編集長日記
HMR

はじめての三国志

menu

三国志の雑学

これはヒドイ!流浪していた献帝の悲惨な生活

この記事の所要時間: 348




 

後漢最期の皇帝、献帝(けんてい)は生涯に二度大きな移動を経験しています。

一度目は西暦190年、董卓(とうたく)に連れられて洛陽から長安に移動した少年時代。

二度目は、196年、李傕(りかく)・郭汜(かくし)の暴政から逃れて

洛陽(らくよう)を目指した青年時代です。

特に二度目は、一度は洛陽への移動に納得した李傕・郭汜が変心して軍勢を率いて

連れ戻そうとして戦いになり部下を大勢失う大変な移動だったのです。

そして、その間の生活は、とても皇帝とは思えない悲惨なものでした。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:洛陽の最速王は誰だ!意外に速い!三国時代の馬車ってどんなの?




黄河を渡る献帝が目にした凄まじい地獄絵図

 

196年、曹陽の戦いで李傕、郭汜、張済の攻撃により献帝の一団は、

壊滅的な被害を受けます、献帝は董承(とうしょう)の援護で何とか黄河を渡りますが、

舟が少なく宮廷の公卿と百官は置き去りにされました。

 

死にたくない百官は舟に追いすがりますが、舟の転覆を恐れた董承は、

矛を奮って百官の指を叩き切り、舟から引き剥がしました。

その為に、舟底には切り捨てられた指が掬い取れる程に溜まったそうです。

 

岸には、百官と後宮の宮女が残されて泣き叫び、恨み事を述べます。

そして、殺到した李傕と郭汜の軍により宮女は拉致され、百官はその場で

皆殺しにされました。

 

献帝はその地獄絵図を見ていたのです、彼は当時15歳、今なら高校一年生位です。

どんな思いで殺される部下達を見ていたのでしょう・・

献帝は補給部隊も失い、空腹と疲れに耐えながら、妃と宮女の二人に付き添われ

徒歩で進み太陽という土地に入り、民家の世話になりました。

 

関連記事:キングダム(春秋戦国時代)には核兵器は存在した?葵丘の盟とオバマ大統領の広島訪問




安邑に入って、一応朝廷の姿は整うが

 

途方に暮れる献帝の元に、楊奉(ようほう)と韓暹(かんせい)が追いつき、

徒歩の献帝に牛車を勧め安邑(あんゆう)という都市に移動します。

付き従うのは、大尉の楊彪(ようひょう)、太僕の韓融(かんゆう)など

十数名であったようです。

 

安邑に仮の宮殿を定めると、配下をそれぞれの官職に任命します。

韓暹を征東将軍、胡才(こさい)を征西将軍、李楽(りらく)を征北将軍に任命して

守りを固め董承と楊奉に政治を任せる事にしました。

韓融を弘農に派遣して、李傕・郭汜と和睦させると、一度は掠奪した宮女と、

天子の馬車、生き残った公卿百官、それに数台の車を返還したそうです。

とにかく、これで一応、朝廷の体裁が整った事になります。

 

蝗害による大飢饉で深刻な食糧不足に

 

しかし、落ちついたと思ったのも束の間、安邑に蝗(いなご)の被害が襲いかかります。

さらに旱魃(かんばつ)がやってきて、穀物が獲れず飢饉が発生しました。

同じ頃、兗州の支配を争った曹操(そうそう)呂布(りょふ)も飢饉で

一時停戦していた位なのでその被害の深刻さが分ります。

献帝のお供は、野菜や棗(なつめ)をようやく口に入れる程度ですし、

折角、任命した重臣は、仲が悪く、全く上下の統制が取れない状況に陥ります。

 

関連記事:曹操軍の食料担当にはなりたくない!!その理由とは?

関連記事:なんと○○を食べていた!三国志の驚異の食生活

 

粗末なボロ屋でプライバシーの無い政務を執る献帝

 

魏書によれば、安邑は、寂しい田舎だったようで、土塀をめぐらした屋敷はなく

献帝は、やむなく、柴を編んで造った籬(まがき)の塀がある家に寝起きしました。

屋敷の扉は常に開けられていて、人の出入りは自由だったようです。

献帝が公卿を集めて会議を開くと、兵士達は、籬の上に乗って様子を見物

お互いに押し合いへしあいでやかましく騒いでいました。

 

諸将は、節度がなく、気に入らないと尚書を鞭で殴り殺すなど、

横暴きままであり、天子の宮殿なのに召使の女を伝言によこしたりし、

時間に関係なくやってきては、侍中に大声で帝に会わせろと言い、

酒や肉を持ちこんでは「天子と飲み食いしたい」と無理難題を言いだし、

言う通りにしないと侍中を怒鳴りつけ、許可が出なくても

強引に入りこんで飲食するという有様でした。

当時の献帝は惨めな程にプライバシーがない状態に置かれたのです。

 

おいこら天子、官位くれ、図々しくなる諸将・・

 

諸将は、献帝の威光を利用するのに味をしめ、周辺の領地や人民を勝手に

自分の領地に組み込んでは上表し、贈物や官位を要求しました。

医者や召使まで、皆、校尉や御史に任命され、印綬が間にあわないので、

錐で印綬に直接文字らしきものを刻みつけて与えても、

それさえ足りないという官位の濫発も起きていました。

 

