる宰相こそが蔡京ですね。しかし梁中書も蔡京もこの頃から民衆からの評判の悪さは折り紙付き、その資金の出どころは民衆から搾り取ったものである、ならばこれを奪い取ってしまおうぜ!!というのが劉唐の考えでした。
蔡京への忖度(そんたく)が、結果的に梁山泊結成の引き金に
そもそもこの財宝も民衆から搾り取ったものだけにとどまらず、この贈り物として贈られた生辰綱はほぼ「賄賂」のようなものでした。賄賂という形ではなく、誕生日の贈り物、としてお渡しするのが実に厭らしい所ですね。その後、劉唐は晁蓋一味と共に生辰綱の強奪作戦を成功させるも、当然お尋ね者になってしまいます。そのため梁山泊入りをすることになるのですが、この事で物語が大きく動いていくことになるのです。
関連記事:晁蓋とは何者か?水滸伝を動かした梁山泊創業者の正体と最期
関連記事:【水滸伝の智多星】呉用とは?知略で梁山泊を支えた軍師の生涯と魅力を徹底解説!
宋江と戴宗を絶体絶命に追い詰めた「江州の偽手紙」事件
ここで少し話を進めて宋江の話に。宋江はある日、酔っぱらって壁に詩を書いてしまうのですが、この詩の内容が少々強烈だったために後から大問題に。この一件を知った江州長官、蔡九は蔡京に、宋江をどう処分すべきかを問う手紙を書いて出しました。これを運んだのが牢役人をしていた戴宗です。そこで梁山泊も宋江を助けるために動き出し、呉用によって蔡京から蔡九にあてた偽手紙が作られました。
【名シーン】蔡京の権威と家のしきたりが、呉用の策を破綻させた
「この呉学人、一生の不覚をやらかしもうした」
この名シーン、知らない方の方が少ないのでは?そう横山水滸伝の誤用先生、一世一代の大不覚シーンです。呉用の用意した偽手紙は金印まで偽造させたものでしたが、押されていたのは「翰林蔡京」という蔡京の諱の印でした。父が息子に宛てた私信に、わざわざ自分の諱の印を押すはずがない。蔡京の家では当たり前すぎて、誰も口にしないような作法です。もっとも、蔡九知府自身はこの偽手紙をすっかり信じ込んでいました。おかしいと気づいたのは、宋江の詩を朝廷に売り込もうとしていた通判の黄文炳です。こうして偽手紙は見破られ、宋江だけでなく戴宗まで捕らえられる羽目になったのでした。
所でこのシーン、凄いですよね。呉用は蔡京の筆跡も印章も、完璧に再現してみせました。それでも足りなかったのは、蔡京という家の内側にしかない常識だったわけです。本人は都にいて何もしていないのに、その権威だけが江州で梁山泊の足をすくう。蔡京という悪役の厄介さが、いちばんよく出ている場面かもしれません。
関連記事:「水滸伝」梁山泊の頭領、宋江は主人公っぽくない?人気の理由を考察
関連記事:本当は怖い『水滸伝』実は残酷でメンタルやられる四大奇書
梁山泊の「招安(帰順)」への妨害と、底なしの悪意
ここから話はだいぶ飛ばしてしまいまして、梁山泊の帰順についての話まで行きましょうか。ついに梁山泊らを帰順させようという動きが都で始まるのですが、これに納得がいかないのが高俅。自身の配下の蔡京の配下を使って招安への妨害を行います。更に招安が失敗すると、蔡京らは梁山泊討伐軍を結成させてしまうのです。
しかし、彼らの悪意はここが終わりではなかったのでした。
高俅や童貫を裏で操る、影のフィクサーとしての暗躍
結果から言いますと、梁山泊は朝廷への帰順を選びます。宋江の念願叶ったりという訳ですからね、当然ではあるのですが。
しかし蔡京は童貫と密談を行い、梁山泊らへ高い官爵が与えられないように動きました。このために彼らは帰順したにも関わらず、良い官職は与えられないまま。果てにはまるで使いっ走りのように、方臘討伐戦に出征させられてしまうのです。こういう裏からの行動が非常に上手いですね、蔡京は。
方臘討伐後に仕向けた「宋江と盧俊義への毒殺」の罠
今回は蔡京についてのお話なので、方臘戦は割愛させて頂きます。多くの梁山泊が失われた方臘戦は終わり、宋江の軍は凱旋をしました。宋江や盧俊義を始めとして多くの将に官職が与えられ、役目を与えられて各地に散らばる梁山泊。
しかし彼らの活躍も栄達も望まない者たちは、まずは盧俊義から殺害することにしました。結果として盧俊義は水銀を盛られ、船からの転落死をすることになります。
読みながら本を破り捨てたくなる、水滸伝最悪のバッドエンド
盧俊義が死んだことは直ぐに朝廷にも報が届きました。ここで蔡京らは
「盧俊義が死んだとなれば宋江は疑いを持ち、も何か良からぬことを企むやもしれません。なので宋江に恩賜の酒を下賜して宋江の怒りを沈めておくのはいかがでしょうか」
皇帝は迷うも、この意見を受け入れてしまいます。そうして届けられた酒には、当然のように毒が盛られていました。
宋江はそれに気付くと、真っ先に弟分、李逵の元に行き、その酒を李逵にも飲ませました。それは、己が毒殺されたことで李逵が暴れ、朝廷に迷惑をかけないため、李逵をも道連れにします。李逵はこれを笑って受け入れ、後にこれを知った呉用と花栄も自害、梁山泊は滅びました。
皇帝は夢で梁山泊らの悲劇、そして臣下の企みを知るも、蔡京らは言い逃れる。せめてと宋江らの墓に直筆で忠節を称える廟を立て、梁山泊は祀られることとなったのでした。悪意は滅びず、悪星は天に還る。その死に納得する者も、納得しない者も、全て等しくこの結果を受け入れるしかないのです。梁山泊の生涯を追ってきた者たちからすれば受け入れがたいエンディング。これこそが、湖の畔の物語なのでした。
関連記事:【水滸伝】梁山泊を壊滅させた最大の敵・方臘とは?死闘の全貌と散っていった好漢たちの軌跡
関連記事:水滸伝のラストが納得いかなくても仕方がない?その驚きの理由とは?
【史実の蔡京】実はただの悪人ではなかった?
……さて、水滸伝に出てくる蔡京は悪徳政治家のイメージそのもののような役回りです。また高俅と違って自分から前に出てこない所が厭らしさを搔き立て、余計に末恐ろしさを感じさせますね。そして最期まで何の咎めもない、これこそが蔡京らを悪役たらしめている要素の一つでしょう。では実際の、史実上の蔡京はどうであったのか?決して「史実では全然違っていいひとなんですヨォ~」ということはありませんが、少しばかり史実の方の蔡京へも目を向けてみましょうか。
北宋屈指の「書道の天才」!現代にも残る芸術的才能
最初にも申し上げましたが、蔡京は書道家の一面があります。宋代の蘇軾、黄庭堅、米芾、そして蔡京。彼らを合わせて四絶と呼ばれるほどの名声を誇っていました。また絵画や詩にも造詣が深く、これらの要素が徽宗に気に入られた理由ではないかと言われています。尚、面白いのが現代にもその書が残っているのですが、現代では逆に酷評されているということ。寧ろ同族の蔡襄の方が高く評価されています。
なぜ民衆からこれほど憎まれたのか?(重税と身内びいきの腐敗)
こうなると何だか根深い恨みを感じますが、事実、蔡京は民衆から非常に恨まれていました。有名なのが花石綱の一件で、徽宗を喜ばせるために大規模な土木工事を行い、造園を行いました。もちろん資金源は民からの重税。更に権力を一族で固め、自分に歯向かう者は「奸党」として被害はその一族にまで及んだとされています。このため多くの人々の怒りが彼へと向けられることになったのは、必然とも言えるでしょう。
金の侵攻と北宋滅亡(靖康の変)の最大戦犯として
更に蔡京は、徽宗朝の末期には実権を長男の蔡攸に譲り、名目上の権力者という立場になっていきます。そのころ進められたのが、金との結びつきでした。この結びつきから北宋政権長年の念願であった燕雲十六州を遼から奪取し、蔡京の一派はさらに勢いを増すことになるのですが……この事が、彼の一族、及び北宋を終焉へと導くことになります。朝廷は、というよりもその実権を握っていた蔡京は、というべきか、彼らは金を侮っていました。盟約を何度も破った宋に対し、金は侵攻を開始。やがて北宋は滅亡することになります。
