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「龐統と法正」蜀の最強軍師を決めてみた!?

2019年7月15日


 

法正

 

龐統(ほうとう)法正(ほうせい)正史三国志(せいしさんごくし)では一緒に列伝が立てられている二人。

 

司馬徽とホウ統

 

龐統(ほうとう)司馬徽(しばき)から「鳳雛(ほうすう)」と呼ばれた人物で、益州(えきしゅう)攻略戦で劉備(りゅうび)を支えた軍師です。

 

法正に敗れる夏侯淵

 

法正(ほうせい)定軍山の戦い(ていぐんざんのたたかい
)
で劉備にアドバイスをして勝利をもたらした軍師です。劉備を支えた二人の軍師ですが、一体どちらが最も優れた軍師なのでしょうか。黒田レンの独断で決めてみたいと思います。

 

自称・皇帝
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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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益州攻略へ

龐統

 

今回は正史三国志を参考に龐統と法正を比較して、最強軍師を決定したいと思います。まずは龐統の実績から紹介していきたいと思いますが、初めに益州攻略戦が行われた契機をざっくり紹介しましょう。

 

ゆるキャラ龐統

 

龐統は赤壁の戦いの後、劉備が南荊州を占領した頃に仕えます。龐統が劉備に仕えた頃、益州の主・劉璋(りゅうしょう
)
と漢中の張魯(ちょうろ)が戦を繰り広げていました。だが劉璋軍は張魯軍に連戦連敗で勝つことができませんでした。

 

劉璋と劉備

 

そのため劉璋は同族の劉備へ張魯を討伐してほしいと依頼が舞い込んできます。劉璋の使者・法正は劉備へ「益州を奪ってほしい」と劉備へ提案。

 

龐統

 

劉備は益州を奪うことに迷っていましたが、諸葛孔明(しょかつこうめい)や龐統らが「益州を奪って、曹操に対抗するべし!!」と強く提案されます。劉備は諸葛孔明や龐統らの提案を受け入れ、劉璋の依頼に応えつつ、益州を奪取する作戦を実行に移します。こうして益州攻略戦が開幕されることになり、劉備を大将として龐統が軍師として出陣するのでした。

 

 

 

三計を提案

宴会をして劉備をもてなす劉璋

 

劉備率いる益州攻略軍は途中で劉璋からおもてなしを受けます。この時龐統は劉備へ一つ目の計画を提案。それは「この場で劉璋を捕えて殺害してしまえば、益州を簡単に制圧することができるでしょう」と言う計画です。

 

龐統

 

劉備は龐統へ「私は益州に来たばかりで、民衆へ徳をほどこしていないからその作戦はやらない!!」と拒否。龐統は劉備に作戦を却下されてしまった為、その場を後にします。その後龐統は劉璋が劉備の元を去った時、再び劉備へ計画を提案。二つ目の計画は「わが軍の精鋭部隊を選んで昼夜兼行で劉璋の居城・成都を攻撃するのがいいでしょう。

 

法正、劉璋、劉備

 

劉璋は武略が無いので簡単に成都を落とせるはず。」と計画案を示します。しかし劉備は二つ目の計画もあっさり却下してしまいます。そのため龐統は「では白水関を守備している将軍達をおびき寄せて殺害し、守備兵を吸収してから成都攻略をするのはいかがでしょうか。」と三つ目の計画案を提示。

 

劉備に降伏する劉璋

 

すると劉備は龐統が提示した三つ目の計画案を採用し、白水関の守備隊長達を殺害し、劉璋の居城・成都へ向けて進軍を開始します。ここまで龐統が計画した作戦は状況に応じた作戦を立案しており、彼の戦術が優れていると言えるでしょう。

 

 

雒城攻略戦で戦死

龐統

 

龐統は自分が計画した作戦で劉備を補佐し、次々と益州の城を陥落させながら成都へ接近し、成都の最終防衛ライン・雒城へ到着します。

 

龐統

 

雒城には多くの将軍や兵士達が籠城し、劉備軍に対して徹底抗戦の構えを見せます。龐統は劉備軍を率いて何度も攻撃しますが、雒城を落せませんでした。

 

龐統と的盧

 

その後龐統は幾度目かの雒城攻撃の際、敵兵が放った流れ矢にあたって亡くなってしまいます。享年36歳でした。

   

