三国志には様々な群雄達が出現し討伐されていく時代でした。
この群雄割拠の時代、曹操(そうそう)の幼馴染で
ライバルとして立ちはだかった河北の覇者・袁紹(えんしょう)。
彼は名家の家に生まれ後漢王朝では名声を持ち、財力もあり最高の状態で群雄として
君臨することになります。
しかし宦官出身で名家ではない曹操に敗北してしまいます。
曹操に敗北した原因として袁紹の優柔不断な性格が挙げられることが多いのですが、
果たしてそれだけが原因なのでしょうか。
今回は曹操に敗北してしまった袁紹の戦略にスポットを当ててみたいと思います。
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名家出身の袁紹
袁紹は名家である袁家の出身です。
彼の家は後漢王朝で四世に渡って三公を輩出した家として知られており、
彼はこの名家の名声と財力をもって黄巾の乱が鎮圧された後に群雄として
割拠することになります。
彼が自ら割拠する土地として目をつけたのは中国の北方で三国時代の中国では河北と呼ばれる
地域で勢力を拡大しようと目論みます。
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根拠地を河北にした理由とは
袁紹が根拠地を出身地である汝南(じょなん)ではなくて、河北と呼ばれる地にしたのでしょうか。
この理由はスーパーチート皇帝であるあの人の戦略を真似たのではないかと考えられます。
その人物とは光武帝・劉秀(りゅうしゅう)です。
彼は河北で勢力を拡大し幽州の精強な騎馬隊や優秀な人材達を配下に加え、
河北全土を手中に収めると天下統一へ向けて驀進していきます。
袁紹も彼を見習って河北に勢力を置くことで、劉秀の時代に活躍した異民族中心の騎馬隊を
手に入れ、優秀な人材を集めて天下の覇権を狙っていたのではないかと考えられます。
また二つ目に考えられる理由としては黄巾の乱で土地や人心が意外と荒廃していない点では
ないでしょうか。
黄巾の乱は荊州(けいしゅう)・豫州(よしゅう)・冀州(きしゅう)を中心に起きた反乱ですが、
意外と他の北の地域では戦乱のダメージが残っておりませんでした。
そのため袁紹は黄巾の乱で荒廃している荊州・豫州近辺で群雄として割拠するよりも
北のあまり戦乱のダメージだ残っていない地域で群雄として割拠する方が、
力を蓄えやすいと考えて北に行ったと思われます。
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後漢王朝を真似た統治方法
袁紹は自らの戦略に沿って北に行って群雄として割拠するとあの手この手を使って
ライバルたちを叩き落として領土を拡大していきます。
そして袁紹の最大のライバルで白馬の騎兵隊を率いていた公孫賛(こうそんさん)を
滅ぼすことに成功すると河北全土を統一することに成功しますが、
どのようにして広大な中国北部を統治していたのでしょうか。
彼の統治方法は独創的なものを導入しているのではなく、後漢王朝のやり方を真似たのもでした。
後漢王朝は蜀の諸葛孔明が行ったような法治主義を取り入れるのではなく、
配下の将軍や参謀達のミスもしっかりと厳罰に処するのではなく、
「ちょっとしたミスくらいならしょうがないよね」と言って許してしまうような
ゆる~い統治を行っておりました。
また人材の意見も全て聞いて上げるようなやり方で、
彼の名声を慕って集まってきた人材を確保していたので、
優秀な人材達は彼のそのような態度が気に食わず去っていくことになってしまいます。
彼の元を去って歴史に名を残した人物は曹操軍の軍師として活躍した郭嘉(かくか)や
荀彧(じゅんいく)らの名前が挙げられます。
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三国志ライター黒田レンのひとりごと
袁紹の戦略はあまり大きな誤りは無かったのではないのでしょうか。
ゆる~い政治を行っていたことで、
民衆からも嫌われることなく多くの人材が彼の名声を慕ってやってきます。
彼らは自らの意見をしっかりと聞いてくれる袁紹を好むとともに
名家についていれば乱世の時代を乗り越えることができるであろうという予測から、
多くの人材が集まってきます。
袁紹の名声は非常に頼りになる物の一つであった事はこれらでわかっていただけると思います。
これはある程度の袁紹の戦略が間違えていなかったことを示されているとレンは思います。
しかし乱世の時代ではこれらの武器では勝ち抜くことができなかったことも事実として
立証されることになってしまいます。
参考文献 朝倉書店 十八史略で読む 三国志 渡邉義浩著など
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