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三国志の雑学

【陥陣営】高順が呂布に疎んじられた理由は性格の不一致だった

 



 

 

高順(こうじゅん)呂布(りょふ)の配下です、

地味ですが正史三国志では700名の精鋭を率いて敵陣を攻めれば必ず陥落させ

陥陣営(かんじんえい)の異名を取りました。

単純な筋肉バカではなく相応の戦略眼を持ち、度々呂布諫言(かんげん)しましたが、

呂布高順(うと)んじて、その策を段々用いなくなります。

一体、どうしてなのか?それは高順と呂布の性格が全く合わなかった為でした。

 

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関連記事:高順(こうじゅん)ってどんな人?張遼と双壁を為す呂布軍の名将

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酒も飲まず賄賂(わいろ)も取らない!呂布と正反対の高順

 

高順は徐州の人なので呂布が劉備(りゅうび)を追い出し徐州を支配してから

配下になったようです。

その時点で同郷の并州(へいしゅう)出身者しか信じない呂布にとってはマイナス50ポイント。

さらに高順、いい加減な呂布の配下とは思えない程に真面目な性格でした。

 

まず、高順は酒を一滴も飲まず、当時は挨拶がわりだった賄賂(わいろ)も受けません。

彼の配下は精鋭揃いの700人で武器も防具も常に最新鋭に整備しています。

もう一つ、高順の美徳は厳しい諫言をするにも関わらず、それを根に持った呂布が

つらい仕打ちをしても、一言も文句を言わない事です。

 

ちょっと呂布の性格と比べてみましょう。

大酒飲みで断酒をするとイライラし部下に当たる意志の弱さ、

馬と金品で簡単に主君を裏切り、董卓(とうたく)手戟(てげき)

投げつけられた事を根に持つ心の狭さ、董卓の侍女と平気で不倫し、

気に入らなければ味方にまで嘘を吹き込んで殺そうとする倫理観の欠如、

何から何まで高順と正反対です。

 

呂布は高順が自分に忠誠を誓っている事を深く知りながら疎んじたようです。

(オメエの言うのはもっともだけどよ、虫が好かねーんだよな・・)

つまり呂布は性格的に高順と合わなかったのでしょう。

 

 

まるで予行演習・・郝萌の謀反を難なく鎮圧

 

高順の活躍は、196年呂布が劉備を追い払って徐州を支配した直後です。

下邳(かひ)にいた呂布の配下の郝萌(かくぼう)袁術(えんじゅつ)と内通した

陳宮(ちんきゅう)(そそのか)されて謀反(むほん)、不意を突かれた呂布は一目散に

高順の陣営に逃げ込みます。

 

高順「いかがなされた誰か背いたのですか?」

 

呂布「逃げるのに必死でそれどこじゃねーよ、、」

 

高順「何か追手に特徴はありませんでしたか?」

 

呂布「・・そういや言葉に河内訛(かないなま)りがあったな・・」

 

この一言で高順は河内人の郝萌が背いたと確信、弓部隊を指揮して

騎兵で突撃する郝萌の部隊に一斉射撃を食らわせました。

不意の奇襲にちゃんと弓部隊を指揮できるのは、高順が常に装備を点検して

いつでも戦えるようにしていたからに他なりません。

 

反撃を食らった郝萌は馬首を返して逃亡を図り、高順は追撃に入ります。

その途中で郝萌は曹性(そうせい)に襲撃されて片腕を切り落とされました。

高順は、手負いの郝萌に追いつき首を()ねて謀反を鎮圧します。

鮮やか、あまりにも鮮やかな手並みじゃございませんか!

まるで予行演習のような手際の良さです。

 

 

この時、曹性は謀反の黒幕は袁術と手を組んだ陳宮だと証言しました。

呂布は陳宮を許しますが、高順と陳宮はここから険悪になります。

高順は呂布の命の恩人ですが、この時より呂布は逆に高順を疎んじるように

なってしまうのです。

 

なんで?あべこべじゃん?さぁ、なにしろ呂布ですからね・・

 

叛いた劉備と援軍の夏侯惇張遼と一蹴

 

198年、大人しく呂布の子分になっていた劉備(りゅうび)曹操(そうそう)と結んで

一転強気になり小沛(しょうはい)で独立して(そむ)きました。

これを高順は中郎将として北地太守の張遼(ちょうりょう)と共に劉備を攻撃して撃破し

小沛城を陥落させて劉備の妻子を捕らえました。

 

劉備はいつものように妻子を置き去りにして曹操の下に転がり込み

曹操は次に夏侯惇(かこうとん)を出撃させます。

張遼と高順は連携して夏侯惇も破り、曹操が出撃する羽目になりました。

このように高順はなかなか強い武将だったのです。

 

張遼と共に戦っている事から、高順は張遼と共に呂布軍の双璧だった

というような話もある程です。

 

これはキツイ情け容赦のない高順の諫言

 

高順は手柄を挙げるのみではなく、呂布の欠点についても遠慮なく諫言しました。

有能だけど口うるさいというのが高順の性格だったわけです。

しかも、諫言には婉曲(えんきょく)表現が一切ない直球でした。

例えば呂布の欠点については、以下のように言っています。

 

1物事を深く考えず思いつきで行動する

2そして折角得たものを手放す羽目になる

3それを反省しないで行動しまた間違う

4そうした失敗を何度繰り返しましたか?

