よかミカンの三国志入門
潼関の戦い特集




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

趙雲は五丈原ではどんな役割だった?趙雲の北伐と最期




 

趙雲に関する記述は「三国志正史」ではわずか246字しかありません。

これを補ったのが裴松之の注釈であり、その基となったのが「趙雲別伝」になります。

今回は趙雲(ちょううん)の活躍とその最後についてお伝えしていきます。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:これは不公平!趙雲が五虎将軍でドンケツの理由とは?格差の現実を徹底分析!




三国志趙雲の戦歴

 

もともとは北の雄、公孫瓚の配下だった趙雲は、

劉備(りゅうび)曹操(そうそう)に敗れて袁紹を頼った際に家臣に加わっています。

その後は劉備に同行して劉表(りゅうひょう)を頼り、長坂坡の戦いでは単身で敵中に飛び込み、

劉備の妻である甘夫人とその子・阿斗を救出しました。

三国志の中でも伝説的なトピックスの一つです。

 

益州を平定して後は、漢中の戦いにおいて追撃してくる曹操に対し大きく門を開いて待ち構え、

警戒した曹操を退却させました。

劉備はこの大胆な戦法を聞き、「子龍は一身これ胆なり」と賞賛しています。




趙雲伝での趙雲の最期

 

趙雲は229年に死去しています。

正史では跡を継いで長子の趙統が昇進したという記述しかなく、

三国志演義でも趙統と弟の趙広が伝令として趙雲の病死を、

諸葛孔明ならびに劉禅に報告するシーンしか描かれていません。

趙雲の最後についての詳細は謎のままです。

 

演義では趙雲の亡骸は銀屏山に葬られ、

趙統が虎賁中郎将に任じられて趙雲の墓を守るように告げられています。

ちなみにその後、弟の趙広は姜維に従い魏の侵攻に立ち向かい戦死していますが、

演義にはその描写もありません。

 

関連記事:趙雲と姜維の一騎打ち!姜維の武勇は本当に凄かったの?

関連記事:【あの人の子孫は今】趙雲の子孫っているの?趙氏(ちょうし)について

 

趙雲は五丈原ではどんな役割をしたの?

 

諸葛孔明の最後の北伐となる五丈原の戦いは234年になりますので、

趙雲はすでに亡くなっています。

 

これより以前に趙雲は漢中より斜谷道(褒斜道)を通り、

魏の領地・長安の西の郿に向けて侵攻しました。

これが228年の第一次北伐です。

趙雲は囮となって魏の主力である曹真の軍を途中の箕谷でひきつけ、

その間に諸葛孔明は大きく迂回して祁山へ出ました。

 

 

そのまま侵攻し、背後から郿や長安を攻める手はずでしたが、

馬謖(ばしょく)が拠点である街亭を守り切れず計画は頓挫します。

泣いて馬謖を斬ることになるのです。

成果といえば姜維を味方に加えたことぐらいでしょう。

 

つまり趙雲は斜谷道の出口付近にある五丈原にたどり着いたことはないのです。

諸葛孔明の宿敵となる司馬懿とも戦うことはありませんでした。

第一次北伐の敗北の翌年に趙雲は亡くなっているからです。

 

諸葛亮が行った北伐、その時の趙雲の役割

 

蜀を代表する武将である趙雲は当然のように魏軍に徹底的にマークされます。

このときの魏の大将軍は曹真でした。

正史では曹真の戦略は称賛されており、

第一次北伐に対しては囮となった趙雲軍を撃退していますし、

第二次北伐では陳倉を攻めてくることを予想し備えています。

逆に演義での曹真は完全に司馬懿登場の引き立て役になってしまっています。

 

第一次北伐で囮役とはいえ曹真に敗北した趙雲は、

その責任をとって降格しています。

ただし兵をよく統率したために損失はわずかで、

軍需物資もしっかりと持ち帰ってきたことを諸葛孔明から評価されています。

 

