大刀・関勝とは?関羽の末裔が誇る強さと水滸伝きっての呆気ない最期

2026年10月30日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

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おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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水滸伝 関勝

 

今回の水滸伝人物紹介は、みんな大好き関勝!三国志、三国志演義両方でも人気な武将、関羽の末裔であり、本人も正に「関羽だ……!」といった佇まいと能力の持ち主、関勝。

 

神様になった関羽(関帝廟ver1)

 

三国志演義での関羽の活躍っぷりは有名ですが、ではその末裔である関勝は梁山泊でどのような働きをしたのか?その関勝のプロフィールから、迎える最期までしっかりとご紹介いたしましょう。

 

この記事の目次

水滸伝きっての正統派!「大刀」関勝とは何者か?

三国志を楽しく語るライターセン様

 

まずは前菜として、関勝がどんな人物なのか簡単めにご紹介をば。

 

宋江の夢(水滸伝の主人公)

 

水滸伝の梁山泊らは星の生まれ変わりなのですが、その中でも関勝は天勇星が生まれ変わった姿です。その渾名は大刀、これについては後程。そして関勝の驚くべきポイントは、あの有名な三国志を基にした、三国志演義での登場人物、関羽の嫡流の子孫とされていること。このため武勇に優れている大男で、見目も関羽にそっくりな人物です。

 

三国志の英雄・関羽の末裔!ズルすぎる完璧なビジュアルと設定

京劇の関羽

 

見目が関羽にそっくりと言いましたが、ここがかなりピンポイント。

 

「身長八尺五寸(260cm)、棗のような赤黒い肌、堂々たる風貌をしており、髭も長い」

 

神様になった関羽(関帝廟ver1)

 

う~ん、これは関羽!と言ってしまいそうな完璧なビジュアルの持ち主です。ただ髭だけは関羽とは少し違い、口ひげ、頬ひげ、顎ひげと場所で分かれており、それぞれ長く細く蓄えられている姿。髭だけは後に出てくる朱仝の方が、関羽のイメージには近いと思います。

 

関羽

 

 

トレードマークの「青龍偃月刀」と「赤兎馬(そっくりの馬)」

青龍偃月刀を持つ関羽

 

ここで関勝の渾名、大刀について。関勝は様々な武芸に精通しているのですが、その中でも最も得手とするのが「青龍偃月刀」……そう、関羽の愛用の武器ですね。この事から渾名は大刀となったのです。また愛馬は赤兎馬……ですが、もちろん関羽と同じ馬ではありません。現代ではこの赤兎馬についても研究されており、兎のように素早い、赤い色の馬を赤兎馬と呼ぶことから、良く似た馬だったということでしょう。しかしこの二つが、関勝のトレードマークなのです。

 

序列5位、馬軍五虎将「筆頭」という梁山泊での圧倒的立ち位置

梁山泊(水滸伝)

 

そんな関勝の梁山泊での序列は五位、彼より上位は宋江、盧俊義、呉用、公孫勝と並んでいるため、関勝がどれだけ高い序列に居るのかが分かりますね。また関羽をどこまでもリスペクトしていることも感じ取れます。関羽は蜀の五虎将軍筆頭ですし、関勝も関羽になぞらえて学問にも兵法にも通じ、多くの人物に慕われていました。関勝の凄さだけでなく、この時代においても関羽と言う存在が慕われていたことが読み取れるのではないでしょうか。

 

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水滸伝入門ガイド

 

埋もれた才能の抜擢と、梁山泊との激突

 

正に関羽の血筋に違いない能力を持っている関勝ですが、その能力が世に認められていた訳ではありません。寧ろ、その能力と才能は水滸伝の世界において当初、埋もれていた人物でもありました。そもそもこの関勝、元はとある場でただの一役人という地位に甘んじていたのです。それが梁山泊との戦いで大抜擢されて……という梁山泊入りをするキャラクターの一人です。

 

 

 

蒲東の巡検(小役人)からの大抜擢!宣賛の推挙と蔡京の思惑

 

では関勝の生涯を追っていきましょう。関勝は蒲東県でごく一般的な役人の一人として働いていました。そんなある日、梁山泊に包囲された北京へ援軍を出すことになり、蔡京らが誰を派遣するか悩んでいた所で、宣賛の推薦で梁山泊討伐軍・総指揮官として抜擢されたのが関勝です。この宣賛は東京で歩兵軍大臣をしており、関勝とは昔から付き合いがあって、関勝が優れていることを見抜いていたんですね。

 

蔡京(水滸伝)

 

