劉備入蜀の立役者、龐統の全戦歴

龐統

 

伏竜(ふくりゅう)というあだ名で呼ばれた孔明とならび、

鳳雛(ほうすう)と称された龐統(ほうとう)は、

見た目が美しくなかったせいで、蜀に仕えた当初は

あまり重宝されませんでした。

 

しかし、いざ重用してみると非常に有能であり、

龐統がいなければ、劉備の益州(えきしゅう)攻略は

これほど鮮やかに短期間に進まなかったといえます。

 

龐統は、劉備入蜀の立役者なのです。

惜しむらくは、36歳という若さで亡くなってしまったことです。

劉備に仕えた期間はたいへん短いものになってしまいました。

 

そこで、龐統の全戦歴をまとめてみたいと思います。

 

 

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涪水関の戦い(211年)

三国志 海

 

龐統は、成都(せいと)を奪うために、3つの策を献上しました。

 

その1 成都を直接、急襲する(上策)

その2 涪水関の楊懐(ようかい)と高沛(こうはい)を斬る(中策)

その3 荊州に戻って策を練り直す(下策)

 

劉備はその2を選びました。

 

そこで、涪水関(ふすいかん)を守る楊懐と高沛をうまく誘い出し、

暗殺に成功します。

劉備は涪水関を占拠し、そこの兵も仲間に引き入れました。

 

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涪の戦い(213年)

黄忠

次に龐統は涪(ふ)へ向かいました。

その道中で、黄忠(こうちゅう)と合流します。

 

対する劉璋軍は劉キ(「王」へんに「貴」と書く)、冷苞、張任らでしたが

劉備軍に敗北し、綿竹まで撤退します。

 

この戦で、劉璋軍の呉懿(ごい)が劉備軍に投降します。

 

 

綿竹関の戦い(213年)

秦 王騎

 

劉璋軍を追って、龐統は綿竹に攻めのぼり、綿竹関を包囲します。

 

ここでは、劉璋軍の李厳(りがん)と黄忠の一騎打ちが行われました。

両者一歩も引かずに引き分けとなりますが、

最終的に李厳は捕らえられ、劉備の説得により配下に加わります。

 

李厳は劉備軍の総指揮官になり、

綿竹関を守っていた費観らを説得します。

費観らも劉備に降伏することを決めたので、

劉キは雒城(らくじょう)へ退却します。

 

 

雒城の戦い(213年~214年)

野心家 ロウソク

 

綿竹を占拠した後、劉備は雒城(らくじょう)へ進軍します。

 

雒城を守っていた張任(ちょうじん)は、

落鳳坡(らくほうは)という細い道に伏兵を用意しておきました。

龐統はここで、矢傷を負い、亡くなってしまいます。

 

その後、雒城攻略には、一年近くの歳月がかかりました。

孔明の計略により、張任を生け捕りにしたことで事態が変わります。

 

張任があくまでも降伏を拒んだため、処刑され、

守備の要を失った雒城は降伏することになります。

 

耳で聞いて覚える三国志

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この記事を書いた人:東方明珠(とうほうめいしゅ)

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はじめての三国志、

通称「はじさん」のはじっこライター東方明珠です。

普段は恋愛系のノベルやシナリオを書いています。

中国の歴史が大好きで、

ハンドルネームにも上海のテレビ塔の名称を拝借しています。

行き当たりばったりで中国の遺跡を巡る旅をしていましたが、

次は無錫市にある三国志のテーマパーク「三国城」に行きたいです。

 

■好きなこと(趣味):

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■好きな三国志の人物:

孫策と周瑜

 

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コメント

  • コメント (1)

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    • てふてふ
    • 2020年 2月 01日

    李厳(りがん)って、りげんだろうに…
    キングダムといい、素人が書いてるのか?




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