演義では第一次北伐で、趙雲は姜維と一騎打ちをして引き分けていますが、

趙雲は涼州の天水ではなく、

はるか東の斜谷道(褒斜道)を北上していたのでこれは完全に演義のフィクションだといえるでしょう。

 

北伐の真実に迫る

 

はじめての三国志ライターろひもと理穂の考察

 

仮に趙雲が五丈原の戦いまで生きていたら、諸葛孔明の戦略も大きく違っていたことでしょう。

蜀の弱点はやはり人材不足だったからです。

その穴を諸葛孔明は自身で埋めようと懸命に働きましたが、

結果として無理がたたって過労死しています。

 

三国志の中でもトップクラスの人気を誇る趙雲についてもっと詳しく知りたい方は、

ぜひ「はじ三」で検索してみましょう。

さらに趙雲の魅力を堪能できますよ。

ぜひ他の趙雲の記事も読んでみてくださいね。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【子龍一身これ胆なり】趙雲はどのような活躍をして劉備に褒められることになったの?

関連記事:劉備と趙雲が出会う事になったきっかけを作ったのは袁紹のおかげ?

 

■古代中国の暮らしぶりがよくわかる■

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 関羽のワガママ死は孫権の無節操が原因だった?
  2. 『うしおととら』の獣の槍の元ネタは孫子の時代にあった?古代中国の…
  3. 【第3回 幻想少女】驚愕の事実発覚!三国志フレンドが私にはいなか…
  4. 張郃と顔良強いのは一体どっちだ?
  5. 夏侯淵・夏侯惇・夏侯覇の夏侯トリオの活躍がマジやべぇ!!
  6. 【三国志事件簿】名探偵コナンもお手上げ?二宮の変とは一体どんな事…
  7. 【大三国志 攻略2】同盟と高Lvの土地攻略!最高に面白くて眠れま…
  8. 自称皇帝、袁術のトホホな部下列伝 Part.6

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 袁術

おすすめ記事

  1. 昌豨(しょうき)が凄い!あの曹操が5回攻めて勝てなかった乱世の黒狼
  2. 中国四大美人も完璧ではないのです、欠点もあるんです(汗)
  3. 項翼(こうよく)は実在した?彼は項羽の父なのか?【キングダム考察】
  4. 命乞いでここまで堕ちるか?関羽に命乞いし全てを失った男・于禁
  5. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース26記事【7/17〜7/23】
  6. 【図説】三国志の戦争の基礎になる「隊」について徹底解説

三國志雑学

  1. 呉の孫権
“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 西郷隆盛

おすすめ記事

意外に似ている曹操とナポレオン、英雄対比してみた 【シミルボン】人間の発想怖過ぎる!血も凍る三国志時代の処刑方法 張燕(ちょうえん)とはどんな人?百万人の盗賊頭にのし上がり呂布とまともに戦った燕 豊臣秀吉 戦国時代 【センゴク】謎の英雄・豊臣秀吉の生まれに迫る! これはビックリ!三国志の時代にも曲芸があった!当時の娯楽がじわじわくる 李陵(りりょう)とはどんな人?キングダムの李信を先祖に持つ悲運の将軍【前半】 曹操の徐州大虐殺 ―きっかけは曹操の父親だった。その父親とは?- 【これは悲しすぎる】今や忘れさられた袁術の墓

おすすめ記事

  1. 【2018年】はじめての三国志 年頭の御挨拶
  2. 西郷どんは桁外れの犬好きだったの?
  3. 曹操の魅力とは?武将アンケート同立2位
  4. 『史記』のはじまりは三皇本紀?五帝本紀?
  5. 意外!?金持ちの息子の曹操は貧乏症だった?
  6. 王允(おういん)ってどんな人?中華を救うべく董卓暗殺に成功するも…残念な結末を迎える
  7. 【三国志の学校】はじめての三国志コミュニティについて バナー はじめての三国志コミュニティ300×250
  8. 名推理!三国志時代にも名裁判官が存在した!?

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“水滸伝"

“三国志人物事典"

PAGE TOP