よかミカンの三国志入門
三顧の礼




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

姜維は北伐の失敗で衛将軍に降格したのに何で大将軍に復帰出来たの?【前半】




 

蜀漢において軍務を取り仕切った大将軍の官位には、

丞相として全権を掌握していた諸葛亮孔明死去後、蒋琬(しょうえん)が引き継ぎました。

蒋琬が病気になった際には、後継として費禕(ひい)が大将軍になっています。

そこまでは引き継ぎも含め順風満帆だったのでしょうが、費禕が暗殺されたことで混乱が生じます。

費禕が亡くなったのが西暦253年のことですから、そこから数年は大将軍空位の時期となります。

費禕と同格の器とされていた董允(とういん)は費禕よりも先に死去していました。

諸葛亮孔明が後任として名をあげていた多くの人材が西暦253年までにこの世を去っていったのです。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:【新企画】朝まで三国志を開催!夜22時~朝6時までノンストップ特別企画!




ひとり気を吐く姜維

 

蒋琬や費禕の近くで将として活躍していたのが姜維です。

彼もまた諸葛亮孔明の期待を受けていた人材のひとりでした。

費禕の急死によって対魏の経験豊富な姜維が後任に指名されます。

姜維は費禕の軍務を引き継ぎました。

魏の西方の司令官であった郭淮の後任は経験豊富な陳泰です。

西暦253年、軍務を司ることになった姜維は雍州の南安を攻めます。

五丈原よりもはるかに西方で、涼州に近い場所です。

姜維はもともと雍州に住んでおり、

さらに近隣の異民族との国交も丁寧に行って味方につけていましたから、

ある程度の成果が期待できたのでしょう。

しかし、郭淮陳泰の援軍が南安に向っていることを聞き、不利と判断して撤退しています。




己の存在感をアピールしなければならない事情

 

姜維は有能な先輩方に見込まれた蜀漢で期待の将でした。

ただし、魏を裏切って蜀に降ったという過去があります。

そんな姜維が出世していくことに疎ましく思う蜀臣も多かったことでしょう。

姜維がさらに認められるためには強力な手柄、武功が必要だったのです。

それは諸葛亮孔明ですら成し得なかった北伐の成功でした。

姜維は西暦254年に再度北伐を敢行します。南安よりもさらに西方に姜維は攻め込みます。

魏の狄道県の県長である李簡は姜維に内応します。

姜維を迎撃した魏の徐質は蜀の張嶷を討ちましたが、姜維の反撃の前に討ち死にしています。

姜維は魏領の三県を占領します。しかし補給が続かず徹底を余儀なくなれました。

さらに翌年の西暦255年には再度狄道を攻め、魏の西方司令官・陳泰の後継者だった王経

を打ち破ります。数万の魏の兵を姜維は討ったとされています。

しかし鄧艾(とうがい)を率いる陳泰の援軍に敗退し撤退しています。

大国・魏の領土を攻めて、ここまでの実績をあげた姜維は周囲を納得させ、

西暦256年についに大将軍の任に就きます。

 

ライバル鄧艾の台頭

 

武功をあげた魏の鄧艾は安西将軍となり、

多くの魏の将が、撤退し弱体した姜維の兵は攻めてこないだろうと予想していましたが、

鄧艾だけは姜維がすぐにまた攻めてくることを想定していました。

西暦256年、大将軍の姜維は鎮西将軍の胡済と計画し、上邽を挟撃しました。

しかし作戦を呼んでいた鄧艾の反撃にあって敗退しています。

姜維は1万の将兵を失い、致命的な損害を受けたのです。

姜維は諸葛亮孔明の先例に習って大将軍から降格します。

実は姜維は北伐においてその後も含めて四度鄧艾に敗北するのです。

魏の名将の出現と、蜀の兵力の減少は、国内に暗い影を落とします。

多くの蜀臣が北伐の無謀さを考えるようになっていきました。

諸葛亮孔明に対峙した司馬懿のように、鄧艾は姜維の前に立ちはだかりました。

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

姜維はその武功によって大将軍となり、失態によって大将軍から降格しています。

それがすぐに大将軍に復帰することになるのです。

まったくもって不可解な人事でもあります。

蜀の国内はいったいどうなっていたのでしょうか。

次回、後編ではその内情について切り込んでいきたいと思います

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:木牛流馬って何?孔明の発明で輸送問題が解消し北伐で大活躍?