いよいよ、食糧が尽き果てて、ここも限界と見た、董承や楊奉は、

さらに洛陽に向けて出発しようと安邑を後にします。

すると先行していた張楊(ちょうよう)が食糧を携えて道に待ち構えていたので、

一行は喜び、張楊を大司馬に任命しました。

 

こうして、洛陽に帰還した献帝ですが、その有様は安邑以下でした。

宮殿は焼け落ちて再建されず、辺りは塀が残っているだけで草ぼうぼうです。

周辺の都市には群雄がいるのですが、皆、献帝のピンチを見て見ぬふりで

ただ、自分の支配地の防衛を固めるだけでした。

 

食糧はまたまた、底を突きだし、侍中以下百官は、自ら薪を集めて、

献帝と自分達の食事を作らないといけない程に困窮し、

食べるものがなく土塀にもたれかかり餓死する官さえ出ました。

 

三国志ライターkawausoの独り言

 

結局、洛陽でもまともに暮らせず、董承の手引きで献帝が、

曹操の本拠地である許へ移動するのは、これから間も無くの事でした。

このように悲惨な境遇に落ちた献帝ですが、その中で自分を支えてくれる

公卿百官の真心に触れ、図々しくも親しみを持って接する庶民と触れあう事で

冷たい血の通わない浮世離れした皇帝では無くなっていきました。

 

実際、長安にいる時にも、戦乱で飢えに苦しむ庶民に対して宮殿の蔵を開いて

食糧を放出して炊き出しをしたり、衣類がない百官や宮女の為に、

名馬を売り払って、絹を調達するなど、情け深い側面を窺わせる話があります。

 

許に入ってからは曹操の傀儡(かいらい)になりますが、

もし、権力を握るようになってもこれだけ苦労して情け深い人柄なら、

名君になったかも知れません。

 

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:もし郭嘉が劉備軍の軍師だったらどうなる?呂布や袁術も討伐できた!?

関連記事:曹操と劉備はどうしてライバル扱いなの?【三国志の素朴な疑問】

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

kawauso

kawauso

投稿者の記事一覧

三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

関連記事

  1. 【ビジネス三国志】便利な人で終わらない重んじられる技術
  2. 陸遜の死後、一族はどうなったの?呉の滅亡後、晋の散騎常侍に仕えた…
  3. 【シミルボン】不老不死の為なら死んでもいい!寿命を縮めた曹操のデ…
  4. 三国志の時代の年末からお正月の過ごし方!当時の食生活も見えてくる…
  5. 曹操の分身!夏侯惇(かこうとん)の生涯
  6. 【キングダム】始皇帝に皇后がいない?その理由について考えてみた
  7. 63話:去りゆく徐庶が、紹介した大軍師、臥龍、鳳雛って誰のこと?…
  8. 【軍師連盟】司馬懿は軍師?それとも将軍?司馬懿は武将として出世し…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 蜀ファンに衝撃!実は関羽は劉備の部下ではなく群雄(同盟主)だった!?
  2. 曹操の詠った漢詩を分析してみよう。いつのことかわかるかな?
  3. 知らないと貴方も騙される!龐統の心の誘導テクニックが使えるのでこっそり教えちゃいます!
  4. 袁術へ強制的に仕えることになった華歆がマッハで彼に見切りをつけた理由ってなに?
  5. 58話:水鏡先生曰く、劉備に足りない人物って誰の事?
  6. 天地を喰らうという漫画があまりにもカオス!裏三国志入門書 Part 2

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

【キングダム】王賁の子孫はついに○○になっちゃったってホント!? 【二世対決】呉の名将陸遜の息子・陸抗VS雷神の養嗣子・立花宗茂 山海経(せんがいきょう)って何?|中国古代の神話世界 銅雀台(どうじゃくだい)ってなに?どんな建物で何をするところだったの? 司馬昭(しばしょう)とはどんな人?三国時代終焉の立役者でもあり司馬懿の次男 袁紹と袁術の仲が悪くなった理由は劉虞が原因か!?【黒田レンの考察】 【武田信勝の苦悩】偉大なる父の跡を継いだ若き当主に問題発生 【はじめてのセンゴク】毛利家の暗躍と荒木村重の反乱

おすすめ記事

  1. 【獄卒の偉さを思い知った宰相】漢の功臣・周勃の名言とは?
  2. 三国志は2つある!正史と演義二つの三国志の違いとは?
  3. 極悪人の董卓の参謀・李儒は董卓以上の悪人だったの?
  4. 60話:徐庶、劉備軍の軍師として曹操と対峙する!
  5. 孔明の北伐の目標はどこだったの?
  6. 123話:馬謖痛恨のミス!!泣いて馬謖を斬る孔明
  7. キングダムの時代に開花した法家の思想
  8. 藺相如(りんしょうじょ)とはどんな人?三大天の一人!趙の名宰相であり廉頗のかけがえのない親友(2/3)

はじさん企画

帝政ローマ
広告募集
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP