王忠とはどんな人?人の肉を食べて飢えを凌いだ武将




曹操のガラス

 

曹操(そうそう)の配下にはユニークな逸話を持っている武将が多くいます。例えば曹操配下の丁斐(ていひ
)
は、金銭欲が深く賄賂を要求したりするちょい悪な人でした。

 

曹操

 

しかし曹操は丁斐の罪を笑って許し、再び官職へ復職。このように曹操の配下にはユニークな逸話を持っている人が多く、今回紹介する王忠(おうちゅう
)
も曹操配下のユニークなエピソードをたくさん持っている人なので、いくつか紹介したいと思います。

 

自称・皇帝
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人肉喰らいの王忠

王忠

 

王忠は曹操に仕える前後漢王朝へ就職し、亭長と呼ばれる役職を与えられます。この亭長と呼ばれる役職は農村部の訴訟問題を扱ったり、治安を維持したりする行政の末端部分の仕事をする立場です。王忠は亭長の仕事をしていましたが、中原一帯が動乱となり、長安周辺も乱れて食べ物が無くなり、飢餓に苦しむ人が多数出現。

 

飢えている王忠

 

王忠も食べ物が無くなってしまった為、死体を煮たり焼いたりして食べて飢えをしのいでいました。だが王忠はいつまでも死体を喰らって生きていくわけにはいかないので、仲間と一緒に長安周辺から脱出し、南へ向かって逃れていきます。

 

 

兵器を奪う王忠

兵器を奪う王忠

 

王忠は南へ向かって逃れていく途中、荊州から派遣されてきた婁圭(ろうけい
)
と呼ばれる人が接近してきている事を知ります。婁圭は長安や関中から逃亡して来る人物たちを荊州へ連れていくため、わざわざ荊州から逃亡者たちを迎えに来ていました。

 

王忠は荊州に行きたくなかったので、婁圭率いる軍を攻撃して兵器を奪いそのまま逃亡。その後王忠は仲間たちと一緒に曹操の元へ降伏します。曹操は王忠達を快く迎え入れ、彼らを配下に加えます。

 

曹丕にからかわれる王忠

皇帝に就任した曹丕

 

王忠は曹操の配下に加えられると各地の群雄達と戦うため何度も戦に参加します。王忠は曹操の息子・曹丕(そうひ)とある戦に参加した際、曹丕から「お前。父上に仕える前に人の肉食ってたんだって。マジキモイんですけど~」と言ってからかわれます。

 

曹丕にバカにされて嫌な気分な王忠

 

王忠は曹丕の言葉を無視しながら進軍していると、曹丕が墓場から盗んできたドクロを王忠の馬の鞍に括り付け、諸将から笑われてしまいます。しかし王忠は曹操の息子・曹丕のいじめにあっても我慢して耐えたそうです。

 

曹真をからかう!!

魏の皇帝になった曹丕

 

王忠は曹丕が皇帝に上った時、呉質(ごしつ)をもてなすための宴会に参加。この宴会には曹洪(そうこう)曹真(そうしん)など多くの諸将たちが出席し、宴会を盛り上げていきます。呉質は曹真の腹がぼてっと出て太っていたので「曹真君。君だいぶ太っているね」とからかいます。

 

すると曹真は怒って「呉質!!私をバカにしているのか!!」と激怒。すると王忠と曹洪は曹真へ「ほんと曹真って太ってるよね~」と呉質のからかいに悪乗りします。曹真は呉質や王忠、曹洪らにからかわれて顔を真っ赤にして怒り「バカにするな!!俺だって太りたくてなったわけじゃないわい!!」と言い返しますが、みんなにバカにされ続けてしまうのでした。

 

このように王忠は三国志の世界ではあまり知られていない人物ですが、今回紹介したようにユニークなエピソードに富んだ武将でした。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

ここでは正史三国志視点の王忠を紹介しました。

 

では三国志演義ですと王忠がどのように描かれているのか最後に紹介して、終わりにしたいと思います。三国志演義の王忠は曹操の領土だった徐州を劉備(りゅうび)が奪った時、曹操から命令を受けて劉備討伐へ向かうために出陣。

 

三国志の主人公の劉備

 

だが王忠は劉備軍に敗北して捕えられてしまいます。劉備は王忠を解き放って曹操の元へ返還。

 

腐れ儒者気質な孔融

 

王忠は曹操の元へ帰ると劉備討伐に失敗した罪で殺害されそうになりますが、孔融(こうゆう)の助命活動により命を長らえます。その後三国志演義の物語から登場することなく、歴史の中から消えてしまう残念な武将でした。

 

■参考文献 正史三国志魏書など

 

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