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【二世対決】呉の名将陸遜の息子・陸抗VS雷神の養嗣子・立花宗茂

この記事の所要時間: 128




陸遜

 

陸抗(りくこう)陸遜(りくそん)の次男で呉の晩年に出現した二世武将です。

彼は呉を滅亡させない為、必死に国を支えた名将としても知られる人です。

そんな彼と対決するのは、立花道雪(たちばなどうせつ)の養嗣子(ようしし)と

して迎えられた立花宗茂(たちばなむねしげ)です。

今回も三回戦で二人を比べてみたいと思っています。




陸抗ってどんな人

 

三国志終盤に出現した武将ですので知らない方も多くいると思います。

その為対決に入る前に陸抗と立花宗茂の紹介をしていきたいと思います。

はじめに紹介するのは陸抗です。

彼は陸遜(りくそん)の次男として生まれます。

長男は早くに亡くなってしまったため、彼が陸遜の跡を継ぎます。

彼は陸家を継ぐと、着実に実績を積み上げ、

孫休(そんきゅう)が皇帝となった時、荊州全域を任される事になります。

その後、荊州をしっかりと治め、魏に付け入る隙を与えず

呉の国を守り通した名将です。




立花宗茂ってどんな人

立花宗茂 wiki

(画像引用元:立花宗茂 wikipedia

 

陸抗をざっくりと説明させて頂きました。

詳しくは対決内容でお話しします。

さて次は立花宗茂を紹介します。

立花宗茂は猛将として近隣諸国にその名を轟かせていた

高橋紹運(たかはしじょううん)の嫡男として生まれます。

紹運は彼が生まれると高橋家を継がせるつもりでしたので、

幼少期から厳しく躾ます。

宗茂はよく父の期待に応え、高橋家の後継ぎとして立派に成長していきます。

そんなある日、父から「立花道雪殿の家の養子になる事が決まった。」と

告げられます。

宗茂は愕然としますが、父の言いつけに反抗せず、立花家の養子となります。

その後道雪から立花家の家法を厳しく鍛えられ、

道雪が亡くなると立花家の頭領となります。

宗茂が立花家を継いだとき、大友家は非常に厳しい状態でした。

島津家に耳川の戦いで敗北してから、島津家に領土を削り取られて行き、

宗茂の居城である立花山城も島津軍の大軍に囲まれ、

危機的状況に追い込まれます。

まだ立花家を継いで日が浅い宗茂ですが、果敢に島津軍に攻撃をかけ、

撃退に成功。

その後援軍にきた豊臣秀吉の軍勢に加わり、島津討伐戦に参加。

この討伐戦で宗茂は多大な武功を挙げ、

豊臣秀吉から「鎮西無双の勇将なり」と褒められ、大名として取り立てられる

事になります。

 

歴史を超えた二世武将対決開始

炎 s

 

陸抗と立花宗茂両方の武将を紹介しました。

さてこれから歴史を超えた二世武将対決を開催したいと思います。

今回は三国志と日本の戦国時代、どちらに軍配が上がるのでしょうか。

 

Round1:偉い人におもねらない剛毅さ対決【陸抗編】

 

先行は陸抗です。

彼は晋の名将と言われる羊祜(ようこ)と親交を結んでおりました。

彼らは親交を深めていくと、自分たちの間で盟約を結び、

互いの領土に侵攻するのを止めます。

呉の皇帝である孫晧(そんこう)は、

陸抗が晋の羊祜と仲良くしていることを聞き激怒。

彼は陸抗に詰問状を送ります。

 

君主におもねらず毅然とした態度で反対意見を述べる

 

陸抗は孫晧から詰問状をもらうとすかさず返信します。

彼は皇帝である孫晧に「領土を治めるのに必要なことは信義です。

信義をもつ人が国からいなくなればどうなりますか。

民衆や臣下は陛下を見限り、呉の国はバラバラになってしまいます。

私は陛下から荊州を任されており、この地で信義を大切にして治めております。

もし私が晋に対して武をもって接すれば、晋の民衆は呉のことをどのように

思うでしょうか。考えてみてください」と伝えます。

暴君として知られた孫晧は、彼の言を受け入れ、

以降彼をとがめることをしませんでした。

呉の皇帝孫晧におもねる臣下が多い中、陸抗は毅然と反対意見を述べ、

彼におもねることを生涯しませんでした。

 

偉い人におもねらない剛毅さ対決【宗茂編】

日本 皇帝

 

陸抗は君主におもねらない剛毅さを備えておりました。

さて立花宗茂はどのような剛毅さを表しているエピソードがあるのでしょうか。

 

朝鮮出兵

 

秀吉は天下統一すると、朝鮮出兵を始めます。

九州地方や四国・中国地方の大名が主に朝鮮へ出陣することになります。

宗茂も秀吉の命を受けて、朝鮮へ出陣します。

宗茂は朝鮮へ着くと、各地の朝鮮軍を蹴散らし、軍功を上げていきます。

その後、明軍が朝鮮を救うため、大軍を率いて援軍に来ます。

宗茂は海の如く押し寄せた明の大軍に対して果敢に迎撃して奮戦。

少ない軍勢で宗茂は数時間明軍と戦い続けると、

小早川隆景が援軍に来援し、明軍を撃破します。

 

豊臣政権を取り仕切っている三成におもねらない

石田三成 wiki

(画像引用元:石田三成 wikipedia)

 

朝鮮の軍を統率するため秀吉は、石田三成を軍監として派遣。

当時三成は豊臣政権を取り仕切っていました。

彼は諸大名の罪を見つけると罪を秀吉に伝えることが可能で、

何人もの大名が彼に罪を暴かれて、取り潰しにあっており

諸大名は三成を大いに恐れておりました。

そんな三成は宗茂に「あなたが明軍と戦って挙げた軍功は

すべて総司令官の武功になっているが、あなたが私に頼むのなら、

殿下に私があなたの武功を話してあげよう。」と恩を売ろうとします。

宗茂は三成のこの発言に激怒。

彼は三成に「治部少輔(ちぶしょうゆう=三成の官位名)殿。

貴殿は軍監としてこの地に来ているのなら、

ありのままを殿下に話すのが仕事であるはず。

それなのに私があなたに頼まなければならないとはどういうことだ」と

怒りをあらわにします。

三成は宗茂の筋の通った発言に対して反論できず、その場を去っていきます。

 

対決結果

黒田廉

 

両者おもねらず敢然とした態度で、反論している姿かっこいいですね。

さて今回の対決結果は……

立花宗茂に軍配を上げたいと思います。

 

【次のページに続きます】




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