蔡京は関勝に何か策があるのかと尋ねると、関勝は「まず北京を攻めるのではなく、梁山泊本拠地を叩き、その後に梁山泊包囲軍を叩くべき」と進言。これに蔡京も大喜び、関勝は総大将として梁山泊と対峙することになります。

 

【名シーン】梁山泊の双璧「林冲・秦明」を同時に相手にする規格外の武力

林冲

 

ここで突如始まる名シーン!宣賛が花栄と戦って逃げ戻ることになると、自ら馬に乗って戦いに赴く関勝。関勝に相対せんと飛び出して来たのが、猛将である林冲。

 

ここで関勝は林冲ではなく大将である宋江に出て来いと一喝、出てきた宋江は、奸臣に朝廷は操られている、自分たちが天に替わって正しい道を行おうとしている……と言いました。これに憤る関勝、その関勝に怒った秦明もまた飛び出し、関勝は秦明、そして更に林冲まで同時に相手することになります。梁山泊トップランクの武勇を持つ二人を相手にしての奮戦、関羽の血筋と言っても納得する武勇の高さには、宋江も驚かされるのでした。

 

偽降の計にコロッと騙される?関勝の意外な「素直さ」

はじ三倶楽部 スマホの誤変換でイライラする参加者(はてな)

 

この関勝相手に梁山泊たちはどうするのか……と思いきや、ここで意外な?策略が関勝を襲います。

 

突如、夜に関勝の元を一騎の将軍が訪れました。相対するとその人物、呼延灼と名乗るではありませんか。そう、呼延灼は嘗ては朝廷軍として討伐軍を率いていた人物、その呼延灼が言うには秦明と林冲が関勝との戦いで引き下がったのは、関勝のことを案じた宋江の言だと言うのです。何故なら、宋江自身は朝廷に帰順したいから。

 

しかし他の荒くれたちは中々言うことをきかない、そこで呼延灼と宋江で話し合い、作戦を決めてきたのだ……!ど、どう贔屓目に見ても怪しさしかないのですが……関勝、これを信じる!呼延灼に必ずやその作戦を遂行すると約束し、別れるのでした……素直だな、君。

 

 

宋江の「義」に触れ、一瞬で降伏を決める武人としての潔さ

 

結果から言うと罠でした!(知ってた)

 

呼延灼の策にはまり、関勝だけでなく宣賛と郝思文までも捕らえられてしまいました。ですがここで少し関勝らには意外な展開に。捕縛された関勝らを見て宋江はびっくり、無礼を詫びて、どうか梁山泊入りしてくれないかと勧誘します。関勝はこの義心に感じ入り、梁山泊入りを快諾しました。

 

あまりにも綺麗な寝返りに、読者としてツッコミを入れたくなる瞬間

許チョ(許褚)と曹操

 

ここでちょっと思い出すのが、三国志演義での関羽と劉備の……ではなく、許褚と曹操のエピソード。

 

曹操を守るボディーガード典韋

 

典韋と互角に戦う許褚を曹操は配下に欲しいと願い、罠にかけて生け捕られます。そうして捕縛され曹操の前に引き出された許褚の姿に驚く曹操。「誰がこのような扱いをしろと言った!」と部下を叱りつけて縄を解き、部下の非礼を詫びてから勧誘を行ったことに許褚は感じ入り、それ以後、許褚は曹操の命を何度も救う忠臣となりました。

 

宋江(水滸伝)

 

宋江と関勝のエピソードはこちらに近いのではと思いますね。ただ、三国志演義のこのエピソードは許褚は言ってしまうとただの農民、曹操は一軍の大将。対するに関勝はれっきとした朝廷軍総大将な訳で……ここは少々、唐突感が否めません。ここは暫く朝廷軍への忠義と信頼に背く葛藤……みたいに描写された方がより関勝の忠義心が伺えて良かったのではとか愚考してしまうのですが、皆さんはどうでしょうか?

 

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曹操孟徳

 

 

【最強議論】関勝と林冲、本当に強いのはどっちだ?

林冲(水滸伝)

 

ちょっと考えてみたいのが。梁山泊強さ比べ~!!ここで関勝と林冲の強さはどちらが上か?と考えると、他のメンバーと違って明確に直接対決描写があるため、比べやすい二人でもあります。梁山泊入りをする前の戦いで、林冲、及び秦明が関勝に襲い掛かり、関勝はこの二人を相手に奮戦します。

 

しかし宋江が「長くはもたない、それにあのような二人がかりは不義だ」と判断して中断していますね。宋江が止めたのは、関勝を討たせたくなかったから。互角だったから止めたわけではありません。それでも、梁山泊トップクラスの二人を相手に持ちこたえたのも事実。宋江が止めなければどうなっていたのか……一騎打ちなら、関勝は林冲とも互角以上に渡り合えたのでは……?と、想像したくなるのではないでしょうか。

 

ただここから水滸伝は暫く続いていくことを考えると、個人個人の成長も相まって、一概に判断できないのも面白い所。元が関羽と張飛のオマージュと思うと、この二人はもっと共闘するとこが見たかったですね。

 

北方謙三三国志

 

 

常に最前線!遼国・田虎・王慶討伐での安定した「戦鬼」っぷり

 

さて、梁山泊入りをした関勝、ここから様々な戦場で戦い続けます。特に後半、帰順してからの働きっぷりたるや。遼国との戦いでは張清たちと敵の援軍を打ち破り、幽州城では軍を率いて敵の伏兵を打ち払い、昌平県境では関勝は大将として働き、仲間たちと共に総大将を討ち取りました。

 

田虎討伐戦では呼延灼との熱い共闘、王慶軍との戦いでは再び大将として一軍を率いています。正に、幾多の戦いを生き抜いてきた軍神、と言わんばかりの活躍ではないでしょうか。

 

 

 

なぜ古参の林冲ではなく、新参の関勝が「五虎将筆頭」なのか?

 

そんな関勝なんですから五虎将筆頭なのはもう当然!簡単な話ですね!……とは、まあ、なりませんね。個人的にあくまで新参でありながら関勝が筆頭として扱われている理由は大きく二点あると思います。

 

一つは、関羽の血筋という「血」から。関羽と言えば呉虎……おっと、五虎将軍筆頭、三国志演義のオマージュも多く見られる水滸伝でもありますから、これは三国志演義愛読者であれば「説明しなくても、分かるね?」という作者からのメッセージ、これに尽きます。

 

もう一つの理由は、関勝が武人肌であり、それでいて特に癖がないから……と言うのはどうでしょうか。例えば他のメンバー、秦明や董平はどうにも血気に逸る所があります。林冲は晁蓋たちの梁山泊入りの一件も鑑みると、上の者であってもその立場にそぐわないと牙を剥いてくるしね……呼延灼は嫌な言い方をすると、そもそも朝廷での地位がそれなりにあったから……関勝のように急な抜擢ではない、という特徴があります。そう思うとこの五虎将任命、意外と政治的な面を鑑みているのではないかと思う次第ですね。

 

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方臘の乱での死闘:最凶の宿敵「石宝」との対峙

 

では関勝でも逃れられない方臘戦、そして石宝との戦いまでを話していきましょう。ここまでにも様々な戦いを生き抜いてきた関勝は、方臘戦でも主戦力として戦います。銭振鵬を討ち取るも、直後に高可立らに攻め立てられ、読者は息を呑みますが、ここで宣賛、郝思文らが関勝を救出、長くなった付き合いはいまだ健在ですね。蘇州での一騎打ちでは八騎に選ばれ、劉贇と引き分けるも、睦州では鄭魔君を討ち取る強さを見せました。

 

梁山泊の猛将を次々と葬った死神・石宝(せきほう)の登場

水滸伝の石宝

 

方臘戦は読者の観点から見ても多くの敵が出てきます。同時に多くの、今までずっと一緒にいた梁山泊の強者たちが退場していく場面でもあります。そうして出てくるのが、方臘戦での最大の敵、石宝。読者からすれば、石宝と繰り広げられる関勝の一騎打ちは手に汗を握り、不安も覚える戦いなのは間違いないでしょう。しかしここでは引き分け、お互いの力量を見定め、撤退にて初戦は終了しました。

 

敵の恐ろしさを見抜き、深追いを避けた関勝の「将の器」

 

ここで凄いのは、関勝が深追いをしなかったことではないでしょうか。ここまで如何なる強敵でも退けてきた梁山泊、そして関勝。その戦歴がありながら、ここで関勝は引き分けにして退くのです。この時に退くことのできる強さ、これこそが関勝の強さでもあると思います。また、この後も関勝は石宝と対峙することになります。しかしそこで石宝は相手が悪いと退き、退いた先で敗北を悟って自害するのです。

 

 

義を重んじるからこそ敵将に敬意を払う、大人の武士(もののふ)の美学

 

ここでどうして関勝は、石宝を自らの手で討とうとしなかったのでしょうか。ことここに至るまでに、石宝は幾多の梁山泊の仲間たちを下してきました。仲間を討たれた怒りは、間違いなく関勝にあったことでしょう。

 