 

漢中攻略戦を提案

法正

 

ここからは法正の軍師としての功績を紹介したいと思います。法正は曹操が漢中を攻略した後、引き揚げた事を知ってすぐに劉備へ進言。法正は「曹操は漢中を奪ったにもかかわらず、益州へ攻撃しないで引き上げていきました。

 

法正

 

その理由は曹操の領内で何事か大きな問題が発生したからだと思われます。そこで殿は全軍で出陣し、漢中を守っている夏侯淵(かこうえん)張郃(ちょうこう)らに攻撃すれば、容易に勝つことができるでしょう。」と劉備へ作戦を提案。

 

法正

 

更に法正は「漢中を占領すれば、農業を盛んに行って国力増加をしつつ、曹操に隙があればすぐに出陣して、涼州(りょうしゅう
)
雍州(ようしゅう
)
を奪います。また曹操に隙が無くても漢中をしっかりと守っていれば、曹操も簡単に攻撃出来ません。

 

法正

 

すぐに殿は漢中攻略するべく出陣するべきです」と漢中の重要性を説明し、劉備へ漢中攻略戦をするよう勧めます。劉備は法正の作戦案を採用し、漢中攻略戦へ出陣することになります。

 

定軍山包囲作戦と焼討ち作戦を併用

法正

 

法正は劉備の軍師として漢中攻略戦へ出陣。劉備は陽平関へ入城後、法正の作戦に従って漢中の防衛拠点として夏侯淵らがこもっている定軍山を包囲します。法正は定軍山包囲作戦を展開しながら、走馬谷にある魏の陣営を焼き払うように劉備へ進言。

 

法正

 

劉備は夏侯淵が構築した走馬谷の陣営へ火をかけて焼き払います。夏侯淵は走馬谷の陣営が劉備率いる軍勢に攻撃を受けて焼かれている事を知ると、急いで消火活動をするべく出陣しますが、劉備軍と遭遇し戦闘が行われます。

 

五虎大将軍の黄忠

 

この時、法正は黄忠(こうちゅう)を高所へ登らせて、下にいる夏侯淵の軍勢へ逆落としの攻撃します。

 

黄忠VS夏侯淵

 

夏侯淵の軍勢は黄忠率いる軍勢の逆落とし攻撃を受けて大混乱に陥ってしまいます。

 

法正と夏侯淵

 

夏侯淵は軍勢を立て直すために指示を出していましたが、黄忠に討ち取られてしまいます。張郃は夏侯淵が討ち取られてしまった為、定軍山を放棄し、陽平関へ向かって退却。劉備軍は張郃が放棄した定軍山を占領し、漢中の防衛ラインを手に入れることに成功します。

 

結局龐統と法正どっちが最強軍師??

三国志ライター黒田レン

 

さて二人の実績を出し終えた所で、蜀の最強軍師を決めたいと思います。レンが決める蜀の最強軍師は法正だと思います。なぜ法正なのか。

 

黒田レン

 

それは魏の大物・夏侯淵を討ち取った事と蜀の守りの要となった漢中を奪い取った戦術をアドバイスしている点が、龐統よりも優れた戦術能力を持っていたと考えたからです。龐統は益州攻略戦の枠組みを決めた点において、素晴らしい作戦描いて披露します。

 

法正と劉備

 

だが龐統は雒城攻略戦の時、愚直に攻めるばかりで策を提案できなかった点がマイナスポイントになってしまった為、法正を蜀最強軍師といたします。これはレンの独断なので、ご了承ください。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

最後に正史三国志の作者の陳寿(ちんじゅ)は龐統と法正にどのような評価を与えているのか紹介して終わりたいと思います。まず龐統から紹介しましょう。

 

晋蜀の産まれ 陳寿

 

陳寿は「龐統は人物評価が好きで、経略と策謀に優れている」と高い評価を与えています。次に陳寿は「法正は失敗と成功をしっかりと見極め、図抜けた計画や術策の持ち主だった」と法正を評価。龐統と法正はどちらも高い評価を陳寿から受けており、二人とも優れた軍師だったと思います。

 

皆様はどちらが蜀最強の軍師だと思いますか。

 

■参考文献 正史三国志魏書など

 

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法正

 

 

 

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