関連記事:孟達に全てがかかっていた!諸葛孔明の北伐は成功したかも?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 最弱武将 張飛 張飛が長坂橋を落とした時、曹操はどうして攻撃しなかったの?
  2. 荀攸(じゅんゆう)ってどんな人?同族の荀彧の影に隠れた才能
  3. 曹操が皇帝に即位していたら三国志はどうなったの?
  4. 魏延は名将・韓信と同じ天才的な戦術眼を持っていた??
  5. 于禁と兵士 三国志の兵力は実際にどこまで本当なの?魏呉蜀の兵力の真実に迫る!…
  6. 【マイナス20℃極寒行軍!】魏の郭淮を陽谿で撃破した魏延と蜀軍1…
  7. 【子龍一身これ胆なり】趙雲はどのような活躍をして劉備に褒められる…
  8. 王朗からの手紙「You降っチャイナ」に諸葛亮ガチギレ

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 蜀の皇帝に即位した劉備
  2. ヨイショをする曹操
  3. 真田丸 武田信玄

おすすめ記事

  1. スケベには回避不能?董卓を滅ぼした貂蝉の連環の計
  2. 韓遂(かんすい)とはどんな人?生涯の大半を反乱にささげた不屈の反骨心【後半】
  3. 【10月の見どころ】10/27 公開予定:諸葛均の野望
  4. 呂布はどうして義父の董卓を裏切ったの?
  5. 【はじめての孫子】第4回:兵は勝つことを貴ぶ。久しきを貴ばず
  6. 【呉の猛将・太史慈】相手の隙をついて包囲網を突破:意外と知らない彼の知略エピソード

三國志雑学

  1. 幕末 魏呉蜀 書物
“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

山頂に陣を敷いた馬謖 登山家・馬謖の山登りにはちゃんと意味があった! 【徹底調査】諸葛恪の欠点とは一体何!? 偉人たちの名前を冠した「小松帯刀」を飲んでみよう! 袁術と孫策 孫策を自分の息子にしたいと思っていた袁術 魯粛と関羽の一騎打ちの行方は? 【角栄ブームを斬る】田中角栄の裏の顔!原発利権で国土を汚したダーティーな男 袁紹の妃 劉氏 賈南風(かなんぷう)とはどんな人?司馬衷の妃となって晋王朝を滅亡の淵に叩き込んだ悪女 【秦の宰相】一介の商人である呂不韋はどうやって秦の宰相まで出世出来たの?

おすすめ記事

  1. 頭がキーン…頭痛に悩んだ曹操、三国志演義は医学的に正しかった?曹操の見た幻覚の原因は何だったの?
  2. 第19話:袁術くん「人間力」を孫策から学ぶ イケメン孫策と袁術
  3. 5話:頓挫する王莽の新と、後漢王朝の復活 光武帝 三国志
  4. 【はじめての君主論】第3話:君主に必要とされる力量とは?光武帝と劉禅の違い
  5. 【キングダム】秦の六大将軍は史実でも存在するの?
  6. あの謝安もたじたじ!?謝安の嫁が強すぎる… 幕末 魏呉蜀 書物
  7. 【三国志演義】は劉備を偽善者前提で見ると面白い 曹操から逃げ回る劉備
  8. 【はじビアの泉】現在の漢詩は曹操が造った?文化人曹操の功積 曹操 詩

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“邪馬台国"

“三国志人物事典"

PAGE TOP