魏延
南蛮征伐




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

【大胆仮説】孫登と孫慮が生きていれば呉が天下を統一した!?

呉の孫権




 

 

三国志で一番強い国は魏です。

しかし魏も初代皇帝・曹丕(そうひ)、二代目曹叡(そうえい)が亡くなると、

最強国家にも陰りが見えてきます。

この時、孫呉の二人の人物が孫権の跡を継いでいれば、

三国志最強になれるチャンスがあったかもしれません。

孫権の優秀な後継者は孫登(そんとう)と孫慮(そんりょ)です。

二人の内どちらかが孫権の跡を継いで、国を背負っていれば、

孫呉が三国志最強だったかもしれません。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:【正史三国志】呉書を参考に孫権が皇帝へ登るまでの歴史をご紹介

関連記事:陸遜の死因は何だったの?孫権のパワハラに耐えきれなかった呉の丞相

 




 

孫権の長男で努力する人物・孫登

 

孫登は孫権の長男として誕生します。

孫権はこの長男・孫登を太子に任命し、

孫登が立派な人物になるため四人の友人兼守り役を任命します。

孫権は孫登の友人兼守り役に任命したのは、

諸葛瑾(しょかつきん)の息子・諸葛恪(しょかつかく)

張昭(ちょうしょう)の息子・張休(ちょうきゅう)。

顧雍(こよう)の孫・顧譚(こたん)。

陳武(ちんぶ)の息子・陳表(ちんひょう)の四人です。

この四人は孫呉の次世代を担う人物として期待されていました。

孫登はこの四人から歴史書の講義、乗馬訓練、射術など多くの事を学んでいきます。




 

優れた政策を打ち出す

 

孫登は諸葛恪、張休、顧譚、陳表の四人から色々と学んで行き、

力をつけていきます。

孫登は努力の結果、孫呉の重要拠点・武昌(ぶしょう)を任されることに。

そして孫登の補佐役として孫呉の重鎮として知られる陸遜(りくそん)が付けられます。

孫登は陸遜と一緒に重要拠点・武昌の統治を進めていき、

しっかりと治めていくのでした。

 

孫登は孫権が合肥城に遠征に行った際、首都・建業(けんぎょう)の留守役を任されます。

孫登は孫権から首都の留守役を任されるとある問題が浮上してきます。

それは穀物不足のせいで盗賊達が各都市で略奪行為をしている問題でした。

孫登は盗賊達の発生を防ぐための要点を押さえた命令を発令。

この結果盗賊達の発生件数は激減することになり、

民衆から感謝され、孫権からも褒められたそうです。

では次に孫慮についてご紹介していきましょう。

 

 

【はじさん編集部】編集長kawausoの奮闘日記も絶賛公開中!

 

英明な次男

 

孫慮は孫権の次男として誕生します。

孫慮は子供の頃から優れ、分からない事があれば誰かに聞いて、

疑問点を解決していたそうです。

孫権は孫慮が優れ、努力して疑問点を解決する様子を見て、

めちゃくちゃ可愛がり侯の位を与えたそうです。

 

若い大将軍は重臣の心配をよそにしっかりと統治に励む

 

当時丞相だった顧雍は孫慮が皇族の中で優れた人物であり、

努力して物事を吸収する姿を見て孫権へ「王の位にしたらどうでしょうか」と進言。

親バカな孫権は顧雍の進言を採用したかったのですが、

流石にまだ早いと感じたのか顧雍の進言を採用しませんでした。

 

孫権は顧雍の進言を後、再び重臣から

「孫慮様に大将軍の位を与えて、皇族の守りに加えるべきです。」

と進言を受けると孫慮を大将軍に任命して幕府を開かせます。

しかし孫呉の重臣たちは孫慮が若い為、強い権力を持つと

変なことをしでかすのではと心配していました。

 

孫慮は重臣達の心配をよそに大将軍となり、

領地としてもらった九江(きゅうこう)近辺をしっかりと統治することに成功します。

 

孫登・孫慮共に若年で亡くなる

 

孫登と孫慮の二人をご紹介しましたが、

二人共孫権の跡を継ぐことはありませんでした。

二人共優秀で、孫呉の次世代を担う君主として才能を発揮していたのに、

どうして孫権の跡を継げなかったのでしょうか。

それは孫登・孫慮共に若くして亡くなってしまったからです。

 

