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【優劣対決】戦国武将小早川秀秋 VS 蜀の二代目皇帝劉禅一体どちらが優れていたのか。PART1

この記事の所要時間: 314




劉禅

 

蜀の二代目皇帝である劉禅(りゅうぜん)は三国志の中でも無能の代名詞となっております。

司馬昭からも「助けようのない阿斗(あと)」と言われた人物です。

戦国武将の小早川秀秋は自らの領地の政治を行わず、

かなりの借金を秀吉の妻であるねねや親交の深い人からし、

豪奢な生活をしており、この人も戦国武将の中でも無能な人でした。

今回はこの二人のどちらが優れていたのか比較してみたいと思います。




小早川秀秋って一体どんな人

小早川秀秋 wiki

(画像参考元:wikipedia)

二人の優劣対決をする前に、小早川秀秋とは一体どんな人であったのか

紹介したいと思います。

秀秋は秀吉の妻ねねの兄である木下家定(きのしたいえさだ)」の

五男として生まれます。

羽柴秀吉は自分の血縁者が少ない事に悩んでおり、

家定の五男を養子にもらい受けます。

こうして羽柴家に養子に来た秀秋はねねの元ですくすくと育っていきます。

秀秋は幼少期、蹴鞠(けまり)などの芸術の才能を見せ、

貧しい人に施しを与える人でした。

秀吉やねねは彼の成長に期待を寄せます。

二人に期待された秀秋はすくすくと育っていきますが、

彼の人生に大きな変化が訪れます。

それは秀吉の実子と言われている秀頼の誕生です。

秀吉は秀頼を大いに可愛がり、彼に豊臣の家を継がせようと考えます。

そのため秀吉の養子で関白となっていた秀次は秀吉に罪を着せられ

亡くなってしまいます。

また秀吉は秀秋を豊臣家から離す為、小早川家との養子縁組を思いつきます。

秀吉は小早川家の当主である小早川隆景(こばやかわたかかげ)に

秀秋の養子縁組を打診すると、隆景は快諾。

こうして豊臣秀秋は小早川家に養子に出され、以後小早川秀秋となります。




どちらが政治に関心があったか対決【劉禅編】

劉禅

 

さて小早川秀秋に人物紹介をさらっと行った所で対決を始めたいと思います。

まずはどちらが政治に関心があったか対決です。

劉禅は皇帝の位を劉備から引き継いだ後、ほとんど政治を自らの判断で動かした事は

ありません。

彼が皇帝に就いたときは、天才丞相である諸葛亮孔明が政治から軍事まで全て行った為、

彼は孔明が行う政策に頷いているだけでした。

孔明死後も有能な宰相である蒋琬(しょうえん)費禕(ひい)が国政を行い、

軍事は孔明の忘れ形見である姜維(きょうい)が請け負っていた事もあって、

彼は何一つ政治的決断を行わず、政治に関心を持っておりませんでした。

そんな家臣任せの皇帝劉禅ですが、彼が唯一行った政治的決断があります。

それは魏の大軍が成都に迫って来た時、家臣の進言によって

降伏を決断した時です。

それ以外は全く政治的決断を行わず、政治的な事は全て家臣に

任せた皇帝でした。

 

関連記事:董允(とういん)ってどんな人?蜀の黄門様、劉禅の甘えを許さず!

関連記事:実子劉禅(りゅうぜん)と養子劉封(りゅうほう)の明暗

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どちらが政治に関心があったか対決【秀秋編】

董允 劉禅

 

劉禅はほとんど政治に無関心な君主でありました。

では小早川秀秋はどうだったのでしょう。

彼もほとんど自らの領地の事については家臣に任せっきりでした。

しかし関ヶ原の戦いの後、現在の岡山県に領土をもらうと

家臣の知行割り当てや領内にある寺院寄進領(じいんきしんりょう)の安堵など

様々な政策を自らの手で行っております。

劉禅と小早川秀秋どちらが政治に関心があったか対決は、

わずかな差ですが、小早川秀秋の勝利にしたいと思います。

 

関連記事:孔明とは違うのだよ!天才姜維の斜め上北伐とは?両者の徹底比較

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関連記事:費禕(ひい)ってどんな人?諸葛亮亡き後の蜀を支えた四相の1人

 

三国志ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

今回は劉禅と小早川秀秋の対決PART1をお送りいたしました。

劉禅は政治・軍事全てを任せにしておりました。

しかし諸葛孔明のような有能な家臣に政治・軍事全てを任せ、

国を運営していけば良い国づくりができます。

反対に、黄晧(こうこう)のような無能な人が劉禅の側近として仕え、

国の運営に口出ししてしまうと滅亡してしまうので、

気を付けなければいけません。

小早川秀秋は家臣に任せる時もありましたが、

気が向いた時に政治を行い、その政策が良かったので

今回は劉禅に勝利しましたが、実施した政策が悪く、

民衆や家臣から不満が出ていたら劉禅の勝利であったかもしれません。

「今回の優劣勝負のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。

それじゃまたにゃ~。」

 

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