裴松之はどうして賈詡だけではなく陸遜も嫌いだったのか?

2022年6月14日


 

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歴史書をつくる裴松之

 

三国志(さんごくし)に注を付けた裴松之(はいしょうし)、皆さんもご存知のことと思います。割と信ぴょう性の低い話でも載せてしまう方ではありますが、この注釈の面白さもまた三国志の華だと筆者は思っております。

 

賈クが大嫌いな裴松之

 

さてそんな裴松之先生ですが、大の(かく)詡嫌いであったことは周知の事実。しかし、実は同じくらい嫌っていた人物がいることはご存知でしょうか。その人物こそ陸遜なのですが、今回はこの裴松之先生の陸遜(りくそん)嫌いについて考えてみたいと思います。

 

 

 

賈詡が大嫌いな裴松之

主観が入りまくりな裴松之

 

裴松之先生と言えば賈ク先生、と巷で言われているかは分かりませんが、裴松之先生は賈クを批判しまくりです。批判する時に筆が走ってしまうのはもしかしたら古今東西津々浦々、皆一緒なのかもしれませんが……注釈が見ていて笑いが漏れてくるほどです。

 

審配(しんぱい)

 

まぁ賈クは主を良く変えているので、そういう人物が嫌いだった可能性もあるでしょう。諸葛亮(しょかつりょう)審配(しんぱい)が大好きなのはそういうタイプが好きだったから……とも言えると思うのですが。

 

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陸親子も嫌いな裴松之

裴松之(歴史作家)

 

では陸遜、陸抗(りくこう)親子に付いてはどうでしょうか。裴松之先生は二人のやったことを挙げては悪行と言い、尽くお怒りモードです。果てには「こんな悪いことやってるから孫の代で一族が絶えるんだよ!」とまで言っております。陸遜も陸抗も主君に最期まで仕えたと言って良い人物。裴松之先生がそこまで陸親子を嫌った理由はどこにあるのでしょうか?

 

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裴松之がこれだけ嫌っている理由の答えは晋の時代に?

孫権に煽られて憤死する陸遜

 

その答えを追うために、晋の時代まで下がっていってみましょう。陸遜は既に、二宮(にきゅう)(へん)が起こった際に憤死したと言われています。この際に陸遜が受けた疑惑については、息子である陸抗が晴らしました。そして陸抗は父と同じく、呉に仕えることとなります。

 

羊コと信頼の関係を築く陸抗(りくこう) 羊祜

 

この辺りは晋の(よう)コとは敵味方でありながら友誼(ゆうぎ)を通じるなど、中々有名な所ですね。ただし陸抗自体は、()の時代で病により命を落とすこととなるのでした。

 

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子の時代、孫の時代

陸雲

 

陸抗が亡くなった後は、その子供たち、陸遜からすれば孫たちが後を継いでいくことになります。とは言え、既に呉は斜陽の時代を迎えていました。そして280年、(しん)による呉の征伐が行われます。

 

この戦争の際に、陸抗の息子の陸晏(りくあん)陸景(りくけい)は戦死することになります。しかしその兄弟である陸機(りくき)陸雲(りくうん)は生き残り、晋に仕えることになりました。この陸機、陸雲がキーポイントとなると思われます。

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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