三国志や曹操を分かりやすく紹介|はじめての三国志

menu

三国志の雑学

龐統の死後、その一族はどうなったの?魏に降った一族たちの数奇な運命

この記事の所要時間: 217




孔明 龐統 軍師

 

鳳雛(ほうすう)と呼ばれ、諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)と並ぶ

天下の大軍師として知られる龐統士元(ほうとうしげん)

 

龐統と的盧

 

劉備(りゅうび)の蜀獲りに多大な貢献をした彼ですが、

活躍を期待された最中、落鳳坡(らくほうは)で三十六歳の非業の最期を遂げます。

では、その後、龐統の一族は、どうなってしまったのでしょうか?

今回は知られざる龐統の死後の一族のドラマを紹介します。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:意外!龐統は不細工では無かった?蜀志龐統伝には明かされていない龐統の容貌




龐統同様の毒舌を発揮して左遷されて死んだ息子龐宏

龐統2

 

余り家族の臭いがしない龐統ですが、実は子供が一人いました。

その名を龐宏巨師(ほうこう・きょし)と言います。

生没年不詳ですが、龐統死後に家督を継ぎました。

 

蜀漢の末期に活躍しましたが、父同様に飾り気がなく

率直な意見を好み、よく人物評を行っていたようです。

 

龐統 ガチャポン

 

しかし、人物の長所を褒めるのが基本だった父、龐統とは違い、

龐宏は、蜀漢で権力を握っていた陳祇を下に見て遠慮なく批判していた為に、

陳祇(ちんぎ)に疎まれて出世出来ず、涪陵(ふりょう)太守に左遷され、

その地で失意のうちに病死しました。

 

孔明が存命中であれば、人物批評程度で左遷は無かったかも知れませんが、

すでに腐敗しつつあった蜀漢では自由な発言は難しかったようです。

記録には、龐宏を継いだ人はいないので、ここで記録は途絶えています。

 

関連記事:許劭(きょしょう)とはどんな人?三国志時代のインフルエンサー

関連記事:蜀のブサメン軍師、龐統は魯粛のスパイだった?劉備と龐統、仮面主従の真実




龐統には弟がいた、魏に降伏して大守に上った龐林

龐統

 

龐統には、弟にあたる龐林(ほうりん)という人物がいました。

彼は、荊州の治中従事(じちゅうじゅうじ)に就いていましたが、

夷陵(いりょう)の戦いで、劉備と孫権(そんけん)が戦争状態になると、

黄権(こうけん)の配下として蜀軍として戦います。

しかし、戦争は劉備の大敗、黄権は逃れる事が出来ず、

やむなく、魏に投降し、龐林もそれに従いました。

 

曹丕(そうひ)は黄権同様に龐林も重用して列侯に封じて、

その階級は、鉅鹿(きょろく)太守にまで昇進したと言われています。

曹丕の引きがあるとはいえ、人材豊富な魏で大守に上るのは、

並大抵の事ではないので、龐林も兄程ではないにしても、

優れた才能を持っていたのでしょう。

 

魏に降った事で妻と再会できた龐林

馬良って何した人だっけ01 馬良

 

龐林の妻は、習禎(しゅうてい)という名士の妹でした。

習禎は、余り知られていませんが、軽妙洒脱な人物で、

その名声は龐統に次ぎ、あの白眉の馬良(ばりょう)よりも上だったようです。

 

しかし、龐林と妻が結婚してしばらく後に、荊州牧の劉琮(りゅうそう)は、

重臣、蔡瑁(さいぼう)の勧めで、あっさりと曹操(そうそう)に降伏してしまいます。

 

荊州は大混乱に陥り、大量の難民が発生します。

曹操には、徐州大虐殺の悪名があって恐れられていたのです。

離脱のドサクサで妻は荊州に取り残され、離ればなれになってしまいます。

 

龐林は、劉備に付いて襄陽から、南へ去り、やがて益州に渡ります。

孤立無援になった龐林の妻ですが、そのような中でも再婚もせず、

貞節を全うし、残された一人娘を十数年、女手一つで養育していました。

 

