曹丕は毒蛇使いだったのか?曹操最愛の息子・曹沖の死の真相

2019年3月29日


 

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オカルト小説を書いている曹丕

 

筆者がネットで調べものをしていると、「曹丕 毒蛇」というキーワードが出ました。

正直言うと筆者も記憶に無い話だったので、調べてみることにしました。

 

調べてみると分かりました。

曹丕(そうひ)が弟の曹沖(そうちゅう)を毒蛇で殺した可能性があるかもしれない、という疑惑です。

 

しかし、これはドラマ「三国志Three Kingdoms」の創作です。

 

部下をいじめる曹丕

 

曹丕を悪者に見せたいだけです。

それでは今回は以上です。

 

「逃がさねえぞ、晃!」

「お前なんかに楽させねえぞ!」

 

申し訳ありません、仕事します。

 

というわけで今回は曹沖について解説致します。

 

 

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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理系男子 曹沖

曹沖

 

曹冲は曹操(そうそう)の実子です。

 

幼い時から優しくて聡明で学問に熱心だったことが記録に残されています。曹冲の賢さを物語るエピソードが残っています。

 

ある日、孫権(そんけん)から象が贈られました。

 

曹操は家臣に象の重さを尋ねました。

 

しかし、誰も答えられません。

 

そんな時に曹冲が答えました(翻訳は現代の人に分かりやすくしています)

 

「象を船に乗せてください。船が沈んだら、その船の水面の所に印を付けます。象を降ろしたら、重しを印の付いている所まで乗せてください。その重さをはかればよいのです」

 

曹冲の答えは「アルキメデスの定理」です。

曹操たちは曹冲の理路整然な答えに納得しました。

 

 

 

役人を助ける曹沖

ネズミで人生を変えた李斯

 

ある日、倉庫で管理していた馬の鞍がネズミにかじられました。曹操は管理不行き届きの罪で役人を処罰することにしました。

 

役人は怯えていました。すると曹冲は、役人に対して3日後に自首することを言いました。曹冲は自分の衣服に穴を空けると曹操に見せました。要するに曹冲は衣服ですらネズミにかじられるのだから、鞍もネズミにかじられても仕方ないと言いたかったのです。

 

曹操は納得して役人が3日後に自首しても、何も処罰しなかったとのことです。

 

曹操孟徳

 

 

曹沖の死の真相

曹丕

 

さて、曹冲の死は先ほども述べたようにドラマ「三国志Three Kingdoms」では曹丕による暗殺となっていますが、実際はどうだったのでしょうか。

 

もちろんただの病死です。建安13年(208年)に13歳の若さで世を去りました。彼の死について、次の話が残されています。

 

スーパーDr華佗

 

華佗(かだ)という医師がいました。華佗は現在の麻酔の原型を開発したとされていますが、詳細なことは不明です。曹操は華佗に朝廷の医師になることを要請しました。

 

しかし、華佗はそれを断っており古郷に引きこもっていました。

 

スーパーDr華佗と曹操

 

怒った曹操は華佗を捕縛して殺害しました。それを聞いた曹冲はショックで病気になり、この世を去ったと言われています。

 

スーパーDr華佗

 

きっと華佗を尊敬していたのでしょう。理系男子らしい最期ですね。

 

 

曹操が最も可愛がった子

曹沖が亡くなり悲しむ曹操

 

実は曹沖は曹操が最も可愛がった子でした。死ぬ間際も曹操は祈祷師にお願いして、病気が治ることを頼みました。

あの迷信を信じない曹操が、そんなことをしたのです。

 

それどころか曹冲が死んだ時は曹丕に対して、こんな発言をしました。

「曹冲の死は私にとっては悲しいが、お前には嬉しいだろう!」

 

言われた方はきついです。ドラマやマンガ、ゲームで曹丕の性格がねじ曲がったようにされているのは、これが原因と思います。ちなみに曹丕は魏の初代皇帝に即位すると、次のセリフを残しています。

 

曹昴

 

曹昴(そうこう)は生きていても大した人物じゃないけど、曹冲が生きていたら今の自分はいなかった」

 

曹昴は建安2年(197年)に戦死した曹丕の異母兄です。いかに、曹冲が曹丕にとって驚異的な存在だったか分かります。

 

それにしても、なぜ曹操はここまで曹冲を可愛がったのでしょうか。

これは筆者の推測なのですが、1つは曹操の周囲の人材にあったと考えられます。

 

曹冲存命時期までの曹操の主だった人材と言えば以下の通りです。

 

曹操と夏侯惇

 

夏侯惇夏侯淵張遼張郃曹仁曹洪荀彧荀攸程昱李典孔融・曹丕・曹植・・・・・・

 

挙げればキリがないので、この辺でやめます。

体力自慢の武将か儒学者・文学者しかいません。

 

要するに、曹冲のような理系男子がいなかったのです。

曹操自身も特技は詩文なのでバリバリの文系です。

 

後継者争いをしている曹丕と曹植

 

曹丕・曹植も親譲りの文系男子です。たぶん曹操は自分に無い特技を持っているので、曹冲を可愛がったのでしょう。

その点、自分のコピーをしているに過ぎない曹丕と曹植はどうだって良かったのだと思います。

 

三国志ライター 晃の独り言

 

今回は曹沖についての記事を書きました。

余談ですけど、曹冲は葬式の時に結婚式もしています。

 

「はあ?」と思うかもしれませんが本当です。

 

曹冲と同時期に亡くなった女の子がいたので、その子と戸籍上の結婚をさせたのです。

曹操の親バカもここまできたら天下一ですね。

 

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晃(あきら)

晃(あきら)

横山光輝の『三国志』を読んで中国史にはまり、大学では三国志を研究するはずだったのになぜか宋代(北宋・南宋)というマニアックな時代に手を染めて、好きになってしまった男です。悪人と呼ばれる政治家は大好きです。
         好きな歴史人物:
秦檜(しんかい)、韓侂冑(かんたくちゅう)、 史弥遠(しびえん)、賈似道(かじどう) ※南宋の専権宰相と呼ばれた4人です。
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