広告募集
北伐

はじめての三国志

menu

はじめての変

【シミルボン】これは凄い!非常に我慢強い英雄、曹操

この記事の所要時間: 255




シミルボン

※こちらの記事は「シミルボン」に配信されているコンテンツです。

 

三国志演義では、悪役である曹操(そうそう)は傍若無人で冷酷な独裁者という

イメージで語られやすい傾向があります。

確かに、徐州虐殺など、感情のままに苛烈な殺戮を行う場面もありますが、

一方で曹操は、尋常ではない我慢強さを発揮する事もあったのです。




自分に叛いた毛翕と徐暉を許す

 

毛翕(もうきゅう)と徐暉(じょき)は、曹操の配下でしたが、

兗(えん)州で反乱が起きた時に曹操に叛きました。

曹操が足掛け2年で乱を鎮圧すると、二人は殺される事を恐れて

藏覇(ぞうは)という男気溢れる将軍の元へ逃げ込みます。

 

曹操は配下である藏覇に二人を殺して首を送るように命じますが藏覇は

 

「ボス、わしゃあ、身の危険を感じて匿ってくれと来たもんを、

殺す武器は持ってないんじゃあ勘弁してくれんかのぅ?」と助命を求めます。

 

それを聞いた曹操は、「藏覇こそ古の君子の美風を受け継ぐものだ」と感心し

二人を助命して、今まで通りのポストにつけました。

助命を嘆願した藏覇の顔を立て、恨みを水に流したという事ですね。

ちなみに、この藏覇も元は呂布に仕えていて、曹操に降伏した組の人です。




曹操が推挙した部下に叛かれるが許す

 

魏种(ぎちゅう)は、曹操が自ら民間から孝廉で推挙した人物でした。

当時は自分を引き上げてくれた人物は特別の存在で、その顔を潰すのは

あり得ない程の不道徳でした。

 

しかし、この魏种も、兗州の乱の時に曹操に叛きます。

「魏种だけは、何があっても叛かない」と公言していた曹操ですが

あっさり裏切られ激しく怒ってしまいます。

 

「許さん!南の越か北の胡にでも逃げない限り絶対に捕えてやる」

 

こうして、曹操は、199年、射犬(しゃけん)という城を落した時に

逃げていた魏种を捕まえます。

しかし、当時は、優秀な行政官僚が不足している時でしたので、

 

「お前などどうでもいいが、その才能が惜しい」

 

と吐き捨てると助命して河南の大守に任命しました。

 

自分の恩義を裏切った魏种でも、人材不足に直面した曹操は殺さずに助命し

重要なポストにつけたのです、中々我慢強いと言えます。

 

自分ばかりでなく祖父や父の悪口まで言った陳琳を許す

 

陳琳(ちんりん)は、曹操と袁紹(えんしょう)が天下分け目の官渡の戦いを

行っていた時に、袁紹に付き曹操を散々に罵倒した檄文を書いていました。

その内容というのは、大体、以下のようなものです。

 

「司空曹操の祖父は、宦官の親玉の曹騰(そうとう)仲間の宦官と結託して

賄賂を取り放題、悪逆無道な行いをして民を虐げる。

その養子の曹嵩(そうすう)は、曹騰の金で贅沢三昧、官位を金で買い

金ぴか趣味で、道徳心もなし、これまた血税をすする吸血鬼。

曹操なんぞは、曹騰のような臭い金玉無し野郎の孫であり、

最初から素行が悪く、ろくな事をしない、今でも無駄に策を弄して

世の中が乱れるのを楽しんでいる大悪党なり」

 

当時の社会では、父、そして祖父のような先祖の名誉を大事にします。

ましてや、それを辱められれば一命を擲って復讐する程です。

ただでさえ、そうなのに、自分の祖父をいかに宦官とはいえ、

他人に、臭い金玉無し男とバカにされれば怒髪天を突くというものです。

 

曹操は、袁紹との戦いに勝ち、ついに陳琳を捕えました。

早速、殺すのかと思いきや、曹操はこのように言います。

 

「俺の悪口なら良い、しかし、俺の所業に関係ない、

父や祖父の事まで悪く言うとは何事か?」

 

陳琳が恐縮していると、曹操はそれ以上何も言わず陳琳を配下に加えます。

この陳琳は名文家であり、後に建安の七子と呼ばれる曹魏の文化サロンの

中心的な人物になります、曹操はその詩文の才能を惜しみ助命したのです。

 

息子や従兄弟やボディーガードを殺した張繍を許す

 