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

歴史にもしはありませんが、

もし孫登が長生きして孫権の跡を継いで、孫慮が孫登を補佐していれば、

孫呉の後継者争いとして有名な「二宮の変」が起きることもなく、

孫呉の力が増大し、三国志最強になっていたかもしれません。

 

もしくは孫登が亡くなり、孫慮が君主として君臨しても、

孫呉の重臣達がしっかりと孫慮を補佐して、

魏を超える力を手にしていたかもしれません。

どちらにしても孫権の息子の中で優秀な二人が居なくなったのは、

呉の国にとって大損害だったと思われます。

 

参考文献 ちくま学芸文庫 正史三国志呉書・小南一郎訳など

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:孫登(そんとう)とはどんな人?超絶優しい孫権の長男

関連記事:とっても地味な孫権の息子達7名を一挙紹介

 

■古代中国の暮らしぶりがよくわかる■

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. キングダムと三国志 信と曹操のはてな(疑問) キングダムと三国志の違いって何?時代を追ってみる
  2. 孫呉(孫権・黄蓋・陸孫・周瑜・周泰)  【素朴な疑問】呉には何で五虎将軍や五大将軍がいないの?
  3. 呂蒙 【濡須口の戦い功労者列伝】濡須塢を築き二度も曹操軍を撃退、呂蒙
  4. 関羽に手紙を送る陸遜 陸遜はどうやって関羽を破ったの?絶妙な演技力を紹介
  5. 張既(ちょうき)とはどんな人?反乱の多かった雍州・涼州の二州を見…
  6. 眠る董卓 なぜか気になる夢占い!曹操も劉備も初夢を占った?古代中国の夢占い…
  7. 曹幹 楊戯(ようぎ)とはどんな人?季漢輔臣賛を記して蜀の臣下を褒め称え…
  8. 裴松之(はいしょうし)の神編集!異論反論ブチ込みまくりで三国志が…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 帯来洞主(南蛮族)
  2. 毛沢東(もうたくとう)
  3. 孔明
  4. 東京五輪でテロ対策をしている警察や警察犬 いだてん
  5. 前方後円墳(古墳)
  6. 劉備を警戒する陳羣
  7. 周瑜逝く

おすすめ記事

  1. 王儁(おうしゅん)とはどんな人?曹操を認め親しく付き合っていた孟徳の友人
  2. 世説新語(せせつしんご)ってなに?初心者にこそ読んでほしい小説集 三国志大学で勉強する公孫サン(公孫瓚)
  3. ヒゲ大将は関羽だけじゃない!曹操の息子や張飛、孫権も特徴的な髭をしていた! 曹操は関羽をGET
  4. 三国志時代には馬に乗りながら一騎打ちができなかった!?その理由とは? 一騎打ちをする太史慈と孫策
  5. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース17記事【8/8〜8/14】
  6. 士仁(しじん)は何で関羽を裏切ったの?呉へ降伏してしまった蜀の武将 朱然によって捕まる関羽

三國志雑学

  1. ゾンビ化した孟獲
  2. 雷怖くない 能ある劉備
  3. 夷陵の戦いで負ける劉備
  4. 孔明 郭嘉 周瑜
“はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 高杉晋作
  2. 関羽に手紙を送る陸遜
  3. 陸遜
  4. キングダム 始皇帝

おすすめ記事

しっかりと仕事をこなす華歆(華キン) 司徒とはどんな役割?具体的に何をする?チベットでは今も存在する司徒 曹操と夏侯惇 夏侯 惇(かこうとん)ってどんな人?曹操に最も近い男 孫堅、孫賁 孫家二代目は孫策ではない?もう一人の後継者が存在した! 衝撃の真実!なんと韓遂は、劉備に降ろうとしていた 孫尚香はどちらがかわいい?アニメそれとも三国志? 北伐を結構する孔明 孔明の北伐はノープランだった!?北伐の意図は何だったの? 関羽と趙雲を捨てて荊州に逃げる劉備 【三国志平話】ひどい!劉備が恩人の趙雲を裏切って逃走 関平 関平と関羽の微妙な関係性、正史と三国志演義では異なる二人の間柄

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム
“西遊記"

“三国志人物事典"

“はじめての三国志PR募集郭嘉"
PAGE TOP