曹操最初の妻丁氏とその一族の哀しき運命


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曹操と妻たち

 

魏の曹操(そうそう)の妻と聴いてピンくる人は、(べん)夫人が多いはずです。

確かに卞夫人は皇后ですが彼女は曹操の〝後妻〟です。

曹操の最初の妻は(てい)夫人と言います。(はい)国の人であることから、曹操と同郷と分かります。

つまり政略結婚です。

残念ながら、丁夫人の名前は伝わっていません。

中国では原則として、女性の名前は史料に残らないのです。(もちろん例外もあります)

今回は曹操の最初の妻丁氏とその一族についての話をします。

 

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義理の子の養育

義理の子の養育

 

曹操の子どもで有名な人物は後を継いだ曹丕(そうひ)、詩人として有名な曹植(そうしょく)ですが、それ以前にも2人いました。

曹昂(そうこう)清河長公主(せいがちょうこうしゅ)です。

この2人を育てたのが曹操最初の妻丁夫人です。

しかし、曹昂も清河長公主も丁夫人の実子ではありません。

実は曹操には劉夫人(りゅうふじん)という側室がいて、その人が2人の実の母親でした。

ところが理由は不明ですが、劉夫人は早死にしました。

そこで丁夫人が2人を養育していたのです。

歴史書『三国志』にも曹操と丁夫人との間の子どもについては、何も記されていないので、子宝には恵まれなかったようです。

義理の子どもを育てるなんて、しっかりとした母親だと感心します。

しかし、そんなしっかり者の丁夫人に悲劇が訪れます。

 


 

曹昂の戦死と曹操との離縁

曹昂の戦死と曹操との離縁

 

建安2年(197年)、曹操は張繍(ちょうしゅう)を降伏させますが、しばらくして張繍の寝返りにあい敗北しました。

この時に部下の典韋(てんい)だけでなく、息子の曹昂も戦死させました。

曹昂の戦死を耳にした丁夫人は激怒して、曹操とけんかになり実家に帰りました。

 

しばらくしたら丁夫人の頭も冷えただろう、と思った曹操は彼女の実家に行きました。

丁夫人は実家で糸をつむいでおり、曹操の顔なんて全く見ませんでした。

「一緒に帰ろう」と曹操は言ったが、何を言っても丁夫人は無言でした

「それじゃあ、本当にお別れだ」と言って曹操は離縁しました。

曹操孟徳

 

周囲の人たちは、丁夫人を再婚させようとしたらしいが、結局出来なかったという話でした。

曹操の後妻となった卞夫人も丁夫人が亡くなるまで、ずっと面倒を見ていました。

また、曹操も丁夫人と戦死した曹昂のことは気にしていたらしく、死ぬ間際に、人にこう語っていました。

「もし、死人に霊魂があって、曹昂が『私のお母さんはどこにいるのですか?』と聞いたら、私はなんて答えてあげればよいのだろうか……」

曹操も1人の父であり、夫だと分かります。

 

覇を競う乱世に新たな秩序を打ち立てた曹操の生涯
曹操孟徳


 

丁一族の1人丁儀

丁儀

 

曹操最初の妻丁夫人については話しましたが、次は彼女の一族についてです。

丁夫人は曹操と同郷であることは、すでに書きました。

 

この丁一族から曹操政権の幹部にまでなったのが、丁儀(ていぎ)でした。

丁儀は目が不自由ですが、詩文に長けていたので曹操政権では重宝されていました。

しかし、その彼にも悲劇が訪れました。

 

彼は曹丕と曹植の後継者争いの時に、弟と一緒に曹植を推薦しました。

それが曹丕の逆鱗に触れてしまい、曹丕が皇帝即位後に弟と一緒に粛清されました。

もともと曹丕は丁儀が嫌いであったらしく、曹操が生前に自分の娘の清河長公主と丁儀を結婚させようとした時に、

目が不自由なことを理由に難癖をつけて結婚を破談にしました。

曹操もその時は「うん」と頷いてしまったのですが、後日改めて丁儀に会うと才能に溢れた人物だったので、

「曹丕にだまされた」と気付いたのでした。

しかし、その時にはすでに遅かったという話でした。

こうしてみると、丁一族はあまりにも悲劇的な人が多いことが分かります。


  

 

 

三国志ライター 晃の独り言 丁一族の後日談

三国志ライター 晃の独り言 丁一族の後日談

 

もう少し話したいのですが、今回はここまでにします。

余談にですが、丁一族の伝記は歴史書『三国志』には記録されていません。

『三国志』の著者の陳寿(ちんじゅ)が貧乏で困っていたので、生き残った丁儀の子孫に対して、こんな話を持ち掛けたようです。

「米をください。そうすれば、ご先祖のよい伝記を私が執筆してあげます」

びっくりした丁儀の子孫は断ったという話でした。

一方、断られた陳寿も怒って丁一族の伝記は『三国志』に作らなかったという話でした。

もっとも、この話も研究者たちの間で真偽の論争があります。

 

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