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はじめての三国志

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2話:無敵の騎馬軍団を初めて軍に取り入れた趙の武霊王

この記事の所要時間: 255




秦帝国の版図(紀元前210年)

 

三国志を遡る事、400年前、中国を初めて統一したのが秦の始皇帝です。

当時の中国は、戦国七雄と呼ばれた、秦、趙、魏、韓、楚、斉、燕の7国が

群雄割拠して、天下統一へ鎬を削っていました。

 

前回記事:中国最古の王朝 殷とはどんな国だったの?




戦国の七雄 勝ち残ったのは? 当時の戦い方についてもっと簡単に!

始皇帝 はじめての三国志

 

秦は、それらの6カ国を抑え紀元前221年に中国を統一します。

 

その原動力になったのは、無敵と恐れられた秦の軍隊でした。

アニメ、キングダムでも描かれたように、秦は手柄を立てた兵士には、

惜しげも無く褒賞を与え、どんどん上級の軍人に抜擢しました。

 

キングダムの主人公、信も、元は奴隷の身分から剣の腕1本で這いあがり、

100人隊長、1000人隊長と出世しています。

 

この、身分に囚われず、手柄を立てたものに惜しげも無く褒美を与える

という秦の方針は、兵士のやる気を引き出したのです。




秦が何故、ここまで最強だったのか?

三国志 戦場

 

そして、もうひとつ、秦を強くしたのは、10000騎と称された

無敵の騎馬軍団でした。

 

歩兵が主体の春秋戦国時代の軍隊では、突破力のある騎兵は、

戦争の形勢を変える程の大きな働きをしたのです。

 

ですが、この騎兵を始めて採用したのは、実は秦ではありませんでした。

馬に車を引かせるという従来の漢民族の戦法を激変させたのは、

七雄の1国、趙の武霊王その人です。

 

七雄の1国、趙の武霊王のワンポイント解説

騎馬兵 騎馬軍団

 

武霊王の治めた趙の周辺には狄という騎馬民族の小国がありました。

彼等が率いる騎兵は、戦車と歩兵が主体の趙軍を何度も打ち破ります。

 

それでも、武霊王以前の趙は中華のプライドから、

狄国の騎兵を真似しようとは考えませんでした。

 

いくら強くても野蛮人の戦いを真似できるか」というのです。

 

しかし、武霊王は、革新的で柔軟な人物でした。

そして、中国で初めて、騎馬による軍隊を趙に取り入れるのです。

 

騎馬軍隊の戦い方

胡服騎射

 

歴史の教科書ではこれを「胡服騎射(こふくきしゃ)」と言っています。

 

胡服(こふき)とは、ベルトにブーツに、ズボンという馬に乗るのに都合がいい

騎馬民族の衣装の事で、騎射は馬上から弓を放つ事です。

 

ところが新しい戦法に伝統に固執する趙の貴族には反対が続出します。

特に、反対したのは武霊王の叔父でした。

 

武霊王は、強権を使わず、病気と称して王宮に登らない叔父の自宅に

何度も訪ねて、胡服騎馬射がいかに趙を強くするかを説きました。

 

頑固な叔父も、武霊王の熱意に折れ、渋々、胡服して王宮に参内するのです。

ここに、準備は整いました、武霊王は、騎兵の全力を以て狄国を攻め、

これを滅亡に追い込んでいます。

 

武霊王がもし生きてたら歴史は変わっていた

三国志 架空

 

この頃、趙以外の国は以前として、歩兵と戦車の軍隊でしたから、

武霊王が、長生きしていれば、無敵の騎兵を駆使して、

秦の始皇帝を待たずに中国を統一していたかも知れません。

 

武霊王の悲劇の最期

三国志 歴史 老いには勝てず

 

残念な事に武霊王は、王位継承で毅然とした態度を示せず、

実の息子に宮殿を包囲され、餓死させられるという悲劇の最期を迎えます。

 

こうして、趙がゴタゴタしている間に騎馬兵は、周辺の国に広まり、

趙国の軍事的な優位は崩れてしまったのです。

 

もし、武霊王が長生きしていたら、天下を統一したのは趙で、

秦の始皇帝の出番は無かったかも知れませんね。

 

次回記事:秦が中華統一できたのは秦が三流国家だったから?

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歴史ライターとして、仕事をし紙の本を出して大当たりし印税で食べるのが夢です。

もちろん、食べるのはサーモンです。

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