流罪の道中、大金があっても「誰も食べ物を売ってくれなかった」末路
蔡京一派はこの一件から「六賊」と見なされ、流罪に処されます。既に80歳にもなっていた蔡京は途中で死ぬことになるのですが、これは飢死によるものと言います。なぜならば流罪にあった蔡京はひどく民衆に恨まれており、誰一人として蔡京に食べ物を売ろうとしなかった、これ故の死、それが蔡京の末路でした。この辺り、三国志演義で袁術が蜂蜜水が飲めないままに亡くなるのと似ていますね……。
【考察】物語で裁かれず、史実で悲惨な死を遂げたという強烈な皮肉
ただ蔡京につきまして、流罪の後に死刑の宣告が出されたのですが、当人は既に死んでいたので死刑はなされず。非業とも言える死を迎えたにも拘わらず、人々は蔡京が死罪とならなかったことを悔しがったとまで言われました。それほど、民衆の怒りは蔡京に向いていたのですね。
物語では死なず。実際には死刑にならなかったことを悔しがられた。それほどまでに強い怒りと憎しみをぶつけられていた蔡京という存在。ではどうして物語では凄惨な最期を迎えなかったのか?寧ろそここそが、水滸伝の大きな闇なのかもしれません。
蔡京という巨大な壁が、英雄たちの「散り際の美学」を完成させた
水滸伝で、蔡京という悪役は死ぬことはありません。そればかりか、自らの立場を守るために梁山泊を利用しつくし、最期には処分する。それを咎められても言い逃れ、逃げ逃れる。だからこそ、水滸伝では読者は梁山泊に肩入れしてしまうのではないでしょうか。もしこれで報いを受けて処刑などされていたら、読者は溜飲を下げることでしょう。
しかし逆にそこで梁山泊が賞賛される側に回ってしまっていたら。決して梁山泊らも清廉潔白な人物たちだけではありません。不満の向きどころはどこになるのか。そう考えると、蔡京という人物こそが、梁山泊を英雄にした人物、とも言えるのではないでしょうか。
怒りを通り越して感心すら覚える、彼の「完璧なヒールっぷり」
さて最後に一つ、とてもとても穿った見方で水滸伝を見てみましょう。花石綱の一件を覚えているでしょうか。徽宗は文人として高く評価され、このために造園に必要な珍しい花や木、石を集めさせました。これはかなり強制的に都へ運ばれ、民の生活をひっ迫させる原因となったことでしょう。
それもこれも蔡京が徽宗のご機嫌取りにやったこと!蔡京ってわるいやつだなー!!……果たして、蔡京だけに問題点があったのでしょうか?蔡京は間違いなく悪人です。やったことは許されないことでしょう。民の怒りが向くのも納得です。
では、その怒りの矛先は蔡京だけに向けるべきなのか?
……そういう意味で、蔡京は「完璧な悪役」として描かれたのかもしれませんね。そんな、とてもとても穿った見方なのでした。
関連記事:【水滸伝の時代背景】徽宗朝の混乱の原因となった新法党・旧法党の争いとは何?
関連記事:水滸伝は創作だった?実在した?元ネタから考察する水滸伝の秘密
水滸伝ライターセンの独り言
さてさて蔡京でした。事実、蔡京は水滸伝における悪役なのは間違いないでしょう。では、どうして悪役として立てられたのか。水滸伝は、どうして権力者にも好意的に受けられることがあったのか。こういうことを絡めて見ていくと、また、水滸伝の別の側面も見えてくるようです。
悪役ではあるものの、悪人でもあるものの。果たしてそこに、何の意図もなく描かれていたのか。そういうことを考えさせられる人物ですね。それでは本日も湖の畔で、チャポーン。
関連記事:北方謙三『水滸伝』は原典とどう違う?ドラマから入った人が戸惑う3つのこと