しかし、関勝が石宝を自らの手で討つことはなかった。退路を断たれた石宝は、捕縛の辱めを恐れて自刎して果てます。あえて自ら討ち取らず、辱めを受けるかどうかを石宝自身に決めさせた。そう読むなら、それは関勝による義心でしょう。ですが同時に、数多の仲間たちを奪った者へ、「負けを悟らせる」という屈辱感もまた、与えた。そんな二つの心が同時に関勝にはあったのだ……という解釈もまた、してしまいました。義心もあり、怒りもあり。そのどちらも抱いて飲み込めた、それが関勝であるのだと、思いました。

 

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水滸伝入門ガイド

 

 

誰もが言葉を失う、関勝の「あまりに理不尽な最期」

 

長くなりましたが、方臘戦はここで終幕です。梁山泊、いいえ、朝廷に帰順した宋江軍は、凱旋をすることになりました。その中には既にいない者もいましたが、関勝は生き延びました。この乱戦の最中を、そして多くの仲間たちを失って、それでも激戦を生き延びて、凱旋をするのです。ですが、関勝はこの後に退場します。その最期まで、お付き合い下さい。

 

 

地獄の方臘戦を無傷で生き抜いた、数少ない生存者としての栄光

 

前述したように、方臘戦は正に地獄のような有様です。ここまで幾度となく厳しい戦いこそありましたが、梁山泊の仲間たちはそれを乗り越えてきました。その好漢たちが、呆気ないまでに簡単に死んで行くのです。正に「水滸伝」という、舞台からの退場。終幕が近いのだと否応もなく読者へ突きつけられる現実の中で、関勝は生き延びました。そうして、生者には栄光が与えられます。

 

大名府の兵馬総管へ。ついに手に入れた「真っ当な武官」の地位

 

さて関勝、嘗て朝廷側に居ました。能力こそあれど引き立てられることなく埋没し、それが梁山泊相手に抜擢される、が、捕縛されて梁山泊入りをして、その五位の席に座り、更には五虎将筆頭の座を与えられ、そうして朝廷に帰順して、幾多の戦場を生き抜いての凱旋。こうして見ると凄い戦歴ですね。関勝は朝廷により、北京大名府の兵馬総管に任命されることになります。

 

 

衝撃のラスト!「飲酒して落馬」からの病死というあんまりな結末

 

朝廷からの任命、外れ者ではなく、真っ当な地位に関勝は就くことになるのです。ここで関勝は兵士たちにも慕われ、ここから順風満帆に生きていくのかと思われたのですが……その退場は、すぐにやってきました。ある日、関勝は酔っぱらっていました。そうして、馬から落ちて、その時の病により死ぬことになります。あまりにも衝撃が過ぎる、ここまで生きたのに、何故。そう思う以外に何もない結末です。

 

初めて読んだ時の「えっ、嘘でしょ?」という強烈な脱力感

 

関勝の最期ほど、呆気に取られる、という結末はないのではないでしょうか。あんなに活躍して、凱旋までして、まるで春の夜の夢のように、関勝は退場します。華々しい戦いでの散り様ではなく、何かを悟り得たでもなく、かと言って涙誘う陰鬱な犠牲者でもなく、呆気ない死。

 

なぜこのような退場を関勝はさせられたのか?ここで少々邪推をしてみますと、関勝はあまりにも優等生が過ぎたのでは?という点です。軍神・関羽を思い起こすようなキャラクターではありますが、髭殿と違って関勝、さほど我を張ることもなく、気位が高いような描写もなく、他のメンバーのような悪癖もない。「関勝」という人物の描写としては、控えめであったのではないか、振り返るとそう考えました。そうなると「関勝」としての退場は難しい、ですが「関羽」としての退場は凱旋をしてしまったが故にもうできない……じゃあ、もうどうにかしてでも退場させるしかない……!そんな作者への感情を少しばかり、最期に関勝という存在を振り返りつつ、邪推してみた次第でした。

 

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水滸伝ライターセンの独り言

三国志ライター セン

 

今回は関勝についてでした。関勝、強い、軍を率いる能力もある、妻子持ち、慕われている、勉学にも励んじゃう……と要素を散りばめられ並べられているのですが、本人はかなり味付けとしては薄味目なのではないかと思います。何よりも関羽の方がちょっと癖を感じる人物像ですからね……過去の陰鬱さは朱仝が持って行ってしまいましたし。

 

こう考えると水滸伝、癖がある方が良い味が出る……流石は悪星の集まりだ、なんて。関勝を通して再確認した筆者でした。それでは本日も湖の畔で、チャポーン。

 

参考:三国志演義

 

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水滸伝入門ガイド

 

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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