 

これは呂布の心にグサグサ刺さりました。

あまりにもそのままで古代の教訓話も交えないので

何のクッションも存在しません。

 

呂布「ああそうだよ!お前の言う通りだ、

俺様は考えが足りない脳味噌きんにくんだよ。

そんな事言われなくても分かっているが

自分では治せないから、こうなってんだろが!」

 

怒った呂布は高順が手塩にかけた700名の精鋭を取り上げ

親戚の魏続(ぎぞく)に与えてしまいました。

しかも、戦争が起きた場合だけ魏続の兵を高順に指揮させるという

変則的な手段を取りましたが、高順は生涯恨まなかったそうです。

 

最期まで呂布に信じられなかった高順

 

198年、曹操は夏侯惇まで敗れた事を憂慮して自ら呂布を攻める事にします。

曹操は使者を派遣して呂布に情勢が不利である事を諭し降伏を勧めます。

呂布は降伏しようと考えますが、降伏されては困る陳宮が猛反対しました。

 

陳宮「諦めてはなりません、曹操は許から遠征するのですから

補給を考えても戦えるのは精々十日、私が下邳城を防衛しますから

将軍は打って出て曹操の兵站(へいたん)をかき乱して下さい。

そうすれば、ほどなく曹操は引き上げるでしょう」

 

呂布は陳宮の提案を入れて曹操の降伏勧告を蹴りました。

しかし、これに呂布の妻が反対します。

つまり、陳宮は元々曹操の子飼いであり、呂布を城外に出して孤立させてから

曹操と呼応して叛き、呂布を挟撃するつもりであると言うのです。

 

また、城を守る陳宮と高順は仲が悪く防衛ラインは

機能しない恐れもあり呂布は結局、陳宮の進言には従いませんでした。

 

初動で遅れた呂布は、袁術を頼ろうとしますが、すでに自分の食い扶持にも

困っていた袁術は口汚く呂布を(ののし)るだけで援軍を送れませんでした。

なんなく下邳に到着した曹操は沂水(きすい)泗水(しすい)()き止めてから決壊させて

城を水攻めします。

 

籠城中、何故か断酒していた呂布はイライラし些細(ささい)な理由で

酒を勧めてきた部将の侯成(こうせい)罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせました。

侯成は呂布に愛想を尽かし、仲間と図って陳宮や高順を捕えて城門を開き

曹操に降伏、こうして呂布もやむ無く降伏したのです。

 

最期の最期まで、自分の行動をよく考えず反省もしない呂布は

部下の裏切りで曹操に捕えられてしまったのでした。

 

絞首(こうしゅ)され首を許で晒された高順

 

呂布は曹操に捕まってもふてぶてしく自分を売り込んで助かろうとしますが

劉備に注意された事で曹操は呂布を処刑する事を決意します。

 

呂布は暴れ、大人しく首を落とされる事を拒否したので、

曹操は呂布の首に縄を掛けて兵士達に左右から引っ張らせ絞殺しました。

それに続いて陳宮も高順も縛り首にされています。

 

二人が暴れたとは思えないので、主君と同じ方法で殺す意図かもです。

ところで史書には陳宮を助命させたそうな曹操の言葉が残っています。

 

曹操は自分を苦しめた陳宮に対して未練(みれん)たらたらで、

「ここで死んだら老母に孝行できないぞ?妻子も貧乏し家も絶つ、孝に反するぞ?」

このように語りかけ、暗に惨めな命乞いではなく老母に孝を尽くさせる為に助命する

わしはそういうツモリだぞ気づけ!と言いたげな物言いをしています。

 

しかし、陳宮は

「真の覇王なら敵の妻子や母にもヒドイ事はしない俺はそう信じる」と告げて

命乞いを拒否しました。

 

一方で高順には何の逸話も残っていません、恐らく高順は何も語らず、

従容(しょうよう)として死を受け入れたのではないでしょうか?

 

処刑された3人は皇帝に叛いた大逆人として斬首され許の市で

(さらし)し者になりました。

 

仕えた人が悪かった高順

 

高順は三国志でも珍しい真面目人間であり、野心をもたない高潔な軍人のようです。

賄賂も取らない酒も飲まない、上司にキッチリ諫言するという性格では、

誰にでも好かれるとは言えず、世渡りの術も下手だったように思えます。

 

 

 

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kawauso

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三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

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