三国志演義の主人公は劉備!いったいなぜ?

2021年1月31日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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三国志演義_書類

 

歴史書である「三国志」(正史)をもとにした小説「三国志演義」。

悪役の曹操、正義の味方の劉備

 

「三国志」にはもちろん主人公という人は存在しませんが、「演義」では明確に「劉備(りゅうび)」が主人公としての活躍を見せています。歴史的には勝者とは言い難い劉備がなぜ「三国志演義」の主人公に選ばれたのでしょうか?

 

成り上がり!貧乏な環境で育った劉備?

土いじりをする劉備

 

小説の主人公には成り上がりがつきものです。劉備は正史三国志によると「漢の中山の靖王劉勝(せいおうりゅうしょう)(漢の武帝の弟)の子孫」とされ、漢の皇室の血をひく者、とされています。

 

劉備

 

しかし、劉備の父は地方の身分の高いとは言えない役人であり、劉備が小さいころに亡くなってしまいました。その為、女手一つで育てられ、草履や筵(むしろ)などを売って暮らしていていました。当然、裕福な家庭ではありませんでした。

 

三国志の主人公の劉備

 

そんな劉備が将来は国の主となるのですから、まさに成り上がりの小説の主人公にはピッタリだったのではないでしょうか。

 

曹操

 

一方ライバルとされる曹操(そうそう)の父親は大金を朝廷に献金し、高い身分を得たとされる人物でその息子も裕福に育ったことは想像できるでしょう。これも「貧乏人」と「金持ち」の対比として劉備の主人公さを引き立たせています。

 

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人望があった劉備

劉備

 

正史によると劉備は「人に対しては謙虚で、喜怒を顔に表さなかった」とされています。そんな人柄を慕い、挙兵しようとした劉備のもとに多くの若者が競って彼の配下になっていきました。

 

劉備と関羽と張飛の桃園三兄弟

 

その中に生涯の友であり戦友でもある関羽(かんう)や張飛(ちょうひ)もいたのです。

 

三国志演義の作家 羅貫中

 

大した身分でもない人物が挙兵できるほどの人材を集めることが出来たというならば、小説の主人公として活躍させたいと「演義」の作者が考えるのも無理はないかもしれません。

劉備 黒歴史

 

正史三国志のエピソードに、劉備が平原の役人を務めていたときに刺客を放たれたのですが、何も知らない劉備が刺客を手厚くもてなし、その刺客が感動したということもありました。それほど人を惹きつける魅力があったのでしょう。

 

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諸葛亮という名軍師の存在

新解釈・三國志 三顧の礼に秒で答える孔明 孔明、劉備

 

劉備に欠かせないのが名軍師「諸葛亮(しょかつりょう)」です。彼は演義の中では天才的な軍師として描かれ、風の向きを変えてしまうほどの大活躍をします。

 

諸葛孔明を自分のもとに入れたくて堪らない劉備

 

諸葛亮は「演義」のもう一人の主人公と言えるでしょう。諸葛亮は三国志の時代当時から知識人のグループで名の知られた存在でした。当時の知識人は自分を使いこなせる人材を探しているのが常でしたが、そんな諸葛亮が選んだのが当時流浪の軍団の主であった劉備でした。

 

四輪車に乗る孔明

 

もうすでに天子を擁している曹操や地方に国を構える孫権(そんけん)と劉備が対抗しうる存在と、諸葛亮はにらんだに違いありません。劉備と諸葛亮、二人の主人公が協力し合う事によって演義と言う小説に深みを与えることに成功しているのです。

 

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宿敵曹操

黄巾賊を退治する曹操

 

劉備の最大の敵と言えば曹操ですね。「黄巾(こうきん)の乱」ではともに戦った2人です。

 

劉備と曹操

 

その後は劉備が曹操の客将となったり、反旗を翻したりと、お互いけん制し合っていました。そんな中曹操は中原を制し、天下に一歩近づきます。しかし、劉備は曹操の下につくことはついにしませんでした。

 

劉備と仲がよくなる伊籍

 

正史の劉備評によると「劉備は権謀術数(けんぼうじゅっすう)という点では曹操に劣り、領土も狭かった。しかし数々の困難にもめげず、ついに曹操の下風につかなかったのは曹操の器量が自分を受け入れるほど大きくはないと判断したためだ。」

 

この不屈の精神が演義の主人公に選ばれた理由なのでしょう。

 

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黄巾賊

 

悲劇的な最期を遂げる劉備

父・関羽とともに亡くなる関平

 

主人公には悲劇がつきものです。劉備最大の悲劇は旗揚げ以来行動を共にした関羽が呉に討たれてしまったことです。

 

関羽の呪いで殺される呂蒙

 

小説では呉の呂蒙(りょもう)などをことさら悪役に描くことにより、劉備の悲しさを際立たせています。

 

ブチギレる劉備

 

そして劉備は周囲の静止を押し切り呉に攻め込みます。このあたりの無鉄砲さ、そして兄弟愛も主人公として、魅力的ですね。しかし呉に攻め込む直前、もう一人の兄弟張飛も亡くしてしまいます。劉備は悲しみにくれながら呉への侵攻を開始します。

 

キレる劉備になだめる黄権

 

小説演義ではなんと75万もの大軍で攻め込んだことになっており、劉備の主人公としてのクライマックスとなっています。

 

夷陵の戦いで負ける劉備

 

しかし、呉の名将陸遜(りくそん)の前に大敗します。そして失意のうちに劉備は亡くなります。貧しさから身を起こし、多彩な家臣を得、ついに皇帝に。しかし最後は兄弟愛が強すぎ身を滅ぼす。この波乱万丈な人生はまさに小説です。

 

劉備の臨終に立ち会う孔明

 

劉備は後事を諸葛亮に託します。演義の後半は諸葛亮が主人公となっていくのです。

 

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三国志ライターみうらの独り言

みうらひろし(提供)

 

正史三国志では報われないことも多かった劉備ですが、小説演義ではこれでもかと活躍の機会を与えられていますね。その後「三国志演義」が流行したことを考えると、劉備を主人公にした判断は間違っていなかったのかもしれません。

 

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三国志平話

 

 

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みうらひろし

歴史が好きになったきっかけはテレビの再放送で観た人形劇の三国志でした。そこから歴史、時代小説にはまり現在に至ります。日本史ももちろん好きですよ。推しの小説家は伊東潤さんと北方謙三さん。 好きな歴史人物: 呂蒙、鄧艾、長宗我部盛親 何か一言: 中国で三国志グッツを買おうとしたら「これは日本人しか買わないよ!」と(日本語で)言われたのが思い出です。

-はじめての蜀, 劉備