黒猫が目の前を横切ったり
夜にクモを見かけたりすると
「何だか悪いことが起こりそう…」
なんて思う人は多いのではないでしょうか。
古今東西縁起が悪いということで
忌み嫌われる物事はたくさんありますよね。
『三国志』にも
不吉の前兆やら縁起が良くないやらといった
会話がチラホラ出てきますが、
特に印象に残るのは
的盧という凶馬の話ではないでしょうか?
今回は的盧という馬について
ご紹介したいと思います。
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的盧とは?
そもそも的盧とは何なのでしょうか?
実はこれは馬の名前ではなく、
ある特徴を持つ馬の総称なのだそうです。
ある特徴というのは、
額に白い模様があるということ。
額にポチッと白い模様が付いている馬はもちろん、
口先まで長く白い模様がのびている馬も
的盧というのだそうです。
その昔にはこの馬に乗ると、
身分が低い者は遠くの国で死に、
身分の高い者は刑に処せられて死ぬと言われていました。
このため、
馬の相を読める人たちからは
的盧に乗ることは避けられていたようですね。
『三国志演義』での的盧
乗るとろくな死に方ができなくなってしまうという的盧ですが、
『三国志演義』ではちょっと不思議な存在として登場しています。
そもそも、的盧は趙雲が破った
張虎が乗っていた馬でした。
的盧の姿を見た劉備は
「あの馬は千里を走る名馬に違いない!」
と一目でほれ込み、
劉表に喜ばれると思って
的盧を劉表にプレゼントします。
ところが、馬の相を見ることができる蒯越が、
「これは的盧!
乗った者を祟る恐ろしい馬です。」
と劉表に忠告。
劉表は気味悪がって劉備に的盧を返品します。
劉備は「何かよくわからんけど
名馬が返ってきてラッキー♪」と
的盧を自分の馬にすることに。
ところが、伊籍から
「この馬は凶馬です。
乗らない方が良いですよ。」
と言われてしまいます。
しかし、頑固というのかなんというのか、
劉備は的盧を自分のものにすると固く決めたらしく、
「馬ごときに私の運命が左右されるわけがない」
と言って結局自分専用の馬にしてしまいます。
ところが、
余裕綽々の劉備にピンチが…!
蔡瑁が劉備を暗殺しようと襲ってきたのです。
劉備は的盧に乗って
命からがら逃げるのですが、
大きな川が道を塞いでいます。
このとき劉備は
「おぉ、的盧!お前は私の運命を妨げるのか!?」
と叫んで的盧に思いっきり鞭を入れました。
すると的盧は劉備の心に答えたのか、
対岸までピョーンと跳ね、
劉備の命を救ったのでした。
こうして見ると
的盧は名馬であるというふうに
捉えられそうですが、
劉備以外の人にとっては
やはり凶馬だったと言われています。
鳳雛と称された龐統が
成都を手に入れようと奔走していた頃、
龐統の馬の脚が折れてしまうというハプニングが起こりました。
これを見た劉備は
「私の馬をあげよう。」
と言って白馬を譲ったのだそう。
実は、この白馬が的盧だったのではないかと言われています。
白馬に乗った鳳雛は
落鳳坡で劉備と見間違われて襲われ
命を落としてしまいました。
もしもこの馬が本当に的盧だったら
やはり凶馬の言われは伊達じゃないと言えそうですよね。
史料の中の的盧
小説のエッセンスとしては
最高の材料とも言える的盧ですが、
史実を記す書物においても
その姿が垣間見えます。
裴松之が『三国志』注に引いている『世語』には
やはり的盧によって難を逃れた
劉備のエピソードが掲載されています。
その一方で、
龐統が的盧に乗ったことによって
命を落としたというエピソードは
どこにも見当たりません。
凶馬と言われた的盧ですが、
史実においては間違いなく
劉備にとってこの上ない名馬だったことでしょう。
的盧に乗ったのは劉備だけじゃなかった!
ちなみに、凶馬・的盧にまつわるエピソードは、
東晋時代に編まれたゴシップ集
『世説新語』徳行篇にも見られます。
ある日、
東晋の政治家である庾亮が的盧に乗っていると、
「その馬は飼い主に禍をもたらすから
さっさと売り飛ばしてしまえ」
と忠告を受けました。
すると庾亮は
「これを売ると他の人を害することになってしまう。
自分が不幸になりたくないからって
他の人を不幸にすることはできない。」
と言って断ります。
庾亮の姿勢は人々に大いに感心したそうな。
三国志ライターchopsticksの独り言
禍のシンボルとして描かれる的盧ですが、
それほど悪い存在でも無かったようですね。
劉備や庾亮の活躍以後、
的盧が凶馬だということは
所詮ただの迷信だということが世に知れ渡ったのか
的盧は避けた方が良いというような話は見られなくなっています。
的盧は劉備を助けましたが、
的盧もまた、
劉備によって救われたのかもしれませんね。
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