映画『キングダム 魂の決戦』を見て、あの合従軍は本当にあった戦いなのか、気になった人も多いと思います。
秦以外の国がまとめて攻めてくる。話が大きすぎて、さすがに作り話ではないか、と感じるのも無理はありません。先に答えを書くと、合従軍は史実です。
紀元前241年、楚・趙・魏・韓などの国が手を組んで秦を攻め、函谷関で退けられました。ただ、中国の歴史書『史記』に残っている記述は、数行しかありません。映画と原作で描かれた合従軍の大部分は、原泰久先生がその短い記録からふくらませたもの。
この記事では、史記に書かれていることと、漫画・映画で足されたところを並べて見ていきます。どこまでが本当の話か分かると、映画をもう一度見たくなるはずです。
※この記事は映画『キングダム 魂の決戦』と、原作の合従軍編の内容、史実の結末に触れています。映画の情報は2026年9月時点のものです。
この記事の目次
キングダムの合従軍は史実?結論
| 項目 | 史実(史記) | 漫画・映画 |
|---|---|---|
| 年 | 紀元前241年 | 紀元前241年 |
| 参加した国 | 韓・魏・趙・衛・楚(秦始皇本紀)。蕞を攻めたのは趙・楚・魏・燕の精鋭(趙世家) | 当初は楚・趙・魏・韓・燕・斉の六国(途中で斉が離れ、五国で侵攻) |
| まとめ役 | 楚王が従長(盟主)、春申君が取り仕切る | 映画の紹介文では春申君が総大将、仕掛けたのは李牧 |
| 函谷関 | 秦が兵を出し、諸侯の兵は逃げ散った | 戦いの山場の一つとして長く描かれる |
| 蕞(さい) | 龐煖が攻めたが落とせなかった | 秦王政が民を率いて守り抜く |
合従軍があったこと、函谷関で敗れたこと、蕞が落ちなかったこと。この三つは史記に書かれた史実です。逆に、李牧が合従軍を仕掛けたこと、秦の将軍たちの一騎打ち、秦王政が蕞で民を奮い立たせる場面。どれも史記には出てきません。
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史記に書かれた合従軍の記録
合従軍について書かれているのは、史記の三つの篇です。どれも短いので、要点を現代語で紹介します。
秦始皇本紀
秦王政の六年、韓・魏・趙・衛・楚が一緒に秦を攻め、寿陵を取りました。秦が兵を出すと、五国の兵は引き上げました。秦の側から見た記録は、これだけ。
春申君列伝
楚の考烈王の二十二年、秦の攻撃が止まないことに困った諸侯が合従して、西の秦を攻めました。楚王が従長となり、春申君が実務を取り仕切ります。函谷関まで来たところで秦が兵を出し、諸侯の兵はみな敗れて逃げました。楚王はこの失敗を春申君のせいにして、春申君はそれから遠ざけられたといいます。
趙世家
龐煖が趙・楚・魏・燕の精鋭を率いて秦の蕞を攻めましたが、落とせませんでした。そこで向きを変えて斉を攻め、饒安を取っています。三つを合わせて、原稿用紙1枚に届くかどうか。漫画では、合従軍編に9巻ほどを使っています。夏休みの絵日記に「海に行った」と一行だけ書いてあるのを、9巻の大冒険にしたようなものです。
面白いのは、篇によって参加した国の顔ぶれが違うことです。秦始皇本紀には衛が入っていて燕がありません。趙世家の蕞攻めには燕が入っています。どちらが正しいのか。史記の中でも、答えは出ていません。

合従軍と函谷関・蕞の位置関係(『史記』の記録をもとにした模式図。作図:はじめての三国志)
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漫画・映画で足されたところ
李牧は合従軍に出てこない
映画でも漫画でも、合従軍を仕掛けたのは趙の李牧です。ところが史記の合従軍の記録には、李牧の名前がありません。史記で趙の将として名前が出てくるのは、蕞を攻めた龐煖です。
このころの李牧は、史記では燕を攻めたり、北で匈奴に備えたりしています。李牧が秦の軍を大きく破るのは、合従軍の8年後、桓騎との戦い(紀元前233年)です。合従軍の頭脳に李牧を置いたのは、原先生の創作だと考えられます。たしかに、物語としてはこちらの方が筋が通ります。馬陽で王騎を討った李牧が、次はもっと大きな手で秦を追い詰める。史記の空白を、李牧と秦の因縁の話で埋めたのではないか、と。
斉は合従軍に入っていない
作中では斉も合従軍に加わり、途中で抜けます。史記では斉は最初から入っておらず、蕞を落とせなかった合従軍に攻められる側でした。
蕞で民を率いる秦王政
蕞の戦いで、秦王政が自ら城に入り、民に語りかけて守り抜く場面があります。原作でも屈指の名場面です。史記に残っているのは、龐煖が蕞を攻めて落とせなかった、という一文だけ。秦王政が蕞にいたという記録はありません。一文から、あの場面を立ち上げたわけです。ここ、しびれました。
登場人物の実在と創作
合従軍で活躍する人物には、実在の人と原作オリジナルが混ざっています。
春申君は合従軍の記録そのものに、龐煖は同じ年に蕞を攻めた記録に名前があります。麃公は実在の秦の将軍ですが、合従軍に加わった記録も、最期の記録も史記にはありません。汗明は『戦国策』に春申君を訪ねた人物として出てきますが、将軍ではなく弁舌の人でした。媧燐と万極は、原作のオリジナルキャラクターです。
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合従軍はなぜ秦に負けたのか
では、合従軍はなぜ負けたのか。史記は理由を書いていません。ここからは、記録から読める範囲の考察です。
一つ目は、函谷関という場所。函谷関は深い谷の間を抜ける関所で、大軍が一度に通れません。数で押す合従軍には、いちばん相性の悪い戦場でした。
二つ目は、寄せ集めだったことです。国ごとに事情が違い、自分の国の兵を減らしたくない。秦が本気で兵を出したとたんに崩れたのは、そこを突かれたのだと思います。
敗れたあとの楚の動きも、史記に残っています。楚世家によると、盟主の楚は合従軍に失敗したこの年に、都を東の寿春へ移しました。秦から遠ざかる引っ越しです。
合従軍は、秦を止める最後の好機だったのかもしれません。諸国が大軍をそろえて秦に向かった合従は、これが最後になりました。
映画『魂の決戦』の続きは原作の何巻から?
原作の合従軍編は、25巻の前後から33巻ごろまで続きます。映画『魂の決戦』が原作のどこまでを描いたかは、映画の範囲と、続きを読むなら何巻からかを、別の記事でまとめています。
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キングダムの合従軍でよくある質問
キングダムの合従軍は実話ですか?
実話です。紀元前241年に楚・趙・魏・韓などが手を組んで秦を攻め、函谷関で敗れたことが『史記』に書かれています。李牧の作戦や将軍たちの一騎打ちは、原作の創作です。
合従軍の総大将は誰ですか?
史記では、楚王が従長(盟主)で、楚の宰相の春申君が実務を取り仕切りました。実際に軍を率いた人物として名前が残っているのは、趙の龐煖です。
合従軍に参加した国はどこですか?
史記の秦始皇本紀では韓・魏・趙・衛・楚、趙世家の蕞攻めでは趙・楚・魏・燕です。斉は参加しておらず、合従軍に攻められました。
函谷関の戦いは何年ですか?
紀元前241年です。秦王政が即位して六年目にあたります。
キングダムライターおとぼけの独り言
史記を読み返して驚くのは、司馬遷の書きぶりの淡々としたところです。秦の滅亡がかかった戦いでも、結果だけ書いて次の年へ進んでしまう。司馬遷にとっては、秦が勝って合従軍が散った、という結果がすべてだったのでしょう。
その隙間に、李牧の作戦や麃公の突撃や蕞の民を詰め込んだのが原先生です。映画を見て胸が熱くなったなら、半分は史実の重さで、もう半分は隙間を埋めた想像力の重さなのかもしれません。それでは兄弟たちよ、また次の記事でお会いしまっせ!






















