「はじめての孫子」第6回。今回は「形篇」です。
戦争を国の存亡に関わる重大事として、戦わずして勝つことを至上とした孫子。
もし、どうしても戦わなければいけない時は、敵軍と自軍の戦力に関する情報をきちんと踏まえた上で、
勝つ算段をつけてから戦わなければいけないと、孫子は説いています。
しかし、いくら勝てる算段があっても、闇雲に敵を攻撃するばかりでは、勝てる戦も勝てません。
はたして、孫子の説く『必勝』の構えとは、いったい……?
前回記事:【はじめての孫子】第5回:戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり
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この記事の目次
「形篇」の要点
・防御は最大の攻撃
・勝敗は開戦前に決している
・戦場の広さや距離、必要な兵力と物資の量をきちんと把握すべし。
守ることはたやすく、攻めることは難しい
実際の戦場にあって戦いを始めるにあたっては、まず守りの陣形を固めなければいけない。
孫子は、実戦における姿勢の基本は守備の姿勢であると言います。
なぜ、守るほうが攻めるよりも重要なのでしょうか?
図は、古代ギリシャの時代によく使われていた『ファランクス』と呼ばれる陣形です。
ご覧の通り、歩兵が大きな盾と長い槍を持って密集し、そのまま突進攻撃を行うというものです。
盾でしっかり守られていますから、遠くから弓を持って攻撃しても有効打は与えられませんし、
近接戦闘をしようにも、この槍より短い武器ではアドバンテージが得られません。
攻撃され難いということは、=味方の犠牲を最小限に抑えるという効果があるわけです。
城や砦が丘や山の高いところに造られるのも、守備を念頭においてのことです。
攻め手は斜面を昇りながら戦わざるをえず、これはかなり不利な体制です。
そこで、攻め手はいろいろと試行錯誤して敵の守備を崩す必要に迫られるわけです。
このような理由から、戦場での戦いは、必然的に攻め手が先手を取って動き、
守備側は後手に回って相手の出方を見るという展開になっていきます。
がっちりと守りを固めることで、守備側は相手の動きを良く観察する機会を得ます。
攻撃側が勝利を得るためには、なんとか相手の防御を崩そうと、
あれやこれやと手を打たざるを得ません。
しかし、動き回ることで、自ずとその陣形は乱れて隙を生むことになります。
孫子はこのように述べています。
『機を見ることに長けた優れた将軍は、
まず守りの姿勢をしっかりと固めた上で、相手が右往左往するうちに隙を見せるのを待つ。
そして隙ができたらその気を逃さず攻める』
孫子の兵法においては、まさに「防御は最大の攻撃」ということができる、という訳です。
勝つために最も大切なことは智謀でも勇気でもなく、緻密な計算
戦わずに勝利を得ること、それが孫子の兵法の奥義です。
そして、孫子はこうも言います。
真に戦いに長けた者は、相手を知った上で、
漠然と見ているだけではつかむことのできない勝機をはっきりと見分けている。
それを見分けることができるものは開戦前にすでに勝っているのであり、
それを見分けられないものは最初から負けている、と。
だから、戦いに勝つのに本当に必要なのは智謀でも勇気でもないと、孫子は述べています。
本当の意味での勝利者は、最初から勝つ戦いで勝っただけのことなのですから。
人々が褒め称えるような智謀も勇気も、そこには入ってくる余地はないというわけです。
戦場では「度・量・数・称・勝」をきちんと考えて戦わなければいけない
人心を統一させるような立派な政治(道)
軍政をきちんと管理すること(法)
戦争に勝つには、まずその二点を抑えることが前提だと孫子は言います。
その上で、彼は実戦において勝利を得るために考えるべき、5つの要点を挙げます。
ひとつ目は、戦場の広さや敵味方の距離を考えること(度)
ふたつ目は、「度」の結果から戦場に投入すべき物資の量を考えること(量)
みっつ目は、「量」の結果から得られる兵士の動員数を考えること(数)
よっつ目は、「数」の結果を踏まえて、敵味方を比較すること(称)
以上の考察をもって、最終的に敵味方のいずれが勝つかを算段すること(勝)
こうして十分に勝算を練りあげて戦に挑めば、その勝敗は秤にかけたように明らかなものになる……
孫子はこのように述べています。
勝算に基づいて守りに徹した司馬懿
三国時代、孔明による度々の北伐に対し、前線指揮官であった司馬懿(しばい)は守勢に徹しました。
敵が守りを固めて動かないことに業を煮やした孔明は、
司馬懿に女の着物を送りつけ『おまえは女々しいやつだ』と挑発しますが、
司馬懿はその挑発に乗ることはありませんでした。
司馬懿は魏と蜀の戦力差を計算し、魏が蜀に負けることなどないと確信していました。
だから、彼は無駄に犠牲を出す攻めの姿勢に転じることなく、
常に守勢に回って蜀軍の攻撃をかわすことに徹したのです。
自軍よりも精強な敵が守りに徹してしまっては、攻撃する側に打つ手はありません。
結局、魏は勝つべくして勝ち、蜀は負けるべくして負けたのです。
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三国志ライター 石川克世の独り言
勝つものは無駄な蛮勇を誇ることなく、しっかり守勢を固め、好機を逃さない。
孫子のその言葉には、戦争を否定的に捉えていかに犠牲少なく勝つかを考える、
彼の非好戦的な思想が特に良く表れていると思います。
孫子が2000年の歳月を経てなお読み継がれているのは、
その平和主義的な前提があるからに他ならないのかもしれませんね。
さて、次回の「はじめての孫子」は『勢篇』
軍勢に必要なのは、石をも流し去る激しい水流のような勢いである。
いかにして、その勢いを制御するのか?
それでは、次回もお付き合いください。再見!!
次回記事:【はじめての孫子】第7回:凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ。