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141話:牛頭山の戦い【全訳三国志演義】

2021年5月11日


 

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すぐに戦争したがる姜維

 

夏侯覇(かこうは)を得た姜維(きょうい)は、羌族を味方につけて雍州(ようしゅう)の魏軍を追い払おうと考えます。しかし、費禕(ひい)は雍州を魏から分断しようという姜維の戦略に難色を示し、今は漢の社稷(しゃしょく)を守るべき時、いちかばちかの賭けをする時ではないと反対しました。

 

2つの持論を展開する費禕

 

それに対し姜維は、人生は短くいつかと言っていては、中原の回復は出来ないと言い、激しく対立します。劉禅(りゅうぜん)は姜維の意見を採用し、見事雍州を分断して奪い忠義を見せよ、決して途中で意気を挫くでないと激励します。

 

こうして姜維と夏侯覇は、牛頭山(ぎゅうとうざん)の戦いに突入していくのです。

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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麴山に2つの城を築く

 

劉禅の勅命を受けた姜維は、夏侯覇と共に漢中に戻り出陣の準備に取り掛かります。姜維は最初に使者を羌族の所へ派遣し協力を取り付けたうえで、西平関から出撃して雍州に迫ろうと考えます。

 

その前に上邽の陳泰(ちんたい)、長安の郭淮(かくわい)に備える為、途中の麴山の麓に2つの城を築いて守備兵を置き、互いに助け合う体制を整えその後に兵糧をことごとく蜀の国境まで押し出し、順次兵を進める事にしました。

 

こうして、?山に東城と西城を完成させ、句安(こうあん)(りきん歆という2人の将軍に15000の兵力を与えて守備させます。

 

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句安と李歆が早くも窮地に

行軍する兵士達b(モブ)

 

麴山に姜維が城を築いた情報は、すぐに長安の郭淮の下に届きました。郭淮は、この事を洛陽に知らせると同時に部下の陳泰に5万の兵と数十人の将校をつけ東城及び西城を攻撃させます。

 

句安と李歆は陳泰の大軍に怯む事なく、戦い続けますが、魏軍は大軍で将校も多く、蜀は兵数も将校も少ないので次第に追い詰められ籠城を余儀なくされました。蜀軍を城に閉じ込めた陳泰は漢中からの補給を断ち切り、蜀軍は飢えに苦しみます。

 

ここで郭淮も援軍として到着、麴山の地形を見ると顔に喜色を浮かべました。

 

魏の将軍、郭淮(かくわい)

 

「麴山は標高が高く、水源は麓にしかなかろう。蜀兵は水を汲む必要があるはずだ、上流に堤を築いて水を堰き止めれば、蜀兵は飢えと渇きに苦しんで自滅するに違いない」

 

陳泰は郭淮の指図通りに川の上流を堰き止めると、東城と西城の水は止まりました。こうして、句安と李歆の軍勢は、飢えと渇きに苦しめられます。

 

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全訳三国志演義

 

李歆、命懸けで魏の包囲を突破

洛陽城

 

飢えと渇きに耐えかねた李歆と句安は、何度となく打って出て魏軍の包囲を突破しようとしますが、毎回のように押し込まれて、より飢えと渇きが深刻になる悪循環に陥ります。

 

句安「魏に包囲されて長いというのに、姜都督の援軍がこれほど遅いのはどういう事であろう?」

 

李歆「このままでは全滅、こうなったら討死覚悟でわしが精鋭数十騎で突破を敢行し、味方の様子を見て参ろう」

 

こうして、李歆は数十の精鋭を率いて城を出て魏軍に突撃します。

 

魏軍は猛烈に反撃しますが、死を覚悟した李?はやみくもに槍で突き続けて血路を開き、重傷を負いながら包囲を突破していきました。

 

八甲田雪中行軍遭難事件(雪山)

 

この後、天はどんよりと重くなり、大雪が降り始めます。水不足に苦しんでいた東城と西城の蜀兵は、雪を溶かして飲み水にし、しばらく生きながらえる事が出来ました。

 

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羌族は救援に来ず姜維は苦り切る

羌族に援軍してもらうよう使者を出す姜維

 

李歆は重傷を負いながら西山の間道を2日間ほど通り抜けると、バッタリと姜維の軍勢に出会い、馬から転げ下りて平伏します。

 

病気になった兵士

 

「姜都督!東城と西城は賊の包囲を受け、水と食料を断たれて苦しんでおります。

先頃は、幸運にも大雪が降りようやく一息つきましたが、もう一刻の猶予もございませぬどうか、早く援軍を!」

 

姜維

 

姜維「わしとて、いたずらに援軍を遅らせているのではない。頼みにしている羌族が、いまだやってこないので遅延していたのだ…」

 

姜維は苦り切った顔をしますが、李歆を労い病気の治療を受けさせました。

 

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夏侯覇の計略

自信のある夏侯覇

 

味方の窮地に待つ事しか出来ない姜維は弱り切り、副将の夏侯覇に相談します。

 

「羌族の援軍は未だ至らず、賊共の軍は麴山の両城を包囲し、風前の灯…仲権殿、なにか妙案はござらぬか?」

 

夏侯覇「確かに羌族が来るのを待っていては、両城は陥落してしまいます。聞けば、陳泰と郭淮は大軍で麴山を包囲している様子、おそらく、雍州から兵力は払底していると考えられます。そこで、姜都督は兵を率いて真っすぐに牛頭山に向い、雍州の背後に回りこんで下さい。さすれば、郭淮、陳泰は空になった雍州を救うべく?山の包囲を解くは必定。これぞ魏を苦しめ漢を救う法にて、魏賊が苦戦するようなら雍州は我が物となりましょう」

 

これを聞いて姜維は喜び、早速兵を整えて猛然と牛頭山へと進軍します。

 

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読まれていた計略

軍会議で的確に作戦指示を出す陳泰

 

これが孔明(こうめい)の計略なら、百発百中なのでしょうが夏侯覇の計略はそうはいきません。陳泰は李歆が魏軍を突破した時点で、こう郭淮に進言しました。

 

「姜維が背後にいながら麴山の救援に来ないのは、羌族の援軍が未だ至らないからに相違ありません。この状態で李歆が姜維に救援を請えば、姜維は我々が雍州を空にして麴山を包囲していると考え牛頭山を奪い我々の背後を断とうとするでしょう。そこで、郭将軍は洮水(とうすい)に出て兵を固め、敵軍の糧道を断って下さいませ。私は軍勢の半ばを割いて、一気に牛頭山で姜維を迎え撃ちます。姜維めは糧道が断たれたと知れば退却していきましょう」

 

さて、そうとは知らずに喜び勇んで牛頭山を目指す姜維の軍の先鋒で期せずして鬨の声が上ります。もちろん、迎撃の為に待ち伏せていた陳泰です。

 

キラー陳泰

 

陳泰「やーいばーか!わしの裏をかいて雍州を奪えるとでも思ったか?

 

このオタンコナスめ、悔しかったら掛かってこんかい!

うんこちん〇ーん!」

 

陳泰の悪口に逆上し、姜維が槍をしごいて陳泰に飛び掛かると、陳泰は3合も打ち合わないうちに退却、姜維はそれを追い駆けますが、陳泰は山の上に陣取り守りを堅くして動きません。

 

これに対して、姜維も牛頭山のすそに陣営を築いて、連日小競り合いを続けますが、副官の夏侯覇が不安な表情をして忠告します。

 

北伐したくてたまらない姜維

 

「姜都督、ここは久しく留まる場所ではございません。陳泰が、我が軍を挑発しつつ、ここから動かないのは、何か別の策あっての事、ここは早急に引き上げましょう」

 

姜維はしまったと気づきますが、時すでに遅し、郭淮の軍勢が洮水に留まり、蜀軍の補給を遮断してしまっていたのです。

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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