そして、西暦222年、夷陵の戦いで破れて、魏に投降した龐林と妻は、

実に十数年振りの劇的な再会を果たしたのです。

 

曹丕は、龐林の妻をあっぱれな貞女と褒め称え、

家具や衣服を与えて、その苦労に報いたという事です。

 

三国志ライターkawausoの独り言

 

kawauso 三国志

 

今回は、龐統の死後の一族について調べてみました。

息子の龐宏は、父に似て、毒舌家として育ち、実力者陳祇を批判して

出世を阻まれるなど、ああ、自由人だなと思います。

 

一方の龐林は、兄のような目立つ所はないものの、

数奇な運命により、黄権と共に魏に降る羽目になっても、

しっかりと重用され、鉅鹿太守に上るなどは、才能の一端が見えます。

 

そして、曹操の荊州侵攻によって生き別れになった妻と一人娘との

十数年ぶりの再会など、兄同様のドラマチックな人生を送っていると

言えるのかも知れませんね。

 

関連記事:的盧は名馬なの?凶馬なの?劉備と龐統(ホウ統)の死

関連記事:劉備入蜀の立役者、龐統の全戦歴

 

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

kawauso

kawauso

投稿者の記事一覧

三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

関連記事

  1. 馬良(ばりょう)って何した人だっけ?意外な馬良の役割と任務に迫る…
  2. 【夷陵の戦い】なぜ劉備は陸遜にフルボッコされたの?大敗北を考察
  3. これなら誰でも騙される!越王句践の凄まじいゴマすりを紹介。
  4. 項燕(こうえん)とはどんな人?信と蒙恬を撃破する王騎レベルの名将…
  5. 羅憲(らけん)とはどんな人?蜀のラストサムライ!奇跡の逆転勝利で…
  6. 黄巾賊より多い黒山賊100万を率いた張燕(ちょうえん)
  7. 曹丕、女心を詩で歌う ごめんねディスしてキャンペーン
  8. 赤眉軍(せきびぐん)とは何者なの?後漢演義最強のDQN軍団

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【赤壁の戦い】なぜ曹操は天下分け目の大戦に負けたの?
  2. 袁盎(えんおう)とはどんな人?国家の為にあえて諫言を発し続けた政治家 Part.1
  3. 趙雲は何で新参者の馬超や黄忠や魏延よりも位が低いの?
  4. 人の見栄がビジネスチャンス!後漢で繁盛した秘商売とは?
  5. 終わりが悪かった呉の孫権の惜しさ
  6. 武経七書(ぶけいしちしょ)って何? 兵家を代表する七つの書物

三國志雑学

“劉備漫画"

ピックアップ記事

おすすめ記事

【袁術の戦いを振り返る】徐州・豫州の戦いには人間ドラマが盛り沢山 司馬尚(しばしょう)とはどんな人?趙の新三大天でもある最期の一人 三国志時代では戦死した遺体はどうしてたの?亡骸を運んだ霊柩車 槥 龐統(ほうとう)ってどんな人?|孔明とは頭脳以外全て正反対 何晏(かあん)とはどんな人?三国志一のナルシストで歴史に名を残した男 小野小町(おののこまち)はどんな人?世界三代美女は謎だらけ 【キングダム好き必見】漫画をより面白く読める!始皇帝と秦帝国の秘密をまとめてみました 【衝撃の事実】夏侯淵の一族にはなんと皇帝がいた!?

おすすめ記事

  1. 曹植(そうしょく)ってどんな人?正史から彼の一生を見直してみる?
  2. 曹丕(そうひ)ってどんな人?魏書には正当性を表す記述ばかり!?
  3. 張燕(ちょうえん)とはどんな人?百万人の盗賊頭にのし上がり呂布とまともに戦った燕
  4. 【重要なお知らせ】ストライキ決行
  5. 【キングダム好き必見】漫画をより面白く読める!始皇帝と秦帝国の秘密をまとめてみました
  6. 曹操に敗れすべてを失った馬超の性格を考える【後半】
  7. 背水の陣は韓信だけではなかった!項羽が使った悲愴の決意を示した行動とは?
  8. 騰(とう)は実在したの?史記に全く記されてない謎の天才将軍

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP