呂布特集
馬超


はじめての三国志

menu

三国志の雑学

法正の病死直前までの働きぶりがブラックすぎる件を考察

法正が亡くなり悲しむ劉備


はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

法正

 

蜀軍の重要な軍師でありながら、とにかく「性格が最悪だった」と言われている法正(ほうせい)

 

法正

 

何が最悪だったかというと、もともと彼は益州の劉璋(りゅうしょう)の配下だったのですが、劉備(りゅうび)に仕えて偉くなってからは、劉璋(りゅうしょう
)
時代からの何らかの恨みを持っている相手を勝手に逮捕殺害していたとのことです。ちょっと普通じゃありません。

 

考える諸葛亮孔明

 

しかし劉備軍の一部将がそのことを諸葛亮(しょかつりょう)にチクると、「法正はあんなに有能で昔から我々を何度も助けてくれたのだ、あいつの好きなようにさせてやるしかあるまい」というような珍しく歯切れの悪いことを言って、取り合ってくれなかったそうです。

 

挑発する諸葛亮孔明

 

「そんなに法正のことを高く買っていたのか!さすがは孔明!」

となりますでしょうか?

 

自分が進言した一部将の気持ちになってみると、どうでしょう?

「この軍、仕えていて大丈夫かな」

と心配になってくるのではないでしょうか?

 

法正04 哀

 

しかし法正のほうにも、蜀軍については言いたいことがあったはず。

益州攻略から漢中攻防戦まで、よく見ると法正一人が凄まじい働きをしているのです。

 

この時期の法正より働いている人といえば、もはや諸葛亮孔明その人くらいしか!

って、それはそれでまた

「この軍、仕えていて大丈夫かな」

と呟く一部将の声が聞こえてきますが。

 

自称・皇帝
当記事は、
「法正 病死」
などのワードで検索する人にもオススメ♪

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:「龐統と法正」蜀の最強軍師を決めてみた!?

関連記事:キングダム時代に活躍した法家 商鞅と韓非はどんな人?

 


 

益州攻略から漢中争奪戦における法正の仕事ぶりを年表風に回顧しよう!

法正

 

ここで法正の活躍を年表風に整理してみましょう。

 

法正と張松

 

西暦211年(法正35歳):張松(ちょうしょう
)
と組んで劉備を益州に招き入れる策を開始。このころ「とっとと劉璋暗殺案」を進言するが、これは劉備に却下された模様

 

法正、劉璋、劉備

 

西暦212年(法正36歳):いつのまにか劉備軍について入蜀の手伝い。特に龐統(ほうとう)とコンビを組んでいた模様

 

龐統

 

西暦213年(法正37歳):益州の地理情報を劉備に伝えて数々の要衝の攻略に貢献。劉璋の立場から見るとひどい裏切りっぷり。ちなみにこの頃に龐統が戦死し法正はめちゃくちゃ忙しくなる

 

法正

 

西暦214年(法正38歳):成都に追いつめられた劉璋に対する降伏勧告の手紙を起草したり、劉璋の焦土作戦をハッタリだと見破ったり、劉備軍の頭脳として大活躍。劉璋の立場から見るとひどい裏切りっぷり

 

法正

 

西暦215年(法正39歳):益州を攻略した劉備に重用され戦後処理を進めていた。私怨があった相手を逮捕殺害するのに忙しかったのはこの時期と推測される

 

法正に敗れる夏侯淵

 

西暦216年(法正40歳):漢中を守っているのが夏侯淵(かこうえん)と見破り、「あいつが守っている今が漢中奪取のチャンス」と劉備に進言。献策としては当たっていたがどうも失礼である

 

法正

 

西暦217年(法正41歳):献策が採用されて漢中攻略作戦が始まるが、人材難ゆえ、けっきょく法正自身が前線の軍師をやらされる

 

法正と夏侯淵

 

西暦219年(法正43歳):定軍山の戦いで大勝。夏侯淵(かこうえん)黄忠(こうちゅう)が討ち取れたのは法正の作戦による

 

法正

 

上記の次第で、この法正がちょうど働き盛りの30代後半から40代前半の時期に、劉備軍はまさに絶頂、得意満面というところでした。定軍山の戦いに至っては、劉備軍が正面からの会戦で曹操軍に勝った実に珍しいケースであり、その立役者が法正となります。

 

そして経歴の続きを見てみると、

 

法正が亡くなり悲しむ劉備

 

西暦220年(法正44歳):いつのまにか病死

 

こ、これは!

 


 

法正の死は過労死?現代日本の厚生労働省データとも一致する!

 

この唐突な死亡はなんなのでしょうか?

 

気になるデータとして、そもそも厚生労働省が出している『過労死等防止対策白書』では、「過労死・過労自殺」が最も多いのは30代~40代の男性で、特に過労自殺につながりやすいのは「コンサルタント系の職種」とのこと。

 

コンサルタント系の仕事=軍師

 

と考えると、法正は典型的な過労死ケースの可能性があるのでは?

 


 

法正は仕事が好きすぎのモーレツ系だった?

法正

 

そもそもこの法正、35歳で突然現れるまではほとんど名前が出てこない、という点も、なんだか典型例です。才能があるのに(たぶん人格のせいで)20代で目が出なかった人間が、30代になってから転職に成功すると、スパークしたように仕事が面白くなる場合があるものです。

 

この法正については、かの曹操が「あの法正という人材がほしかったのに、取り損ねた」というような発言をしたと伝えられていますが、たぶん法正の立場から見ると劉備軍のブラックぶりがむしろ性に合ったのかもしれません。

 

現代でも、いますよね、その気になれば安泰な大企業にいつでも転職できるほどの能力を持ちながら、ガタガタの中堅企業の中で「お前がこの会社を支えているのだ、お前があっての私だ」と社長に言われながら働くほうが好きだという人が。

そしてそういう人に限って、早い年齢で体を壊すもので。

 


  

 

 

まとめ:みんな法正の働きすぎを知っていたので気を使っていたのかもしれない

法正

 

こうしてみると、法正の人格面での評判の悪さも、それに対する諸葛亮の歯切れの悪さも、なんだか違うふうに見えてきます。素行の悪い法正を劉備や諸葛亮が放置していたのも、「法正を働かせすぎている」という自覚があったので、気を使っていたからでは?

 

法正には死ぬほど働いてもらわないと劉備軍は回らない状況だったので、普段の素行については何も口出しができない状況ということだったのかもしれません。

 

そして法正はその期待に応え、漢中の奪取という殊勲をもたらすのですが、その翌年に突然亡くなってしまいました。

 

その後に劉備が「法正がいなくなった以上、これからは軍師ナシでわし一人でもやれるようにならんとな」と張り切って出かけた夷陵で大敗してしまうと、蜀の人材不足は決定的に天下に知れ渡り、残された諸葛亮が一人で全部をやる羽目になり、こちらはこちらで過労死同然の死を迎えるのでした。

 

その後の蜀にて繰り返されるのは、「ああ法正が生ていてくれたら」「ああ丞相(諸葛亮)が生きていてくれたら」の嘆息ばかり。

 

諸葛亮が法正の傍若無人を止めないのを見て

「この軍、仕えていて大丈夫かな」

とつぶやいたかの一部将も、老境に差し掛かり、蜀の狭路を守りながら、こう呟いたことでしょう。

「やっぱり、ダメだったみたい」

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:中国文化の黎明!漢王朝が誇る文化を一挙ご紹介

関連記事:法正が生きていたら夷陵の戦いは敗北はなかった?軍師法正と夷陵の戦い

 

【諸葛亮も口出しできなかった天才軍師・法正の闇】
法正

 

YASHIRO

YASHIRO

投稿者の記事一覧

とにかく小説を読むのが好き。吉川英治の三国志と、司馬遼太郎の戦国・幕末明治ものと、シュテファン・ツヴァイクの作品を読み耽っているうちに、青春を終えておりました。史実とフィクションのバランスが取れた歴史小説が一番の好みです。

好きな歴史人物:
タレーラン(ナポレオンの外務大臣)

何か一言:
中国史だけでなく、広く世界史一般が好きなので、大きな世界史の流れの中での三国時代の魅力をわかりやすく、伝えていきたいと思います

関連記事

  1. 劉虞 界橋の戦いで袁紹と戦った公孫サン、その猛将の寿命を縮めた人物とは…
  2. 華雄と呂布 呂布は知将?呂布の知略によって袁術軍はフルボッコにされていた
  3. 魯粛、周瑜、劉備 領土割譲という大事件、三国成立は魯粛の目論見?
  4. 銅雀台の建造記念パーティーを行う曹操 【典韋vs許褚】曹操護衛隊隊長のナンバーワン決定戦!!
  5. 黄権 黄権(こうけん)ってどんな人?劉備から絶大な信頼を得ていた人物
  6. 一騎当千 Animation Art Works Ⅱ 呂蒙 引用 眼帯は誰のもの?『一騎当千』で夏侯惇だけでなく呂蒙にも眼帯が付け…
  7. 鍾毓(しょういく)の進言が的確すぎる!曹叡や曹爽に撤退の進言をし…
  8. 李儒と董卓 極悪人の董卓の参謀・李儒は董卓以上の悪人だったの?

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. しっかりと仕事をこなす華歆(華キン)
  2. 孔明 司馬懿 名前はどこで
  3. 桃園兄弟
  4. 城 銅雀台
  5. 徐晃
  6. 劉禅に降伏を勧める譙周(しょうしゅう)

おすすめ記事

  1. 豊臣秀吉の天下統一の第一弾「四国征伐」に向けて何をしたの? 豊臣秀吉 戦国時代2
  2. 司馬家の皇帝殺害を正当化するための故事が存在した!?晋国を安定に導く文言 司馬昭と司馬師
  3. 三国夢幻演義 龍の少年 第1話「命の山」見逃し配信開始! 三国夢幻演義バナー 龍の少年
  4. キングダム593話ネタバレ予想「松左の死について原泰久は何を考えている?」
  5. 【後北条氏の特徴】領民の命と財産を守った北条一族 北条氏康
  6. 【1周年記念】厨二病中年、石川克世とはどんな人物か?

三國志雑学

  1. 鄧艾
  2. 孫権の跡継ぎ9歳の孫亮
  3. 朱然によって捕まる関羽
  4. 司馬懿を欲しがってた曹操


“はじめての三国志コメント機能" “はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. はじめての三国志 画像準備中
  2. 織田信長
  3. 光武帝(劉秀)陰麗華
  4. 祝融
  5. 韓信と劉邦

おすすめ記事

張魯 98話:曹操、張魯を降すべく漢中に進軍する 真田丸 【真田丸最終回記念】真田信繁はどのようにして家康本陣へ攻撃を仕掛けたのか? 曹仁 曹仁が最強の将軍たる所以とは?チート級の武勇を紹介 亡くなる卑弥呼 卑弥呼はなぜ死んだの?卑弥呼の死の謎に迫る! 夏侯惇 樊城の戦いに夏侯惇は来るはずだったの?夏侯惇の意外な一面を知る 曹操 健康 【シミルボン】不老不死の為なら死んでもいい!寿命を縮めた曹操のデタラメ健康 曹操の使者を斬り捨てる武闘派の孔明 【三国志平話】張遼が軍師で諸葛亮が剣客に! 龐統 84話:龐統登場と同時に左遷(笑)

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム はじめての三国志コメント機能
“邪馬台国"

“三国志人物事典"

“はじめての三国志コメント機能"
PAGE TOP