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史書から見る曹操の評価がベタ褒めすぎてやばいってホント?

この記事の所要時間: 37




曹操

 

三国志の英雄曹操(そうそう)

日本での評価は三国志演義の影響が強くてあまりいい印象が伝わっておりません。

むしろ悪人のイメージを中々拭うことができない曹操です。

しかし史書の末尾に書かれている曹操の評価は物凄く高いことをご存知でしょうか。

今回は史書から見る曹操の評価をご紹介したいと思います。




正史三国志の曹操の評価:一切非の打ち所がない

曹操 魏王

 

正史三国志を書いた元蜀の文官である陳寿(ちんじゅ)

彼が書いた正史三国志における曹操の評価はどのようなものなのでしょうか。

陳寿曰く「曹操は策略を用いて、計画をしっかりと立てて天下を督励し、

春秋戦国時代に出現した法家である申不害(しんふがい)、商鞅(しょうおう)の政策を基準として

国を治め、韓信(かんしん)白起(はくき)が用いた戦術を応用して戦に勝ち、

人に対しての好悪を表面に出すことなく、適材適所に人を用いていた。

そして皇帝に対して果たすべく権力をしっかりと掌握して大事業を成し遂げている。

まさに彼こそは時代を超えた英傑と言っても過言ではないであろう」と述べております。

正史三国志の記載の中でほとんど非の打ち所がないほどに、

評価を下しているのは曹操のみであり、

彼がどのくらいすごかったのかはこの一文を読めばわかると思います。




三国志・註の曹操の評価:陳寿に匹敵する高評価

孔明VS曹操

 

陳寿が書いた三国志に註をつけ加えて三国志を編集し直した裴松之(はいしょうし)

彼は曹操をどのように評価していたのでしょうか。

裴松之曰く「曹操は軍勢を動かして戦う時は、孫子(そんし)・呉子(ごし)を基準として、

刻々と変わる戦場で応用しながら戦ったことで、戦においてほぼ負けを喫したことはなかった。

人材においても慧眼を持っており、兵卒から楽進を引き上げ、敵軍から張遼(ちょうりょう)

徐晃(じょこう)を引き上げている。

これらは一例で彼に引き上げてもらった太守や刺史になったものは、

数えきることができないほどいるであろう。

また武芸においても凄まじく、飛んでいる鳥を弓で射落とすほどの実力を持っており、

南皮(なんぴ)で狩りをしたときは一日で60羽以上の鳥を狩っており、

武芸においても並々ならぬ実力を持っていた。

敵の城を陥落させた時に、手に入った宝物などは戦功を挙げた者に全て配ってしまうが、

戦功を挙げることができなかった人物には一切分け与えることをしなかった。

また死に際しては必要以上の物を自らの柩に加えようとしない現実主義者でもあった」と

述べており、裴松之も曹操に対して非常に高い評価を下しております。

 

関連記事:孔明と曹操は相性が抜群?もし孔明が魏に仕えていたら歴史はどうなった?

関連記事:【軍師連盟】司馬懿は曹操の仕官の誘いを何で断わったの?

 

三国志ライター黒田レンの独り言

黒田廉さん02a

 

陳寿は曹操が亡くなってから数十年後に三国志を書いており、

元魏の家臣はまだ大勢晋にいたはずですから曹操を知っている人も少なからず

いたのではないのでしょうか。

そのため彼らから曹操に関する情報を聞き出していたこともあり、

また曹操に関する書物等々もたくさんあったと思いますので、

客観視して曹操の評価を下すことができたのではないのでしょうか。

それにしても陳寿と裴松之は曹操をベタ褒めしておりますが、

彼にマイナス点はないのでしょうか。

ここからレンの勝手な推測になります。

陳寿は正史三国志を書いていく上で、

曹操の歴史を色々と調べて正史三国志に記載したはずです。

もちろんいいところだけでなく、

徐州の大虐殺行進や呂布に苦しめられた兗州争乱、赤壁での敗北などなど。

陳寿は果たしてこれらが曹操のマイナス点になるかどうか考えたことだと思います。

 

曹操

 

マイナス点だと思われる曹操の実績その1:徐州の大虐殺

当時の群雄達で民衆達を殺害していない人物はまずいないはずです。

また曹操以上にクレイジーなことをやった人物として董卓がいますので、

曹操のマイナス点になるようなことはないと考えたのではないのでしょうか。

 

呂布 VS 曹操

 

マイナス点だと思われる曹操の実績その2:兗州争乱に関して

呂布や陳宮が反乱を起こしており、ここで曹操が滅亡していれば、

陳寿や裴松之達は曹操をこれほど持ち上げることはしなかったでしょうが、

曹操はこの苦しい難局を見事乗り越えて呂布軍を撃退することに成功しているので、

これもマイナスというよりもプラス面の方が高い出来事でしょう。

 

曹操と魏軍と呉軍

 

マイナス点だと思われる曹操の実績その3:赤壁の戦い

この戦いは確かに曹操の油断から起きた敗北であることは否めないでしょう

(軍に蔓延した疫病による兵の士気低下も原因の一つであるが・・・・)。

ですが陳寿は、赤壁の戦いに関しては詳しい(というよりも簡単に済ませている)

記載を載せていません。

彼がなぜ赤壁の戦いをあれほど簡素な記述にとどめているか不思議でなりません。

資料がなかったのか、それともそれほど激しい戦いが行われていなかったのか。

はたまた赤壁の戦いに興味があまりなかったのか。

何の理由があったか知りませんが、

それほど陳寿が着目した戦いではないのでしょう。

上記の理由から赤壁の戦いにおける敗北も曹操のマイナスに加点しなかったのでしょう。

これらを総合して考えると曹操に特筆するべきマイナスがなく、

偉業を成し遂げている曹操の加点ばかりがあったことから曹操をベタ褒めしたのではないのかな

とレンは考えているのですが、みなさまはどのようにお考えになりますか。

 

参考文献 講談社 乱世の英雄 尾崎秀樹著など

 

関連記事:え?曹操が荀彧に三顧の礼?民間伝承の三国志が面白い!

関連記事:曹操は郭嘉を後継者として考えていたのは本当なの?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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