西暦196年、曹操は荊州の宛を攻めて、張繍(ちょうしゅう)を降します。

しかし、その後、張繍は曹操に反目し、やがて謀反を起こしました。

ここには、張繍の軍師、賈詡(かく)も関与しており、曹操は歴史的惨敗を喫し、

長男の曹昴(そうこう)、従兄弟の曹安民(そうあんみん)ボディーガードの

典韋(てんい)を失い、自身も腕に矢傷を負うような重傷を負いました。

 

その後も何度か戦いますが、張繍は手ごわく降す事が出来ず、

曹操にとって張繍は息子や部下のにっくき仇になります。

 

ところが、二年後、曹操と袁紹が対立すると、張繍は賈詡と共に、

曹操に降伏してきました。

これは軍師の賈詡が、曹操は今、袁紹と戦う為に味方を必要としているから、

今降れば決して殺される事は無いと張繍に助言したからです。

 

普通なら、息子や部下の仇、直ちに捕えて処刑する所ですが、

曹操は逆に自ら出迎え、労いの言葉を掛けて高い位に就けました。

恨みを忘れたわけではありませんが、それより袁紹に勝つ事を優先したのです。

 

これは、理屈としては分っても、簡単に実行できる事ではないでしょう。

曹操の我慢強さは、中国の並みいる英雄でもピカイチだと思います。

 

 

参考文献:曹操 著者: 陳 舜臣 出版社: 中央公論新社

 

シミルボン

 

【シミルボン】これは凄い!非常に我慢強い英雄、曹操

の続きは、「シミルボン」内のページで読めます。

続きが気になる方は、「シミルボン」にアクセスしよう!




kawauso

kawauso

投稿者の記事一覧

三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

関連記事

  1. 33話:度重なる幸運にハングリーさを失う曹操
  2. 【三国志時代の正月風景】英雄達も正月くらいはのんびりしていたの?…
  3. 孫家二代目は孫策ではない?もう一人の後継者が存在した!
  4. 驚愕!実は名築城家でもあった魏延の意外な才能!
  5. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース13記事【8/22〜8/2…
  6. 【シミルボン】残念、五虎将軍になった時にはピークを過ぎていた馬超…
  7. 衝撃!高平陵の変の黒幕は司馬師だった!
  8. えっ?三蔵法師にも、猪八戒にも沙悟浄にも前世があった!?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 洛陽から発見された玉璽は本当に価値があったの?
  2. 暴走しているオヤジを追放して当主に就任した武田晴信(たけだはるのぶ)
  3. 領土割譲という大事件、三国成立は魯粛の目論見?
  4. はじめての三国志チャンネル 第2回目 – 赤兎馬を飲む 【001】
  5. 刑顒(けいぎょう)とはどんな人?三国志時代の曹植家に仕えていた執事
  6. 昌豨(しょうき)が凄い!あの曹操が5回攻めて勝てなかった乱世の黒狼

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

孔明の罠初登場(笑)新野で曹操軍を翻弄 44話:複雑な官渡の戦いを時系列で紹介 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース17記事【11/7〜11/13】 【シミルボン】趙雲の記述は盛られていた!イケメン趙雲を生み出した別伝 張飛に怒鳴られて落馬して死んだ武将、曹丕の粋な計らい等、三国志を彩る変わった武将たち そういえば曹操の墓が見つかったけど本物なの? 【三国時代】英雄の地位はどの位? 陳泰(ちんたい)ってどんな人?司馬昭の親友でもあり正義感が強く清廉な将

おすすめ記事

  1. 【九州三国志】『三國志』は中国だけじゃない!日本の三国志事情 Part.1
  2. 【経営者・人事必見!】諸葛亮孔明から学ぶ7つの人材登用ポイント!
  3. 【劉孫同盟誕生秘話】孫呉の内部は新劉備派と反劉備派に割れていた
  4. 荊軻(けいか)とはどんな人?伝説の暗殺一家ゾルディック家もびっくり!秦王政を暗殺しようとした男
  5. 伍孚(ごふ)とはどんな人?ゴフッ・・董卓を殺せなかった無念のアサシン
  6. 馮煕(ふうき)とはどんな人?曹丕の脅迫に屈しなかった呉の外交官でもあり光武帝配下・馮異の子孫
  7. 後漢の人材難極まる!火薬庫涼州の刺史がボンクラ揃い
  8. 2分で分かる合肥の戦い その1 はじまりの裏側

はじさん企画

帝政ローマ
広告募集
特別企画


袁術祭り

異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP